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21.英雄の扱い
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一通りの報告を終え、フィルはちらりと国王の隣にいる王妃を盗み見た。感情は読めないが、じっとフィルを観察するように凝視していることだけは確かだった。
そして、国王の話が一区切りついたと判断したのか、王妃がゆっくりと口を開く。
「五英傑、と吟遊詩人に謳われているそうね。あなたがそう呼ばれるほど活躍したことで、周辺諸国の我が国を見る目も随分と変わりました」
「そこまでですか?」
「えぇ、大陸全土が壊滅する危機を救った筆頭として、あなた宛てに感謝の書状も届いています。ついでにぜひ婚約をと釣書も付いていたけれど、それは突き返しておきました」
「ありがとうございます、母上」
「――――ですが、あなたがやらかしたこととはまた別です」
フィルは王妃の怒りの波動を感じ、思わず口から出かけた悲鳴を喉の奥に押し込んだ。隣にいる存在がなければ、みっともなくも震えて逃走していただろうが、ユーリにはそんな情けない姿を見せられないと、ぐっと奥歯を食いしばる。
「軍部で責任ある地位にあったにも関わらず、引き継ぎもろくにしないまますべて放り出すように行ったことは、たとえ大陸の命運を賭ける戦いがあったとしても許されることではありません。あなたがここに戻ったということは、そこのお嬢さんとここで暮らしていく心積もりがあるということでしょう。それならば、すぐ軍部に赴き、頭を下げることですね。そうすれば掃除夫の仕事ぐらいは貰えるでしょう」
「……申し訳ありませんでした、母上」
「謝罪はわたくしに言うものではありません。軍部で尻拭いをした者に言うべきでしょう。すぐに向かいなさい」
「はい、それでは失礼します」
フィルは立ち上がり、隣に座っていたユーリに手を差し出した。母がこれでは彼女も居心地が悪いだろうし、軍部に向かう前に誰か信頼できる侍女を探して預けようと考える。
「あぁ、そこのお嬢さんは残してお行きなさい」
「母上!?」
予想外の提案に、フィルは目を剥いた。
「ただの人間、しかも誓約を交わしていないのでしょう? そんなお嬢さんを気性の荒い者の多い軍部になど連れて行けると思って?」
「もちろん、それは俺も考えて、誰かに預けようと――――」
「だから、ここで預かるというのです」
「ですが……っ!」
竜人に比べれば、触れれば折れそうなほど華奢でか弱い存在だ。王妃の言うことは確かに分かるが、それでも、ここに残す理由にはならない。ここで離されてなるものか、と本能が吠える。
「あぁ、うるさい。レータ、フィルを連れて行って」
「はい、母上」
「ちょっ、兄上!」
「悪いな、フィル。これに関しては母上に賛成だ。彼女を下手に連れ回すより、ここの方が安全だ。そうだろう?」
それでも物理的な距離はもっと近くなくては困る――――というフィルの抗議は無視され、彼は長兄に首根っこを掴まれて引きずられるようにして青の間を追い出された。部屋を出る直前に目にした、困惑した表情を浮かべるユーリには不安しか残らない。
「兄上、放してください!」
「いいから。とにかくお前は軍部に行け。それが終わるまでは戻ってくるな」
「ですが」
「フィル、これは王妃命令であり、王太子命令だ」
「……ぐっ」
ずるずると引きずられながら、フィルは青の間に視線を定めて魔術言語を編む。お守りのようなものだからと自分に言い訳をして、こっそり彼女の鞄に彼の鱗を忍ばせておいたので、そこを起点に術を編んだ。
『あらためて、うちの愚息が迷惑をかけたのではない?』
『いえ、とんでもありません。むしろ、色々とお世話になってしまったぐらいです』
場所が青の間なので、うまくいく自信はなかったが、遠耳の魔術は問題なく発動したようだ。
「なんだ、盗聴してるのか?」
「盗聴ではなく、遠耳の魔術です。兄上、静かにしてください」
静かに、と注意するが、魔術で拾う音と自身の耳で拾う音は全く異なるものなので、話しかけられたからといって音が阻害されることはない。単に、集中できるかどうかの問題だ。
そして、国王の話が一区切りついたと判断したのか、王妃がゆっくりと口を開く。
「五英傑、と吟遊詩人に謳われているそうね。あなたがそう呼ばれるほど活躍したことで、周辺諸国の我が国を見る目も随分と変わりました」
「そこまでですか?」
「えぇ、大陸全土が壊滅する危機を救った筆頭として、あなた宛てに感謝の書状も届いています。ついでにぜひ婚約をと釣書も付いていたけれど、それは突き返しておきました」
「ありがとうございます、母上」
「――――ですが、あなたがやらかしたこととはまた別です」
フィルは王妃の怒りの波動を感じ、思わず口から出かけた悲鳴を喉の奥に押し込んだ。隣にいる存在がなければ、みっともなくも震えて逃走していただろうが、ユーリにはそんな情けない姿を見せられないと、ぐっと奥歯を食いしばる。
「軍部で責任ある地位にあったにも関わらず、引き継ぎもろくにしないまますべて放り出すように行ったことは、たとえ大陸の命運を賭ける戦いがあったとしても許されることではありません。あなたがここに戻ったということは、そこのお嬢さんとここで暮らしていく心積もりがあるということでしょう。それならば、すぐ軍部に赴き、頭を下げることですね。そうすれば掃除夫の仕事ぐらいは貰えるでしょう」
「……申し訳ありませんでした、母上」
「謝罪はわたくしに言うものではありません。軍部で尻拭いをした者に言うべきでしょう。すぐに向かいなさい」
「はい、それでは失礼します」
フィルは立ち上がり、隣に座っていたユーリに手を差し出した。母がこれでは彼女も居心地が悪いだろうし、軍部に向かう前に誰か信頼できる侍女を探して預けようと考える。
「あぁ、そこのお嬢さんは残してお行きなさい」
「母上!?」
予想外の提案に、フィルは目を剥いた。
「ただの人間、しかも誓約を交わしていないのでしょう? そんなお嬢さんを気性の荒い者の多い軍部になど連れて行けると思って?」
「もちろん、それは俺も考えて、誰かに預けようと――――」
「だから、ここで預かるというのです」
「ですが……っ!」
竜人に比べれば、触れれば折れそうなほど華奢でか弱い存在だ。王妃の言うことは確かに分かるが、それでも、ここに残す理由にはならない。ここで離されてなるものか、と本能が吠える。
「あぁ、うるさい。レータ、フィルを連れて行って」
「はい、母上」
「ちょっ、兄上!」
「悪いな、フィル。これに関しては母上に賛成だ。彼女を下手に連れ回すより、ここの方が安全だ。そうだろう?」
それでも物理的な距離はもっと近くなくては困る――――というフィルの抗議は無視され、彼は長兄に首根っこを掴まれて引きずられるようにして青の間を追い出された。部屋を出る直前に目にした、困惑した表情を浮かべるユーリには不安しか残らない。
「兄上、放してください!」
「いいから。とにかくお前は軍部に行け。それが終わるまでは戻ってくるな」
「ですが」
「フィル、これは王妃命令であり、王太子命令だ」
「……ぐっ」
ずるずると引きずられながら、フィルは青の間に視線を定めて魔術言語を編む。お守りのようなものだからと自分に言い訳をして、こっそり彼女の鞄に彼の鱗を忍ばせておいたので、そこを起点に術を編んだ。
『あらためて、うちの愚息が迷惑をかけたのではない?』
『いえ、とんでもありません。むしろ、色々とお世話になってしまったぐらいです』
場所が青の間なので、うまくいく自信はなかったが、遠耳の魔術は問題なく発動したようだ。
「なんだ、盗聴してるのか?」
「盗聴ではなく、遠耳の魔術です。兄上、静かにしてください」
静かに、と注意するが、魔術で拾う音と自身の耳で拾う音は全く異なるものなので、話しかけられたからといって音が阻害されることはない。単に、集中できるかどうかの問題だ。
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