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58.定型な贈り物(後)

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「ほんっとに、魔法が大好きなのね……」

 とんでもない誤解から、そろそろ五日。あれから姿を見ていない。マックさんの話では、仕事にはちゃんと出ているけど、ほとんど研究室にこもりきりになっているんだとか。
 新しい研究テーマ>>>>越えられない壁>>私>その他の人間。
 こんな感じだろうなぁ。

「一人で飲むお酒は、ちょっと味気ないのよね。あんなのでも目の前にいた方が気もまぎれるんだけど」

 今日の晩酌の主役はとろりと甘いデザートワイン。甘党男性に人気だとグース卿が教えてくれた銘柄だ。フルーツタルトと組み合わせるのも良いけれど、今日はブルーチーズを、ちびりちびりとかじりながら飲んでいる。ピリッと強い味なので甘いワインと緩急つけて、これはこれで合うのだよ。

「これだけ結婚相手として不向きなのに、ご令嬢たちに人気があるのは、やっぱり顔? 地位? 金?」

 はっきり言って整い過ぎた容姿は、観賞用としてならともかく、隣には立ちたくないと思うんだけどね。地位に関しては、職務上叙爵されたのだろうから、仕事はできると思っていいのかしら。金……については、高給取りだからか、たまに金銭感覚が合わないのよね。貧乏よりはマシかもしれないけどさ。

「えぇい、やめやめ! そんなこと考えても仕方ない!」

 私はグラスのデザートワインを飲み干すと、赤ワインを引っ張り出して片手鍋でふつふつと温める。それを厚めのマグカップに注ぐと、ミックスナッツの缶と一緒にトレイに乗せた。あと必要なのはあったかショールと分厚いクッション。それらをまとめて持って、向かうのは塔の屋上だ。

「はー……、ちょっと肌寒いわ」

 だからこそホットワインが美味しいんだけどね。
 クッションに腰を下ろした私は、満天の星空を見上げて、ワインを口に含む。温められたことによって芳醇な香りの増した……って、グルメレポみたいのは割愛。美味しければいいのだ。美味しければ。

前世あっちでは、こんな星を見上げて飲むことなんてなかったもんね……)

 人工の光に溢れた街では、顔を上げたところで見える星の数は限られてしまう。暗いところを見続けて目を慣らせば、と言うけれど、その間、一度だって光にやられればまたやり直しなのに、そんな手間をかけてまで天体観測する人もいないだろう。

「星の位置は……やっぱり、違うわよね」

 覚えている星なんて数えるほどだ。柄杓の形の北斗七星、M字になったカシオペヤ座、ベルトの三連星が探しやすいオリオン座。そもそも、月が最大で3つ見える時点で違うのだと気付け、自分。前世の月ほどではないけれど、形が分かる程には大きい。

「なんで、覚えたままこっちに来ちゃったんだろうねぇ」

 もしそうだったら、お酒の味も知らないままだったから、勿体なかったけどさ。少なくとも、あの悪夢には悩まされないで済んだ。そして、一地方の令嬢として可もなく不可もなく過ごしていたはずだ。

「神様の采配だとしたら、恨んでもいいかしら」

 前世でよくあったラノベとかだと、神様の意図とか過失とか、まぁ、それなりに理由を知れるのが相場だったけれど、そんな都合の良い話は転がっていない。ただ、前世の記憶が残っているだけで、チートもないし。

「そもそも、神様の概念が違うし」

 この世界では創世神話的なものがない。神がかった力を持つ伝説的人物はいるのだけれど、それだけだ。たとえば、昔読んだお話に出て来た大魔法使いマグリードはそれこそ地形や天候を軽々と変えてしまう程の力を持っていたそうだ。そのマグリードが過去視の魔法を使ったところによると、空間を漂う魔素が滞り、渦を巻き、凝り固まってできたのがこの世界なのだとか。もちろん、いしにえの大魔法使いが魔法でそう見たと伝えられているだけで、真偽の程は分からない。
 伝説的人物は魔法使いだけではない。竜と友誼を結び、それどころかつがって子供まで儲けたとされる剣士や、視線一つで時の権力者を骨抜きにした傾国の美女、素手で大きな山にトンネルを作り、故郷と都を結んだという逸話を持つ剛腕の青年、なかなかにバリエーションに富んでいる。けれど、そういったギフトを神に与えられた、なんて話は全くなく、要は、神に縋ったり祈ったりする概念がないのだ。

「だからって、神頼みってガラじゃないけどさ」

 たまに、色々な神話・神様がごったがえしていた前世が懐かしくなる。それだけだ。

(それだけよ)

 私は温くなり始めたホットワインを嚥下すると、ナッツをぽいっと口に放り込んだ。ナッツはちょっとだけ塩が効きすぎていたように思う。
 考えたって仕方ない感傷と一緒に、私はワインで流し込んだ。

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