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49.正式な婚約(前)
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「だーかーらー! こればっかりは誰に言っても仕方のないことなの! いくら形骸化してても、法律は法律なんだから」
むすっとしているのに顔が整っているだけで絵になるのはどういうことだ。私がむすっとしてても「はいはい」って感じになるだけなのに。※ただしイケメンに限る、とはよく言ったものだ。だいたいこれでごまかされる理由も分かる。
「だが、貴族は婚約期間を少なくとも一年間は必要すると言っていただろう。つまり、婚約の申請が遅れれば遅れただけ、結婚も遅れるということに他ならない」
「それは確かにそうよ? でもお互いにそこまで結婚を焦る年齢でもないじゃない」
私は燻製チーズを口に運ぶ。本当は軽くあっためた方が好きなんだけど、とこぼしたら、手のひら大の熱々の平たい石を用意してくれた。テーブルの天板が焦げないよう、鍋敷きの上に置いているのだけど、ちょっとしたホットプレートみたいになっている。本当に便利。たまに指先で熱を加えてくれてるから、冷めることもない。
温まったチーズを白ワインで流し込むと、さらに幸せ気分も倍増だ。今度はスライスしたバゲットをちょっと置かせてもらおう。
「だが、婚約より結婚の方が、繋がりが強いだろう」
「うーん、それは否定しないけど、人を軟禁しておいて、まだ必要?って感じはするわ」
「……まだ、逃げたいか?」
「今のところは逃げるつもりはないわよ。ただ、ねぇ……」
私はちらりと視線を落とした。半死体な状態から、健康体にまで回復している。ただ、筋力は落ちているし、そうなると基礎代謝も落ちているわけで……。本音を言えば、ぜい肉が気になる。
「このままだと、ぶくぶく太って不健康まっしぐらになりそう。運動もしていないのに、お酒もご飯も美味しいんだもの」
「運動か? それなら手っ取り早く夜の運動に付き合えばいいか? ベッドの上なら疲れてもすぐに眠れ――――」
「今すぐその不埒な口を閉じないと、鍋敷きごと投げつけるわよ」
「――――ガードが固いな。一応、親も認めた婚約者だろう?」
「貴族の令嬢っていうのはね、正式に結婚した相手でないと、そういうことはしないものよ。覚えておきなさい」
「そうなのか? それにしては……あぁ、なるほど、単なる罠だったのか」
ヨナの口振りに何となく察せられるものがあって、私は遠い目になってしまった。きっと過去に彼に突撃したハイエナ令嬢の中に、無理やり体の関係を迫った人もいたんだろうなぁ。ヤった事実があれば、こっちのものとか考えていたんだろうなぁ……。
「それは捨て身の罠ね。引っ掛からなかったの?」
「化粧か香水の匂いがキツ過ぎて、近づきたくもなかったからな」
なるほど、それは匂いがなければ据え膳食ってたっていう感じなのかな?
そうなると、ちょっと気を付けないとかなー。今までそういう行為を全然匂わせなかったから、性欲とか薄いんだと思ってたけど、そういうわけじゃないみたい。健全な成年男子だ、コレ。
幽体離脱してたときは、最悪のパターンも覚悟してたけど、聞く限り本当に死体みたいな状態だったっぽいし、特殊性癖でもないから、おイタはなかったってことだろう。
そんなことを考えながら、ヨナがベーコンとチーズを炙って食べる姿を見る。ちくしょう。何してても絵になるな。
「なんだ?」
「うぅん、ちょっと正式な婚約について考えていただけよ。さっき貴方が言った『婚約期間が一年以上必要』って話は、貴族同士の結婚の決まりだから、貴族籍があったんだな、って」
アダルトかつダークな話を考えてました、なんて言えるわけがない。私はさらりと嘘をつく。
「生まれは貴族だな。その後、弟子に出されたときに籍は抜かれたが、城勤めするようになってから爵位を貰って、今は子爵だ」
「あれ、意外だわ。それなら、伯爵以上から身分を笠に無理やり結婚を進められてそうなのに」
「俺の希望でない限りは認められないと、殿下が全部切り捨ててくれていたからな」
「あー、なるほど」
意に添わぬ結婚を強要されて、国から出奔されようものならとんでもない痛手だもんねぇ。なんてったって、不世出の大魔法使いサマですし?
でも、なんか納得した。王太子殿下に当たりが柔らかいのは、そういう積み重ねもあるのかもね。もちろん、利害の一致ってことも理解しているんだろうけど、助けて貰ったという感覚はちゃんとあるんだろう。
「そうか!」
「ん?」
「つまり俺が爵位を投げ捨てれば、すぐにでも結婚できるということだな?」
「ちょいちょいちょい! そう簡単に投げ捨てていいもんじゃないから!」
「? それなら、リリアンが貴族籍から抜けるのか?」
「誰もそんなことは言ってないわよね? 大人しく待つって選択肢もあるでしょ?」
危ない危ない。ちょっと油断するとこれだ。どうしてこんなに拙速気味になるのよ。
「だが、ちゃんと名前で呼んでもらえるようになった今、心も体も戸籍も一つにしてしまって構わんだろう?」
「はい、アウトー!」
むすっとしているのに顔が整っているだけで絵になるのはどういうことだ。私がむすっとしてても「はいはい」って感じになるだけなのに。※ただしイケメンに限る、とはよく言ったものだ。だいたいこれでごまかされる理由も分かる。
「だが、貴族は婚約期間を少なくとも一年間は必要すると言っていただろう。つまり、婚約の申請が遅れれば遅れただけ、結婚も遅れるということに他ならない」
「それは確かにそうよ? でもお互いにそこまで結婚を焦る年齢でもないじゃない」
私は燻製チーズを口に運ぶ。本当は軽くあっためた方が好きなんだけど、とこぼしたら、手のひら大の熱々の平たい石を用意してくれた。テーブルの天板が焦げないよう、鍋敷きの上に置いているのだけど、ちょっとしたホットプレートみたいになっている。本当に便利。たまに指先で熱を加えてくれてるから、冷めることもない。
温まったチーズを白ワインで流し込むと、さらに幸せ気分も倍増だ。今度はスライスしたバゲットをちょっと置かせてもらおう。
「だが、婚約より結婚の方が、繋がりが強いだろう」
「うーん、それは否定しないけど、人を軟禁しておいて、まだ必要?って感じはするわ」
「……まだ、逃げたいか?」
「今のところは逃げるつもりはないわよ。ただ、ねぇ……」
私はちらりと視線を落とした。半死体な状態から、健康体にまで回復している。ただ、筋力は落ちているし、そうなると基礎代謝も落ちているわけで……。本音を言えば、ぜい肉が気になる。
「このままだと、ぶくぶく太って不健康まっしぐらになりそう。運動もしていないのに、お酒もご飯も美味しいんだもの」
「運動か? それなら手っ取り早く夜の運動に付き合えばいいか? ベッドの上なら疲れてもすぐに眠れ――――」
「今すぐその不埒な口を閉じないと、鍋敷きごと投げつけるわよ」
「――――ガードが固いな。一応、親も認めた婚約者だろう?」
「貴族の令嬢っていうのはね、正式に結婚した相手でないと、そういうことはしないものよ。覚えておきなさい」
「そうなのか? それにしては……あぁ、なるほど、単なる罠だったのか」
ヨナの口振りに何となく察せられるものがあって、私は遠い目になってしまった。きっと過去に彼に突撃したハイエナ令嬢の中に、無理やり体の関係を迫った人もいたんだろうなぁ。ヤった事実があれば、こっちのものとか考えていたんだろうなぁ……。
「それは捨て身の罠ね。引っ掛からなかったの?」
「化粧か香水の匂いがキツ過ぎて、近づきたくもなかったからな」
なるほど、それは匂いがなければ据え膳食ってたっていう感じなのかな?
そうなると、ちょっと気を付けないとかなー。今までそういう行為を全然匂わせなかったから、性欲とか薄いんだと思ってたけど、そういうわけじゃないみたい。健全な成年男子だ、コレ。
幽体離脱してたときは、最悪のパターンも覚悟してたけど、聞く限り本当に死体みたいな状態だったっぽいし、特殊性癖でもないから、おイタはなかったってことだろう。
そんなことを考えながら、ヨナがベーコンとチーズを炙って食べる姿を見る。ちくしょう。何してても絵になるな。
「なんだ?」
「うぅん、ちょっと正式な婚約について考えていただけよ。さっき貴方が言った『婚約期間が一年以上必要』って話は、貴族同士の結婚の決まりだから、貴族籍があったんだな、って」
アダルトかつダークな話を考えてました、なんて言えるわけがない。私はさらりと嘘をつく。
「生まれは貴族だな。その後、弟子に出されたときに籍は抜かれたが、城勤めするようになってから爵位を貰って、今は子爵だ」
「あれ、意外だわ。それなら、伯爵以上から身分を笠に無理やり結婚を進められてそうなのに」
「俺の希望でない限りは認められないと、殿下が全部切り捨ててくれていたからな」
「あー、なるほど」
意に添わぬ結婚を強要されて、国から出奔されようものならとんでもない痛手だもんねぇ。なんてったって、不世出の大魔法使いサマですし?
でも、なんか納得した。王太子殿下に当たりが柔らかいのは、そういう積み重ねもあるのかもね。もちろん、利害の一致ってことも理解しているんだろうけど、助けて貰ったという感覚はちゃんとあるんだろう。
「そうか!」
「ん?」
「つまり俺が爵位を投げ捨てれば、すぐにでも結婚できるということだな?」
「ちょいちょいちょい! そう簡単に投げ捨てていいもんじゃないから!」
「? それなら、リリアンが貴族籍から抜けるのか?」
「誰もそんなことは言ってないわよね? 大人しく待つって選択肢もあるでしょ?」
危ない危ない。ちょっと油断するとこれだ。どうしてこんなに拙速気味になるのよ。
「だが、ちゃんと名前で呼んでもらえるようになった今、心も体も戸籍も一つにしてしまって構わんだろう?」
「はい、アウトー!」
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