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43.死体なトラウマ(前)

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「なんだその目は」
「いや、どんな心境の変化があったのかと思って」
「……否でも現実を突きつけられたからな」
「?」

 大魔法使いサマは、白ワインを飲み切ると、ブランデヴァインを頼む。果実から作った蒸留酒、いわゆるブランデーだ。随分と度数の高いものに行くじゃないか。こちらは自分の体調を探りつつ飲んでいるというのに。羨ましくてよだれが出そう。いや、今は我慢我慢。

「お前は、……魂が抜け出た体がどんなものか考えたことがあるか?」
「あのときの私の体のこと? 確認する間もなく別の場所に飛んでったみたいだから、見てはいないけど……え、そんなにヤバいの?」

 確かに体の衰えぶりはひどかったけれど。

「呼吸は微かな上に回数も少なく、体温も死んでいるんじゃないかと思うぐらいに低かった。体にいっさい力が入ることもなく、寝返りすら打たない。そうだと知っていなければ、死体と間違えられるだろうな」
「ひぃ……!」

 なんて恐ろしい。そりゃあの呪法を禁止するわけだわ。

「仕事を急いで片付けて戻って、心臓の鼓動を確かめて、体温が下がり過ぎやしないかと毛布でくるみ、魔法で口元を湿らせた。せめて魂が戻ってくれば、もう少し人間らしい動きをするだろうと思ったが、さっぱり反応がない。正直終わったと思った」
「それは、また……」

 えげつない。つい一瞬前まで動いてしゃべっていた人間がそんな死体一歩手前の状況になったら、トラウマレベルだわ。いや、既にトラウマになってるのかも?

「殿下から呪法によるものだと聞かされ、一刻も早く解くことを考えたが、時間がかかった。――――同時に、簡単にそんなことができる呪法を駆逐し抹消しなければならないと決心し」
「ちょ、ちょいちょいちょい! 物騒な話になってる!」
「抹消するにはあまりに範囲が広すぎて断念したが、周囲からは別のことを考えろと言われた。そんな強硬手段を取らせた理由はなんだ、と」

 良かった、と胸を撫でおろした。キ〇ガイに刃物ではないけれど、ものすごい魔法の使い手な彼は、倫理とか常識とかちょっと、いや、かなり? ズレてて怖い。周囲がなんとか軌道修正してくれたと知って、心の中で「ありがとうございます」と拝んでおいた。

「考えてみれば、リリアンの口から飛び出す知識や考えは唯一無二の貴重なものだ。それなのに婚約を結んだからと一方的に引き出すのはよくない。毎回、情報に見合った対価を、とも考えたが、何か違う気がする」

 私はハラハラヒヤヒヤしながら彼の話を聞いていた。何が怖いって、着地点が分からないことだ。天才ゆえか、以前教えてもらった不幸な生い立ちのせいかは分からないが、どうにも考え方の道筋が一般人とかけ離れているから、最後まで結論が見通せないのだ。このハラハラだけで精神的負荷による慰謝料をふんだくれないかと、考えないでもない。

「そこで自分に置き換えて考えた。どうでもいい情報ならともかく、己にとって大事な情報は、ある程度信頼関係がなければ提供したくないと思うものだと気が付いた」

 私は目を丸くした。

(どうしよう! 至極真っ当なことを言っている!)

 目の前の大魔法使いサマの中で、いったいどんなコペルニクス的転回があったのか分からない。でも、これは、どうしようもない天才サマを普通の枠に片足突っ込ませる良い流れなのでは、と期待が持てる。

「そこで思い出した。手っ取り早く信頼関係を築くなら、飲みにケーションが一番だとほざいていた男がいた、と。酒好きだったようだし、リリアンも酒が好きだから、この方法がベストだと考えたんだが、どうだ?」
(惜しい! 非常に惜しい!)

 だけど、これはいい傾向だ。きっとこのとっかかりを逃したら、また元の木阿弥になってしまう。頑張れ。どう持っていくのが一番いいのか考えろ。お酒は美味しいけど。あと、揚げ芋も。
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