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34.お断りな介護(後)

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 目が覚めると、そこは知らない部屋だった。

「……どこ」

 少なくとも塔ではない。だけど、王城内というには、人の気配が少な過ぎる。次に目が覚めるとしたら、王太子殿下が負けて塔の一室になるか、王太子殿下が勝って王城の医務室になるかのどいらかだと思っていたのに。
 気合で体を起こそうにも、自力ではそれすら難しい。仕方がないので寝たままでもできる魔力循環で回復を早められないか、と思ったら、それすら難しくなっていた。

「目を覚まされたのですね」

 魔力が動いたのが分かったのか、誰かが入室してきた。何とか首を動かしてみると、驚くことに見知った女性だ。

「ひでんかの……」

 生霊の頃にお世話になった、王太子妃殿下の侍女さんじゃないか。
 ひび割れた声しか出ない私に、侍女さんの眉がきゅっと下がる。

「お水をお持ちしますね。あと、医師も呼んで参ります」
「ありがとうございます……」

 少なくとも、塔の監禁生活は脱したようだ。でも、ここはどこなんだろう。視線を動かしてみても、医療行為をするような無機質な内装ではなく、むしろ女性らしい落ち着いた部屋になっている。
 その疑問は、侍女さんが医者を連れてきたところで、いったん棚上げになった。

「ふむ、自力で起き上がるのは難しそうかね」
「渾身の力を籠めればできるかもしれません。ただ、それだけでせっかく回復した体力全てを使い切ってしまいそうです」
「半月寝付いていた病人よりも衰えがひどいように思えるが、これも呪法の影響かね」
「あくまで私の推測ですが、魂が離れていたことで、体が全く動いていなかったことが原因なのでは、と。病気で寝付いた人でも寝返りなど体を動かすことはあるでしょう。それすらないまま半月を過ごしてしまっていたので、ここまで衰えることになったのではないかと。素人考えで恐縮ですが」
「いやいや、確かにそれはあるかもしれない。そうなると、実際に呪法の影響下にあったときの体の動きについて確認したいのだが、誰が見ていたのかな」

 医師の質問に、私はその名前を口にしたくなかった。察してくれたのか、侍女さんが「体の状態はヨナ・パークス様しかご存じないかと……」と代わりに答えてくれる。

「ふむ、そこは別の人間で実験しても構わないでしょう。協力者は募れば何人かは手を挙げるでしょうし。誰もいなければ私がやりましょう」

 医者の後ろに筆記用ボードを携えてひたすらメモを取っていたのは、どうやら今回の呪法を準備した人らしい。王室お抱えの呪法研究者のボッツ卿だと名乗ってくれた。
 ちなみに後で聞いた話だと、魔法使いと違って、呪法は呪法研究者と呼ばれるということだ。その理由は、呪法が呪式さえ用意すればほとんどの人が使えるからなんだと。

「少しでも体を回復できないかと、魔力循環を試してみたのですが、そちらも巡りにくくなっていました。理由は筋力と同じかもしれません」
「確かに、無意識で魔力を巡らせることも多いからな。そういった弊害は出てしまうのだろう」
「とすると、魂を切り離すだけでなく、代わりに仮の人工魂を一時的に入れて最低限度の動きを……」

 ぶつぶつ呟きながらすごい勢いでメモを始めたボッツ卿から目を逸らし、私は医師に向き直った。

「今後は無理のない範囲で徐々に体を動かして、機能回復を目指す方向でよろしいでしょうか」
「ふむ、そうだな。魔力循環についても並行して繰り返していくように。どちらも、無理だと思う二歩手前でやめなさい」
「はい」

 うまい言い回しだな。無理の二歩手前。うん。確かにそうでもしないとぎりぎりまで頑張ってしまう人もいそうだ。
 医師とボッツ卿を見送って、私は侍女さん――シジーナさんの手を借りて体を起こした。飲ませてもらった水が体全体に染み渡る。

「あの、ここはどこなんでしょうか?」
「妃殿下の管理する後宮の一室です。限られた者しか出入りできないという理由で、彼の方を説得されたと聞いております」
「……本当にありがたいことです」

 そこまで交渉してくださったであろう王太子殿下に五体投地で感謝した。心の中でだけだけど。
 とりあえず、体を戻すことに専念させてもらおう。あの人のことは後で考える。下手に考えて悩んでも精神衛生上よくないし。
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