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25.胸糞な悪夢(前)

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(……鬱陶しい)

 大型犬に懐かれたと思えば我慢できるのだろうか。ただいま、大魔法使いサマに後ろからハグされているのだけれど。昼過ぎからずっとコレなので、そろそろキレてもいいだろうか。そろそろ今日の夕食メニューを考えるぐらいの時間になってしまった。

(でもなぁ、グース卿にも「少しだけ癒して差し上げてくださいませんか」なんてお願いされちゃったしなぁ)

 私を塔に置いといたままの出張が、予想以上に堪えたらしい大魔法使いサマは、癒しを求めて私をハグしたり撫でたりしている。私の心境? それは決まっている。愛玩動物だ。いやらしい触れ方をしてきたら速攻で殴る心構えをしていたのに、準備したこの拳は残念ながら行先不明のままだ。

「……そろそろ、立ちたいんだけど」
「もう少し、このままで」

 このやり取りも何回目だろう。そろそろぶった切っていいだろうか。本当に鬱陶しくてかなわない。出張帰りだからと甘やかすのは、やっぱり良くなかっただろうか。

「ねぇ、向こうの棚の2段目にある砂時計を取りたいんだけど」
「分かった」

 大魔法使いサマが軽く手を振っただけで、棚が勝手に開き、ふわりと砂時計が浮いて私の手元に来る。便利だな。……じゃない、体を動かすのがそこまで面倒か!
 私は、タン、と音を立ててテーブルに置く。ハーブティを入れるときに使っている3分程の砂時計だ。

「これが落ちきったら夕食の準備を始めるから、解放してよね」
「……」

 むす、とした微かな吐息が聞こえた。けれど、拒否の返事はない。

「あ、魔法使って砂を落ちないように、とかは禁止だから」

 私の注意に「ぐ」と小さな声が漏れた。やるつもりだったな、こいつ。
 そうして砂が落ちきったところで、ちゃんと解放された私は大きく伸びをしてから台所に引っ込んだ。大魔法使いサマの出張中は酒量をセーブしていたけれど、今日は解放されるのだ。そりゃ、つまみを作る手もテキパキ動くってもんよ。
 午前中に作って寝かせておいた生地を引っ張り出して、餃子の皮を量産する。でも作るのは餃子じゃない。そもそも挽き肉を作るのが面倒なのだ。ミンサーなんて便利なものはないし。生地に包むのは枝豆とチーズだ。パリッと焼くかカラッと揚げるかで迷ったけれど、油の処理が面倒なので焼くことにする。
 あとはスライスしたバゲットにオリーブオイルを塗って焼いて、塩鮭のほぐし身を混ぜた卵焼き、塩もみしたキャベツとキュウリ、昨晩から仕込んでおいた塩豚にピリッと辛みの効いたソースをかけ……このぐらいでいいかな?
 ところ狭しと並んだつまみの数々に、心なしか大魔法使いサマの瞳が輝いているように見える。気のせいかもしれないけれど。

「はい、それじゃ出張お疲れ様」
「あぁ、お疲れ様?」

 お疲れ様と言い慣れていないのか、少し戸惑った様子の大魔法使いサマと軽くグラスを打ち合わせる。チィンと高い音が鳴ったグラスの中には白ワインだ。飲みやすくてちょっと高級な味だけれどグース卿の一押しである。

「ほら、あれよ。自分のテリトリーじゃないところで仕事するのは疲れるわよね? でも、だからと言って、帰ってくるなり人を人形みたいに抱っこするのはおかしいと思うのよ?」
「リリアンだから抱きしめたかっただけだ。お前以外など視界にも入れん」
「はいはい。言い分はどうでもいいから、私の動きを阻害するのは今回限りにしてよね」
「どこかへ行きたかったのか?」
「基本的に塔から出るなって言ったのは貴方でしょ? あの体勢のままじゃ掃除もできない料理もできない読書も裁縫もできなくてじっとしてるしかないじゃない。それって拷問だと思わない?」
「……悪かった」

 はい、「悪かった」いただきましたー。謝罪の言葉としてはあと一歩という感じだけど、私の窮屈さ加減が分かったということよね。うんうん、進歩進歩。

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