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66.できることから

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「あー……何というか、その、ごめん」
「ううん、私の方こそ」

 朝食のお迎えに来てくれたライに対し、そんな返ししかできなかった私は、ちょっと自己嫌悪に陥っていた。

「あの……一応、考えてはみるから。でも、これから朝食だから、できればこの話はここまでにしてもらえる?」
「そうだな、うん」

 食事の前にする話じゃないと分かってくれたようで、安心したけれど、私は私で困っていた。

(考えてはみるって言ったけど!)

 ライに話したように、鳥を捌いた経験もあるし、そこまで血に対して苦手意識があるわけじゃない。

(ただね! 血を処理するのと、血を飲むのとでは大きく違うわけで!)

 朝食は至極無難な話題に終始してくれたので、これから睡眠をとるライに別れを告げて、私は一路、厨房に向かっていた。
 正直、「おやすみなさい」と告げたときのライが、まるで捨てられた子犬のような目をしていたように見えたけれど、さすがに今、テオさんも滞在している邸でそういう行為には及べない。いや、そうなると決まったわけじゃないけど。

(添い寝とかちょっとした話程度で終わる自信がないのよ。さすがに勘弁して!)

 そんなふうに心で絶叫しつつ、厨房の扉をそっと開けると、残念ながらそこには片付けをしているジェインと他数名だけで、お目当ての人はいなかった。

「お嬢様?」
「えぇと、ミーガンさんはここにはいない?」
「この時間でしたら、厩か裏の菜園ではないかと」
「ありがとう!」

 なんか後ろから「必要であれば部屋に呼びつけますが……」とか聞こえてきたけど無理! そこまで上からどうこうできる話じゃないから!
 人を顎で使うなんてできる未来が見えない。でも、今後のことを考えたら、そうするべきなのかな。一応は侯爵夫人になるわけだし……全然実感がないけれど。
 そんなことを考えながら、私は菜園へ急ぐ。目当ての人はすぐに見つかった。

「ミーガンさん!」
「おっ……と? アイリ様、そんなに急いで何かあったのか?」
「ちょっと聞きたいことがあって……」
「あぁ、自分の正体のことだな。自分は――――」
「違くて! 今後、鳥とか豚とか鹿とか熊とか! とにかく動物をお肉にする予定はありませんか!?」

 珍しくきょとん、と目を丸くしたミーガンさんは、私の質問が唐突過ぎたのか「えぇと……?」と困惑した声を上げた。

「それは、肉が食べたいという遠回しな……?」
「違います! ちょっと事情があって血に慣れられるかどうか確認したくて!」
「血に……?」

 我ながら要領を得ない説明だったにも関わらず、ミーガンさんは「今日は無理だが、明日の昼頃なら……」とあさっての方向を見ながら答えてくれた。

「だが、解体するのは力仕事だ。女性一人でどうこうできないし、明日到着するのは生きた状態のものだぞ?」
「う……」

 生きた状態で届くと聞いて、つい腰が引ける。それはつまり、文字通り「命をいただく」ところから始めるということで。

「ちなみに、何の肉、ですか?」
「明日来るのは牛です」

 さすがにそんな大物を捌いた経験はない。せいぜい野鳥なのだけれど。

「お……手伝い、にはならないかもしれませんけど、せめて立ち会わせてください」
「アイリ様がそれでいいなら、自分としても構わないが」

 ミーガンさんが頷いてくれたので、私はこれでまずは一歩前進、と胸を撫でおろす。

「えぇ? 立ち会いだけでいいの?」

――――そんな声が聞こえるまでは。

「ご当主、こんなところへいかがいたした?」
「やぁ、ミーガン。真昼から精が出るね」
「自分は体力が取り柄ゆえ」
「そうだね。睡眠もいらない便利な体だったよね」

 テオさんのセリフ回しは、ことごとくミーガンさんの正体について示唆しようとするようなものばかりで、少しばかり苛っとさせられる。こちらは別に今すぐ知りたいわけじゃないし、本人が話してくれるまで待つスタンスだっていうのに。

「それで、立ち会いだけだって? その様子だとアデライードから具体的な方法を聞いたんだよね? そんな悠長なことでいいの?」
「急いでもいいことはありませんから。徐々に慣らした方が確実ですよね?」
「せっかくの機会なんだから、絞めるところからやらせてもらえば? 命を奪う経験も大事だよ?」
「命を奪う経験なんて――――」

 必要ないでしょう、と言おうとした私は、テオさんの真剣な瞳に気圧されて口ごもってしまった。

「君はアデライードの隣に立つつもりなんだよね? しかも長い期間・・・・
「……はい」
「侯爵家の仕事は、相手が犯罪者といえど、尊厳を奪い、最終的には命も奪う仕事だよ? その当主の妻としてしっかり立つというからには、命を奪うことの理解を深めてもいいんじゃないかな?」

 どうしよう、相手がテオさんなのに、すごく正論を言われている気がする。
 反論の糸口を掴めないまま立ち尽くしていると、今度は別の乱入者が現れた。

「あっれー? どこかの性悪ご当主サマは、汚いこと全部覆い隠してたクセに、言うことだけはごリッパなんですねー?」

 救われたけれど、リュコスさんに救われたくはなかったなぁ……と考えた私は、リュコスさんへの恨みが募り過ぎていた。いや、全部些細なことなんだけどね?

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