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47.敵は誰だ

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「アイリちゃん、相変わらず1日二冊制限つけてるんだねー、まじめまじめ☆」

 図書室で本を選んでいるフリをしていると、予想通り、どこかからリュコスさんが湧いて出た。さっきミーガンさんと話をして、精神的に何かが削られたばかりなのだけど、こういうことはさっさと終わらせたい性格なのだ。探し回るよりも、向こうから来てもらおうと思って罠を張ってみたのだけど、まさかあっさり来るとは。

「リュコスさんと、ここで遭遇すること多いですよね。リュコスさんも読書家なんですか?」
「ご主人様の部屋には面白くもない実務的な本しかないからね。あと、単純にここは娯楽が少ないし?」

 趣味として読書を嗜んでいるのは、私とライとリュコスさんだけなのは知っていた。そして、リュコスさんは、私が本を物色しているときに高確率で声を掛けてくる。正直、ライの手伝いはどうした、という疑問がよぎるけれど、この際そこはおいておく。

「リュコスさん、聞きたいことがあるんですけど」
「んー? あらたまっちゃって、どうしたのかな? もうご主人様のモノになっちゃったんだから、迂闊な発言はだめだよ?」

 相変わらずの軽口に、動揺しかけた。別にライのモノになったわけではないし。
 でも、こうやって一線を引くのがこの人の手口だ。惑わされるな、と自分を強く持つ。

「リュコスさんから見て、ライのお父さんって、どんな人ですか?」
「……そう来たか。なるほどね」
「ライはすごく警戒してますけど、為人がよく分からないんですよね。ライが成長したことで、どんなちょっかいをかけてくるのか、直接なにかをしてくるのか、まわりくどく手をかけてくるのか」

 リュコスさんは、私の言葉に何故か渋い顔をした。

「当主様のことを知るオレっちが警戒するのと、当主様のことを知らないアイリちゃんが警戒するので、ちょうど穴埋めになると思わない?」
「……」

 一理ある気がするけれど、本当に頷いてしまっていいんだろうか。

「それなら、質問を変えます。――――どうして、ライのお父さんは、ライが成長するのを邪魔したんでしょうか? リュコスさんはどう考えていますか?」
「さぁ?」

 へらり、と笑って肩をすくめたリュコスさんに、少しばかりイラっとさせられる。

「アイリちゃんは、どう思う? ご当主様がご主人様の邪魔をする理由」
「……それが分からないから聞いたんですけど」
「どうしてそこに疑問を持ったのかなー? だって、愛しいご主人様の敵なら、アイリちゃんにとっても敵じゃないの?」
「貴族のことはよく分かりませんが、当主ってそんなになりたいものなのかな、と。あくまで平民目線でしかありませんが、ライが侯爵家当主になったら、今でさえ仕事が大変そうなのに、どうなってしまうんだろうと思ってしまって」
「うっわー、ご主人様ってば、愛されてるぅ~」
「リュコスさん、私は真面目に話しているんですけど?」

 リュコスさんは、黒い瞳を細めてニヤニヤと笑っている。

「アイリちゃんなら、ご主人様を支えられるんだろうねぇ」
「何の話ですか?」
「いやいや? 世の中には貴族、しかも次期当主ってだけで魅力を感じる人種がいるって話だよー」
「分かりやすく言ってもらわないと、理解できません」
「ご主人様は、アイリちゃんの生命力に惚れたみたいなこと言ってたけど、まともな感覚してるってのも大事だよねー」
「ですから!」

 リュコスさんは、突然、ぱすん、と両手を合わせた。脈絡のない行動に、私も一瞬、気を取られてしまう。

「悪いけど、オレっちも、あんまり核心に触れるようなことは話せないんだよねー。あ、そうそう、仕立て屋が明後日来ることになったから」
「?」

 話題転換についていけず、私は首を傾げた。

「無事にアイリちゃんの正装が仕上がったから納品に、っていうのと、ご主人様の採寸があるから。ついでに、普段着も見繕ってもらうからワードローブが充実するね、やったね!」
「いや、やったね、って、えぇ? 正装? 聞いてないですよ?」
「いやいや、フォーマルドレスを作るんでなきゃ、あんなに細かい採寸しないって」
「着ていく場所なんてありませんから」
「そう? まぁ、ご主人様も着飾らせてみたいってだけで注文出したみたいだし? ご主人様を喜ばせるために頑張ってー」
「っ」

 着飾らせてみたい、喜ばせるために、そんな言葉で、私の心が容易く弾む。

「ま、ご主人様としてはー? 上に座ってニャンニャンしてもらった方が喜ぶかもだけどー?」
「リュコスさん!」

 ぼん、と音が出るかと思うほどに体が一気に熱くなった。上に座って……いや、違う! 違うから!

「ドレス仕立てるのも、元カノ以来だし、仕立て屋も張り切ってたよ?」
「……は?」
「おっと、いけない。くちすべらせちゃったー」

 棒読みでしらじらしいセリフを吐いたリュコスさんは、それじゃ、と軽く片手を上げたかと思えば、あっという間に図書室を出て行ってしまった。

「元カノ……?」
「あ、そうそう。そういうのは、ちゃんと本人に聞こうねー?」

 わざわざ戻って顔だけ出して言い捨てて、そのくせにすぐ逃走するものだから腹立たしい。

(絶対、あれ、確信犯だ……!)

 ぐっちゃぐちゃになった感情の行き場を失ったまま、私は思わずしゃがみ込んだ。
 一番ライに近い人だから、聞きたいことはたくさんあったというのに、結局、何一つ満足に答えてもらえないまま、爆弾を落とされて逃げられた。

(会ったことのないライのお父さんよりも、リュコスさんの方が始末に負えない……! むしろ私の敵よ!)

 心の中で敵認定をしつつ、私は拳をぐっと強く握りしめた。

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