実質売られた私は次期侯爵の婚約者になりました?

長野 雪

文字の大きさ
22 / 68

22.寿命を延ばしてやった

しおりを挟む
(相変わらず美味しくない……)

 そんなことを心の中で呟いてしまうが、本当は逆だ。お昼ご飯は美味しい。そもそも、村にいたときのお昼ご飯なんて、間引きした野菜を煮たスープとか、その辺で捥いだ果物とか、ひどいときは水だけだった。それを考えると、今日、私の目の前にあるリゾットにサラダ、飾り切りされたリンゴはご馳走レベルだろう。

「お嬢様、紅茶のお替りはいかがですか」

 斜め後ろにジェインが控えているだけの、ぼっち飯でなければ。
 いや、いいのよ? 別にぼっち飯でも。でも、相変わらず何を考えているのか分からない無表情なメイドに監視されているような状況でなければ!
 やっぱり、美味しい食事って、周囲の環境シチュエーションが大事なんだな、と嫌でも分かる。

「やっほー、アイリちゃん。ランチの後は暇かな?」

 葬式のような昼食をようやく終えようとしたところで、ノックもせずに食堂に飛び込んできたのは、午前の真面目仕様をどこかに落っことしてきたリュコスさんだった。

「しなければならないことはないけれど、読書にふける予定よ」
「うん、じゃぁ、ちょっと散歩に行かない?」

 なんだか話を聞いてもらえる感じがないのを、どうしたらいいんだろうか。

「午前中は慣れない採寸で疲れたから、一人でゆっくりしたいの。遠慮しておくわ」
「そんなこと言わないでさー。オレっち、大事なこと忘れてたんだよ」
「……何を?」
「覗いたことをご主人様にバレたら、殺されるって☆彡」

 もういっそのこと殺されてしまえばいいのでは? という言葉はさすがに飲み込んだ。そこまで物騒なことを願っているわけではない。でも、それなりの制裁は受ければいいとは思ってる。

「だから、オレっちと散歩しない?」
「『だから』と付ける理由が分からないわ」
「ご主人様に黙っててくれるなら、オレっちが情報流すからさ☆彡」

 その口調の軽さに思わずジト目で見てしまった私は悪くない。どこに自分の保身優先で主の情報を洩らす使用人がいるんだろう。いや、ここにいるんだけど。

「そういう交渉持ち掛けてくることも、バレたら殺されるような話にならないの?」
「そっちは別に? アイリちゃんに関わる話でなきゃ、ご主人様は寛大だし」
「それはそれでどうなのよ……」
「ま、いいじゃん。アイリちゃんだって、知りたいことがたくさんあるでしょ? だから」

 私はリュコスさんの前に手のひらを向けて、止まらないお喋りをやめさせた。

「わかったわ」
「じゃ、後で――――」
「しばらくライに話すつもりはない。でも、今日は休みたいから、リュコスさんと散歩はしない。これでいい?」
「えぇと、オレっちの寿命がちょっと延びただけってこと?」
「……そうかもしれないわ」

 私は、あえて否定はしなかった。ライがリュコスさんにとってそんなに厳しい主人なのかなんて知らない。でも、リュコスさんが流そうとしている情報のことも気になる。ライはなぜか秘密主義だから。

(ちょっと、冷静になって考えた方がいいわよね)

 午前中の採寸で、心身ともに疲れている自覚があるので、今は休息をしたかった。


☆彡 ☆彡 ☆彡


「く……、いやでも、一日二冊で抑えておかないと、絶対にもったいない!」

 私は図書室で一人悶えていた。昨日の続き――リグイ国建国記を4巻まで読み終えたところなのだけれど、非常に気になるところで、以下次巻!となってしまったのだ。でも、自分で決めたルールを一度でも覆してしまうと、ずるずるとなし崩しにルール破りが常習化されそうなので、ぐっと我慢する。うっかりマイルールを破れば、一日中この図書室にこもり切りになる自分が見える。ここは我慢。

「あとは、今後の展開を想像して時間を潰すべきよね! うん、それがいい!」

 5巻目に伸びかけた手を引っ込め、私はぐっと拳を握りしめた。
 そういえば、昨日は高いところにあったこの本なのだけど、今日は低い棚に移されていた。

(ライには落ちかけたことは話してないから、ミーガンさんかしら?)

 今度会うことがあったらお礼を言おう、と心に決め、私は後ろ髪を引かれながら、図書室を後にした。
 部屋に戻ると、私は鏡台の前にすとん、と座る。化粧品の類はほとんどなく、そこには両親の姿絵が飾ってある。

「……なんだか、一週間前は考えもしなかった状況なんだけど、とりあえず私は元気よ。お父さん、お母さん」

 ザナーブとの結婚からどう逃げるか。それしか考えていなかったことを考えると、今は考えることだらけで頭がキリキリする。

「ライの勢いに流されたら楽なんだろうけど、ここで流されちゃダメな気がするのよね。直感だけど。……あと、倫理的にも」

 無意識に胸元の指輪をいじったところ、ふと気が付いた。この指輪って、アデルの手がかりになるんじゃないだろうか、と。
 チェーンをたぐり、服の下から引っ張り出すと、指輪をじっくりと見る。銀の台座には、文字なのか模様なのか判断がつかないけれど、ぐるっと彫り込まれているように見える。赤い石には目に見えて分かる手がかりはないけれど、もしかしたら分かる人には分かる何かがあるかもしれない。

(やっぱり、ライに見せてみるべき……?)

 どれだけ私が見つめても、赤い石が深く濃い闇を内包するように、怪しい輝きを湛えているだけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...