空は青く、想いは遠く

長野 雪

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13.助詞の想い人

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 慌てた様子で背を向けてしまった七ツ役くんを見送りながら、私の心中は嵐が吹き荒れていた。
 よく聞こえなかった? そんなのは嘘だ。バッチリ聞こえた。

――――だから丹田が好きなわけだ。

 うん、この七ツ役くんの失言から得られる情報は3つ。七ツ役くんは丹田くんが私のことを好きだ、ということを知っている。でも、丹田くんが私に告白したことまでは知らない。あとの1つはあんまり考えたくない。
 なんなの! 男の子同士でも、こんな恋愛相談とかしちゃうわけ? それとも丹田くんが「僕が好きな子だから手を出さないで」とか牽制したの? どっちにしても大問題なんだけど!
 私の手は無意識に鞄を探り、見つけたスマホを操作して、勝手にメッセージアプリを立ち上げる。

『梓ちゃん! ピンチもピンチ!大ピンチ! メーデーメーデー!』

 足はゆっくりと本屋の出口に向かう。七ツ役くんは慌てた様子で出て行ったし、追いつくこともないだろう。

『どうしたのよ、いきなり』

 梓ちゃんの返信はいつものクールな感じで、少しだけ冷静さを取り戻すことができた。

『実はさっき、いつもの本屋で……』

 端的に状況を説明し、七ツ役くんの発言について意見を求める。どうしてだろう。実際に会って話すより、自分が打ち込んだ文字を眺めてるせいか、落ち着いて行動してる気がする。

『あー、男子ってそういうの恋愛相談で筒抜けとかはないと思うし、大丈夫じゃない?』
『そこじゃないんだよ! いい? 七ツ役くんは「丹田好き」って言ったの! 助詞なの! 「も」じゃなかったんだよ』

 そう。そこなの。一番の問題はそこなんだよ! やばい、考えただけで涙が出てくる。死にそう。
 ほら、足が止まっちゃった。駅まであと少しなのに、改札も見えてるのに。

『聞き間違えとか』

 少しの沈黙の後に返ってきたメッセージに、私は速攻で返事を打ち込む。

『私が七ツ役くんの言葉を聞き逃すわけがないじゃない』
『悪い。確かにそれはないね』

 梓ちゃんの納得の言葉も早かった。さすが親友。分かってる。

『でも、単なる助詞の問題でしょ?』
『意味は全然違うよ!』
『ユズ、文系志望だっけ?』
『理系志望だよ! 理解だって問題文の意味を理解できなきゃ解けないでしょ』

 理系の科目だって文章題はあるんだから。むしろ先輩に見せてもらった物理の教科書を思い出す限り、文章題の方が多かった気がする。
 あ、梓ちゃんからのツッコミが途絶えた。
 私は画面を視界の端に置きながら、ゆっくりと歩き出す。いつまでも立ち止まってたって仕方がない。梓ちゃんとの会話のおかげで、ようやくそう思うことができた。

『で?』

 ……で?
 で、ってなんだろう。
 それで、ってことだよね。それで? それでって?

『で?』
『七ツ役くんが「丹田が」って言ったのは分かった。ついでに丹田のシンパからも警告受けてたでしょ。案外、丹田の思い通りかもね。根回しの必要性を知ってるヤツだし、それなりに外堀埋めてきたのかも』

 根回し? 丹田くんが?
 なんだろう。私の思う丹田くん像と、梓ちゃんの言う丹田くんが、随分違う気がする。イメージの乖離ってやつ?

『丹田くんが? それはないんじゃない? 見るからに裏表なさそうじゃん』
『まぁ、ユズがそう思うならいいよ。それで、ユズはどうするの? 七ツ役くんを諦めて丹田と付き合う?』
『それはない』

 思わず即座に打ち込んでしまった。脊髄反射ってこういうことを言うんだよね、きっと。
 うんうん、と自画自賛していたら、いつの間にか梓ちゃんからの返信がきてた。

『そのココロは?』
『丹田くんが嫌いなわけじゃないよ。ただ、話しかけられるようになって分かったんだけど、丹田くんと話すのって、たまに苦痛でさ』
『へぇ? 興味あるな。詳しく』

 そうなんだよ。きっと、その人が自分に合うかどうかって、会話とか食事とか、そういう些細なところから判断すると思うんだ。

『丹田くんって、自分がガンガン話すのね。マシンガントークっていうのかな。で、場を盛り上げてくれるの。楽しいんだけど、私も自分の意見を言いたいときってあるじゃん? でも、丹田くんの話すテンポが速過ぎて、口を挟めないの。頷いてばっかりになっちゃうんだよね』
『あー……、なるほどね』

 あ、納得してくれたみたい。良かった。これで梓ちゃんに「ユズがどんくさいせいじゃない?」とかディスられたら、ひんひん泣いちゃうところだったよ。

『七ツ役くんと話すときは、そうじゃないんだよ、お互いにゆっくりしたペースで話すせいなのか、話しててすごく楽』
『じゃ、もう決まりじゃない』

 ん? 決まり?

『外堀を埋めきられる前に、とっととコクればいいのよ』
『それが簡単にできたら苦労しないよ!』
『でも、このまま外堀埋められたら、余計にできなくなるでしょ』

 うぐ、痛いところを突かれた。そうだよね。本当に梓ちゃんの言うとおりに丹田くんが外堀を埋めていたとしたら、時間が経てば経つほど、難しくなるし、何より七ツ役くんの誤解がどんどん深まる。それは哀しい。

『はい、決まり。頑張んなさいな』
『梓ちゃぁん』
『甘えない。フられたとしても、ユズのことだから諦める気はないんでしょ』
『う、たぶん』

 さすが梓ちゃん。私のことよく分かってる。

『フられたら、次は卒業式あたりにチャンスを作りなさいな。そう考えれば気が楽でしょ?』
『楽、なのかな』
『難しく考えたら負けよ。あと、今日はちゃんとグダグダ考えずに寝るのよ!』
『はーい』

 それきり、梓ちゃんとの会話は終了。
 私は、できるだけ他のことを考えながら、改札へと向かうことにした。
 そう、無心。無心だ。ついでに心の赴くままに、七ツ役くんに告白……って、できるかーい!
 やっぱりグダグダ考えそうだよ、梓ちゃん。
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