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56.俺、自慢話を聞く
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『――で、そこで主が、「証拠は既に揃ってますよ」って言ったときの、あの顔! お前にも見せたかったぜ!』
「あー、うん」
『つってもよぉ、びっくりしたぜ。まさかこれが試験だったってなぁ』
「そうだね」
ぎゅ、ぎゅっと足で生地を踏んでいる俺の隣で、ほとんど一方的に喋っているのはネズミ氏だ。どうもこのネズミ氏、ミモさんの通訳的な仕事がないときは、結構自由に動き回っているらしく、ミモさんが事後処理で大変だといううのに、ここで主人の自慢大会を始めたのだ。
最初はミモさんが俺に状況を教えるべく、ネズミ氏を派遣したのかな、とも思ったが、違う。これは絶対に違う。ネズミ氏は、いかにミモさんが格好良かったかを話したいだけだ。大勢の研究員の前でしゃべるわけにはいかない内容もあるから、ある程度事情を知っている俺に話すことにしたらしい。あれからどうなったのかが分かるのはいいけれど、正直うざったい。
『ママー、お湯沸いたよ』
『僕も手が空きました』
『私もですの!』
俺はエンとアンには、下味を付けた鶏肉をオーブンで焼いてからエンの炎で炙るように指示し、スイには洗い物を頼む。
沸いたお湯では、先に仕込んで切っておいた麺をほぐしながら入れる。なお、さっきから踏んでいるのは第二陣の麺生地だ。
「ネズミ氏も食べるのか?」
『俺っちもだけど、主に持ってくぜ!』
「じゃぁ、二人には熱くない方で作ろうか。運ぶのに危ないだろうし」
『私が運びますの!』
影を通じてオーブンに肉を移動させていたアンが、大きく手を挙げた。なるほど、それなら熱々でも安心か。
――――あれから、殿下は第一研究所の横暴と不正の数々を暴いて断罪した。いや、殿下だけではなく、殿下の兄、第一王子も協力していたというから、第一研究所の面々にはご愁傷様と言うしかない。それとも、上司に断罪されるなら本望か?
家柄優先の腐った研究員が揃った第一研究所と、ゼロから作り、予算も足りない第二研究所にそれぞれ魔王の息子が責任者として割り振られたのは、なんと、魔王による試練だったらしい。膿だらけの第一研究所を制御できるか、人材ゼロで予算も貧しい第二研究所を遣り繰りできるか、さらには自身を支持する派閥をコントロールできるか、そういう能力の有無を見極める目的だったのだとか。権力者の考えることはよく分からないが、元々、本人同士は対立することもなかった殿下とその兄君は、こっそり裏で共謀し、第一研究所の掃除と各々の派閥が暴走することのないよう牽制をひとまとめにやってしまおうとしていたらしい。様々な人たちを締め上げるための証拠やら弱みやらをちまちま集めている最中に、俺の拉致やら殿下への薬物混入やらが発生したので、少し予定を繰り上げたという話だ。ちなみに、概ね当初の計画通りに事が運び、風通しがよくなったと言っていたのはアウグスト殿下だ。
俺を拉致したヒゲ付きカエルの末路について、一方的に喋り倒していたネズミ氏に熱々の煮込みうどんを渡し、アンに送らせた後、ようやく静かになったと思ったところで、厨房にやってきたのは、また騒がしい人だった。
「ねー、マジ信じらんないんだけどー」
「シンシア、時間は早いがもう昼飯は提供できるぞ。どうする?」
「え、もちチョーダイ」
昼飯を渡せばすぐに帰ってくれるだろうという俺の期待を裏切り、どんぶりを受け取ったシンシアは、その場ではふはふ言いながら食べ始めた。今日の爪は青・白・赤のトリコロールカラーだ。
「シャーくんがいなくなったせいでー、あたしに雑用が回ってくるんだけどー?」
「そう俺に言われてもなぁ」
研究員同士の序列についてはよく分からないので、俺は曖昧に相槌を打つしかない。
そう。一番年下だったシャラウィがいなくなった。理由は簡単。彼が第一研究所から仕込まれたスパイだった。動揺を抑えるために、第二研究所の研究員には、急遽、故郷に戻らなければならなくなったという大雑把な理由を伝えているそうなので、俺も口をつぐむつもりだ。
「あー、うん」
『つってもよぉ、びっくりしたぜ。まさかこれが試験だったってなぁ』
「そうだね」
ぎゅ、ぎゅっと足で生地を踏んでいる俺の隣で、ほとんど一方的に喋っているのはネズミ氏だ。どうもこのネズミ氏、ミモさんの通訳的な仕事がないときは、結構自由に動き回っているらしく、ミモさんが事後処理で大変だといううのに、ここで主人の自慢大会を始めたのだ。
最初はミモさんが俺に状況を教えるべく、ネズミ氏を派遣したのかな、とも思ったが、違う。これは絶対に違う。ネズミ氏は、いかにミモさんが格好良かったかを話したいだけだ。大勢の研究員の前でしゃべるわけにはいかない内容もあるから、ある程度事情を知っている俺に話すことにしたらしい。あれからどうなったのかが分かるのはいいけれど、正直うざったい。
『ママー、お湯沸いたよ』
『僕も手が空きました』
『私もですの!』
俺はエンとアンには、下味を付けた鶏肉をオーブンで焼いてからエンの炎で炙るように指示し、スイには洗い物を頼む。
沸いたお湯では、先に仕込んで切っておいた麺をほぐしながら入れる。なお、さっきから踏んでいるのは第二陣の麺生地だ。
「ネズミ氏も食べるのか?」
『俺っちもだけど、主に持ってくぜ!』
「じゃぁ、二人には熱くない方で作ろうか。運ぶのに危ないだろうし」
『私が運びますの!』
影を通じてオーブンに肉を移動させていたアンが、大きく手を挙げた。なるほど、それなら熱々でも安心か。
――――あれから、殿下は第一研究所の横暴と不正の数々を暴いて断罪した。いや、殿下だけではなく、殿下の兄、第一王子も協力していたというから、第一研究所の面々にはご愁傷様と言うしかない。それとも、上司に断罪されるなら本望か?
家柄優先の腐った研究員が揃った第一研究所と、ゼロから作り、予算も足りない第二研究所にそれぞれ魔王の息子が責任者として割り振られたのは、なんと、魔王による試練だったらしい。膿だらけの第一研究所を制御できるか、人材ゼロで予算も貧しい第二研究所を遣り繰りできるか、さらには自身を支持する派閥をコントロールできるか、そういう能力の有無を見極める目的だったのだとか。権力者の考えることはよく分からないが、元々、本人同士は対立することもなかった殿下とその兄君は、こっそり裏で共謀し、第一研究所の掃除と各々の派閥が暴走することのないよう牽制をひとまとめにやってしまおうとしていたらしい。様々な人たちを締め上げるための証拠やら弱みやらをちまちま集めている最中に、俺の拉致やら殿下への薬物混入やらが発生したので、少し予定を繰り上げたという話だ。ちなみに、概ね当初の計画通りに事が運び、風通しがよくなったと言っていたのはアウグスト殿下だ。
俺を拉致したヒゲ付きカエルの末路について、一方的に喋り倒していたネズミ氏に熱々の煮込みうどんを渡し、アンに送らせた後、ようやく静かになったと思ったところで、厨房にやってきたのは、また騒がしい人だった。
「ねー、マジ信じらんないんだけどー」
「シンシア、時間は早いがもう昼飯は提供できるぞ。どうする?」
「え、もちチョーダイ」
昼飯を渡せばすぐに帰ってくれるだろうという俺の期待を裏切り、どんぶりを受け取ったシンシアは、その場ではふはふ言いながら食べ始めた。今日の爪は青・白・赤のトリコロールカラーだ。
「シャーくんがいなくなったせいでー、あたしに雑用が回ってくるんだけどー?」
「そう俺に言われてもなぁ」
研究員同士の序列についてはよく分からないので、俺は曖昧に相槌を打つしかない。
そう。一番年下だったシャラウィがいなくなった。理由は簡単。彼が第一研究所から仕込まれたスパイだった。動揺を抑えるために、第二研究所の研究員には、急遽、故郷に戻らなければならなくなったという大雑把な理由を伝えているそうなので、俺も口をつぐむつもりだ。
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