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54.俺、抱きつく
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『私のせいですの! 未熟な私が何度も移動を繰り返さなければいけないせいですの!』
アンが半泣きで叫ぶ声に、俺は慌ててミモさん&ネズミ氏を放置して向き直った。
「いや、アンのせいじゃないって。むしろアンがいたから戻って来れたんだから」
『私が至らないせいですわーっ!』
『そんなこと言ったら、エンも役立たずなの!』
『僕もです。母上にご迷惑をおかけして……』
俺は必死に三人を宥める。どうしよう。三人同時に落ち込まれることなんてなかったから、どうしたらいいか分からない。
三人を両腕でまとめて抱きしめ、おたおたしている俺を、ミモさんがひょいっと持ち上げた。いや、抱え上げた? いや、待て。どうして子供並みの体格のミモさんが俺を軽々と姫抱っこしてるんだ……!?
「悪いがこちらも急を要する」
ミモさんの声に、再び鳥肌が立つ。ミモさんがネズミ氏に代弁する手間すら惜しむということは、それだけ緊急なんだと俺はようやく気がついた。
(そうだ。殿下がいなくなるとか言ってたじゃないか、あのカエル!)
第一研究所のカエルのことを話さないと、と思った俺だが、ミモさんによって寝台に転がされ、「ぶぎゅ」と変な声が出た。
「いったい、何を――」
「殿下に抱きつけ」
「はいっ」
ミモさんの命令を頭が理解するより早く、身体が動く。寝台の先客――殿下の身体に密着し、そこでようやく気がついた。
「ひどい……」
全身、火傷のように爛れている殿下に、俺は言葉を失った。もしかして、これって殿下の魔力が強い副作用のやつなんじゃないか? 前に見せてもらったのは腕にちょっぴり広がる火傷っぽい痕だったけど、あれを放置するとここまでになる、とか? いやいや、まさか。
「高濃度の魔力回復薬を飲まされた」
「は!?」
俺は殿下に抱きつきながら、慌てて首をひねらせて発言者――ミモさんを見た。ただでさえ多過ぎる魔力を持て余していた殿下に、そんなものを飲ませたらどうなるかなんて……知っている人は分かるだろう。身体の内に留めておけない魔力は殿下を蝕む害になる。火属性の強い殿下だから、火傷のような形で。
『うっかりしていたんだぜ。まさか、ここでそんなものを仕込むヤツがいるとは。いや、厨房がミケっちに委ねられたと思って油断したって言った方が早ぇな』
「俺が、いない間に……?」
『いつからいなくなってたか知らねぇが、おそらくそうなんだろうぜ』
俺はごくりと唾を飲んだ。
油断していたのが悪い。そう。俺が油断していたんだ。厨房の周辺なら安全だと思っていたせいだ。
「ミモさん。とりあえず、聞いてくれるか。うまくまとめて話せないかもしれないけど、このアンのことも」
俺は先日、闇の精霊であるアンが生まれたこと、昼過ぎに勝手口を出た所で拉致されたこと、拉致された先でカエルに脅され、殿下についても危害を加えるようなことを匂わされたことを話した。
『聞きたくねぇけどよ、ミケっちが闇の精霊のことを誰にも話さなかった理由は何だ?』
「研究員の中に、裏切り者がいたら嫌だなぁ、って思って」
『そう考えたのはなんでだ?』
嫌だな。話したくないな。
でも、話さないわけにはいかないんだろう。事実、ミモさんはじっと俺を見つめている。睨むでもなく訝しむでもなく、その心中は俺には慮れない。
できるだけ淡々と、俺は次に生じる精霊についての賭けから、闇の属性持ちが研究員にいない、もしくは、隠していると予測を立てたことを話す。そして、アンから聞いた闇属性でできることが、あまりにスパイや暗部向きだったことから、そうではないか、とだけ考えていたことを。
「ただ、どうしても踏み切れなくて、アンに直接、闇属性の持ち主について尋ねてみたのは、ついさっきのことなんだ」
アンのせいではないのに、気落ちしたようすを見せるので、俺はアンの頭を撫でる。
「殿下に危害が及ぶ前に、ちゃんと確かめるべきだった。これは俺のミスだ」
「いい。気持ちは、分からないでもない」
ミモさんの声に、俺の全身に鳥肌が立つ。いつもはこうならないようネズミ氏に代弁させるのに、わざわざ直接口にしたことが、ミモさんの紛れもない本心である証拠のような気がして、俺はなんともいたたまれない気分になった。
『で、それでミケっちがここに到着するなりゲロ吐いたのはなんでだ? 変な薬でも飲まされたのか?』
「あー、それは……」
アンのせいじゃない、と宥めてから、俺は影を通じた移動方法に酔ったことを説明する。
『とんだ軟弱者だな』
もしかしたらアンがこれ以上気に病むことのないようにとの配慮なのかもしれないが、それにしても、もっと言いようがあるんじゃないか、ネズミ氏。
「それで、その闇属性の持ち主は……」
「あぁ、闇属性持ちで、第一研究所に俺を連れて行ったのは……」
俺の挙げた名前に、滅多に表情を変えないミモさんが、何とも苦い表情を浮かべた。
アンが半泣きで叫ぶ声に、俺は慌ててミモさん&ネズミ氏を放置して向き直った。
「いや、アンのせいじゃないって。むしろアンがいたから戻って来れたんだから」
『私が至らないせいですわーっ!』
『そんなこと言ったら、エンも役立たずなの!』
『僕もです。母上にご迷惑をおかけして……』
俺は必死に三人を宥める。どうしよう。三人同時に落ち込まれることなんてなかったから、どうしたらいいか分からない。
三人を両腕でまとめて抱きしめ、おたおたしている俺を、ミモさんがひょいっと持ち上げた。いや、抱え上げた? いや、待て。どうして子供並みの体格のミモさんが俺を軽々と姫抱っこしてるんだ……!?
「悪いがこちらも急を要する」
ミモさんの声に、再び鳥肌が立つ。ミモさんがネズミ氏に代弁する手間すら惜しむということは、それだけ緊急なんだと俺はようやく気がついた。
(そうだ。殿下がいなくなるとか言ってたじゃないか、あのカエル!)
第一研究所のカエルのことを話さないと、と思った俺だが、ミモさんによって寝台に転がされ、「ぶぎゅ」と変な声が出た。
「いったい、何を――」
「殿下に抱きつけ」
「はいっ」
ミモさんの命令を頭が理解するより早く、身体が動く。寝台の先客――殿下の身体に密着し、そこでようやく気がついた。
「ひどい……」
全身、火傷のように爛れている殿下に、俺は言葉を失った。もしかして、これって殿下の魔力が強い副作用のやつなんじゃないか? 前に見せてもらったのは腕にちょっぴり広がる火傷っぽい痕だったけど、あれを放置するとここまでになる、とか? いやいや、まさか。
「高濃度の魔力回復薬を飲まされた」
「は!?」
俺は殿下に抱きつきながら、慌てて首をひねらせて発言者――ミモさんを見た。ただでさえ多過ぎる魔力を持て余していた殿下に、そんなものを飲ませたらどうなるかなんて……知っている人は分かるだろう。身体の内に留めておけない魔力は殿下を蝕む害になる。火属性の強い殿下だから、火傷のような形で。
『うっかりしていたんだぜ。まさか、ここでそんなものを仕込むヤツがいるとは。いや、厨房がミケっちに委ねられたと思って油断したって言った方が早ぇな』
「俺が、いない間に……?」
『いつからいなくなってたか知らねぇが、おそらくそうなんだろうぜ』
俺はごくりと唾を飲んだ。
油断していたのが悪い。そう。俺が油断していたんだ。厨房の周辺なら安全だと思っていたせいだ。
「ミモさん。とりあえず、聞いてくれるか。うまくまとめて話せないかもしれないけど、このアンのことも」
俺は先日、闇の精霊であるアンが生まれたこと、昼過ぎに勝手口を出た所で拉致されたこと、拉致された先でカエルに脅され、殿下についても危害を加えるようなことを匂わされたことを話した。
『聞きたくねぇけどよ、ミケっちが闇の精霊のことを誰にも話さなかった理由は何だ?』
「研究員の中に、裏切り者がいたら嫌だなぁ、って思って」
『そう考えたのはなんでだ?』
嫌だな。話したくないな。
でも、話さないわけにはいかないんだろう。事実、ミモさんはじっと俺を見つめている。睨むでもなく訝しむでもなく、その心中は俺には慮れない。
できるだけ淡々と、俺は次に生じる精霊についての賭けから、闇の属性持ちが研究員にいない、もしくは、隠していると予測を立てたことを話す。そして、アンから聞いた闇属性でできることが、あまりにスパイや暗部向きだったことから、そうではないか、とだけ考えていたことを。
「ただ、どうしても踏み切れなくて、アンに直接、闇属性の持ち主について尋ねてみたのは、ついさっきのことなんだ」
アンのせいではないのに、気落ちしたようすを見せるので、俺はアンの頭を撫でる。
「殿下に危害が及ぶ前に、ちゃんと確かめるべきだった。これは俺のミスだ」
「いい。気持ちは、分からないでもない」
ミモさんの声に、俺の全身に鳥肌が立つ。いつもはこうならないようネズミ氏に代弁させるのに、わざわざ直接口にしたことが、ミモさんの紛れもない本心である証拠のような気がして、俺はなんともいたたまれない気分になった。
『で、それでミケっちがここに到着するなりゲロ吐いたのはなんでだ? 変な薬でも飲まされたのか?』
「あー、それは……」
アンのせいじゃない、と宥めてから、俺は影を通じた移動方法に酔ったことを説明する。
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もしかしたらアンがこれ以上気に病むことのないようにとの配慮なのかもしれないが、それにしても、もっと言いようがあるんじゃないか、ネズミ氏。
「それで、その闇属性の持ち主は……」
「あぁ、闇属性持ちで、第一研究所に俺を連れて行ったのは……」
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