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52.俺、絶対に笑ってはいけない
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腕が痛い。首もちょっと痛いのは、寝違えたかな?
そう考えながら目を開いた瞬間、のんきな考えは全て吹っ飛んだ。
まず、ここはどこだ? 少なくとも、俺が知っている場所じゃない。真っ白な壁、飾り棚には謎のきらきらしいオブジェ、少し趣味を疑うような絵画がゴテゴテした額縁に収まり、足下には毛足の長い絨毯が敷かれている。
(うん、少なくとも第二研究所じゃないな)
色々と高価そうな調度品に、俺は頷く。動きの取れない自分の身体を見下ろすと、イスに座らされた状態で、ロープで縛られていた。腕と首が痛い理由が分かったところで、再び周囲を見回す。すると、少し離れた所にあるテーブルの上に、2つの小さなケージが見えた。第二研究所で生体実験用にと飼われていた小動物が入っていたようなケージだ。それと違うのは、一つはぼんやり青く光り、もう一つは赤く光っていることぐらいだ。
中に何が……と目を凝らしたところで、俺の口からようやく声が出た。
「エン! スイ!」
青く光るケージにはエンが、赤い方にはスイが閉じ込められていた。何やら二人とも暴れているようだが、何故か声は聞こえない。
『相反する性質の魔力を籠めることで、二人が脱走しないようにしているんですの』
密やかな声は、俺の胸元から聞こえた。シャツの襟からちょこん、と顔を出したのはアンだ。どうやら、中に入っていたおかげで、エンとスイのような目には遭わずに済んだらしい。
「アン、ここがどこか分かるか?」
『……第一研究所、と言ってましたの』
アンの言葉に、俺は納得した。何というか、予想通りで逆に落ち着いた。
恐怖で取り乱したり、ということがないのは、自分が殺されるようなことはないだろうという楽観的な考えがあるからか、それとも、三人に無様なところを見せたくないというちっぽけな矜持からなのか。たぶん、後者だろう。
(どうにかしてエンとスイを救出しないとな)
二人が自分で脱走できないなら、俺がどうにかしないといけない。第一研究所の奴らは、俺が作る魔晶石だけでなくエンとスイまで取り上げようとしてるんだ。魔晶石はともかく、二人を渡すわけにはいかない。
そのためには、まず冷静に状況を把握することが必要だ。
「アン、俺たちをここへ連れて来たのは……」
俺は、聞きたくなかった質問を口にした。
「俺が知っている人か?」
『……はい、ですの』
あぁ、いやだな。どうしてこう嫌な予測っていうのは当たるんだ。
俺は目眩を堪えながら、質問を続けた。
「それは、アンの元になった……闇属性の持ち主か?」
『そうですの……』
とりあえず、そこまで聞ければ十分だ。それが誰か、なんて今は聞かない。そういうのはいずれ分かるものだし、無事に帰ってからアンに確認したっていい。
『誰か来ますの!』
「アンはできるだけ隠れてて。たぶん、アンの存在はバレてないだろうから」
『はいですの!』
アンが俺のシャツの中に引っ込んでからすぐ、扉の開く音がした。
「どうやら起きたようだな!」
無駄にでかい声の持ち主は、ゆっくりと俺の前に立つと、俺の顔を覗き込んで来た。それはつまり、俺もその相手の姿を目にするわけで――――
(ぐ……ふぅっ!)
声を出さずに耐えた俺を褒めて欲しい。いや、自分で褒めればいいのか。
(カエル……! カエルだろこれ絶対!)
俺の目の前に立ったのは、灰色のカエルだった。いや、違うけど。
魔族特有の灰色の肌は別にいい。だが、背はあまり高くなく……というか、俺よりも低い。そしてその体型だ。まるまると太った身体は、明らかに運動不足と食べ過ぎだろう。顔にいくつも吹き出物が出ているのも、同じ理由なんじゃないだろうか、と勝手に予測する。
問題は魔族の大きな特徴の一つである角だ。頭頂部に近いあたりから2本生えた白い角は、左右それぞれ外側に向けてぐるぐると弧を描き、弧の内側に入った先端部分が少し黒っぽいせいで、頭の上に大きな目玉が乗ったように見える。本物の目はやたらと小さく顔の中央に寄っているせいで、カエルの鼻の穴にしか見えないし、さらに本人のこだわりなのか、鼻の下から左右に伸ばした|髭――カイゼル髭と言っただろうか――がこれまたコミカルな印象を与える。残念ながら頭に髪がないせいで、余計にカエル感がマシマシだ。
はっきり言おう。カイゼル髭を付けたコミカルなカエルにしか見えない。
(笑うな俺! 絶対笑ったら殺される!)
まさか笑いで生死を左右するとは思いたくないが、第一研究所の奴らの怒りの沸点が低いことは、よく分かっている。
たとえ窒息死寸前になろうが、笑ってはいけないと必死で口を閉じた。
そう考えながら目を開いた瞬間、のんきな考えは全て吹っ飛んだ。
まず、ここはどこだ? 少なくとも、俺が知っている場所じゃない。真っ白な壁、飾り棚には謎のきらきらしいオブジェ、少し趣味を疑うような絵画がゴテゴテした額縁に収まり、足下には毛足の長い絨毯が敷かれている。
(うん、少なくとも第二研究所じゃないな)
色々と高価そうな調度品に、俺は頷く。動きの取れない自分の身体を見下ろすと、イスに座らされた状態で、ロープで縛られていた。腕と首が痛い理由が分かったところで、再び周囲を見回す。すると、少し離れた所にあるテーブルの上に、2つの小さなケージが見えた。第二研究所で生体実験用にと飼われていた小動物が入っていたようなケージだ。それと違うのは、一つはぼんやり青く光り、もう一つは赤く光っていることぐらいだ。
中に何が……と目を凝らしたところで、俺の口からようやく声が出た。
「エン! スイ!」
青く光るケージにはエンが、赤い方にはスイが閉じ込められていた。何やら二人とも暴れているようだが、何故か声は聞こえない。
『相反する性質の魔力を籠めることで、二人が脱走しないようにしているんですの』
密やかな声は、俺の胸元から聞こえた。シャツの襟からちょこん、と顔を出したのはアンだ。どうやら、中に入っていたおかげで、エンとスイのような目には遭わずに済んだらしい。
「アン、ここがどこか分かるか?」
『……第一研究所、と言ってましたの』
アンの言葉に、俺は納得した。何というか、予想通りで逆に落ち着いた。
恐怖で取り乱したり、ということがないのは、自分が殺されるようなことはないだろうという楽観的な考えがあるからか、それとも、三人に無様なところを見せたくないというちっぽけな矜持からなのか。たぶん、後者だろう。
(どうにかしてエンとスイを救出しないとな)
二人が自分で脱走できないなら、俺がどうにかしないといけない。第一研究所の奴らは、俺が作る魔晶石だけでなくエンとスイまで取り上げようとしてるんだ。魔晶石はともかく、二人を渡すわけにはいかない。
そのためには、まず冷静に状況を把握することが必要だ。
「アン、俺たちをここへ連れて来たのは……」
俺は、聞きたくなかった質問を口にした。
「俺が知っている人か?」
『……はい、ですの』
あぁ、いやだな。どうしてこう嫌な予測っていうのは当たるんだ。
俺は目眩を堪えながら、質問を続けた。
「それは、アンの元になった……闇属性の持ち主か?」
『そうですの……』
とりあえず、そこまで聞ければ十分だ。それが誰か、なんて今は聞かない。そういうのはいずれ分かるものだし、無事に帰ってからアンに確認したっていい。
『誰か来ますの!』
「アンはできるだけ隠れてて。たぶん、アンの存在はバレてないだろうから」
『はいですの!』
アンが俺のシャツの中に引っ込んでからすぐ、扉の開く音がした。
「どうやら起きたようだな!」
無駄にでかい声の持ち主は、ゆっくりと俺の前に立つと、俺の顔を覗き込んで来た。それはつまり、俺もその相手の姿を目にするわけで――――
(ぐ……ふぅっ!)
声を出さずに耐えた俺を褒めて欲しい。いや、自分で褒めればいいのか。
(カエル……! カエルだろこれ絶対!)
俺の目の前に立ったのは、灰色のカエルだった。いや、違うけど。
魔族特有の灰色の肌は別にいい。だが、背はあまり高くなく……というか、俺よりも低い。そしてその体型だ。まるまると太った身体は、明らかに運動不足と食べ過ぎだろう。顔にいくつも吹き出物が出ているのも、同じ理由なんじゃないだろうか、と勝手に予測する。
問題は魔族の大きな特徴の一つである角だ。頭頂部に近いあたりから2本生えた白い角は、左右それぞれ外側に向けてぐるぐると弧を描き、弧の内側に入った先端部分が少し黒っぽいせいで、頭の上に大きな目玉が乗ったように見える。本物の目はやたらと小さく顔の中央に寄っているせいで、カエルの鼻の穴にしか見えないし、さらに本人のこだわりなのか、鼻の下から左右に伸ばした|髭――カイゼル髭と言っただろうか――がこれまたコミカルな印象を与える。残念ながら頭に髪がないせいで、余計にカエル感がマシマシだ。
はっきり言おう。カイゼル髭を付けたコミカルなカエルにしか見えない。
(笑うな俺! 絶対笑ったら殺される!)
まさか笑いで生死を左右するとは思いたくないが、第一研究所の奴らの怒りの沸点が低いことは、よく分かっている。
たとえ窒息死寸前になろうが、笑ってはいけないと必死で口を閉じた。
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