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51.俺、油断する
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俺は霜だらけの肉を、食材の出し入れに使っているカートに乗せる。このカートはなかなかの優れ物で、魔晶石を所定の場所に入れておくと、動きの補助をしてくれる。ぶっちゃけ感じる重さを軽減させてくれるので、ありがたく使わせてもらっている。第一研究所で作られたまだ試作品らしく、ここにさらに改良を加えていくのだとか。正直、俺はこれでも十分だと思うんだが、まぁ、研究員の目にはまだ粗が映るんだろう。フレームの耐久性とか、大量生産を考えたときのフレーム構造とか、タイヤ部分の摩擦とか、エネルギー変換効率とか小難しい話っぽかったので、早々に理解を諦めた。
(確か、生ゴミがあれば欲しいっていう研究員がいたよな)
ペットでも飼っているのかと思えば、植物を育てているとか。ただし、その植物には牙とか消化器官があるらしいので、俺の知っている植物ではないんだろう。もちろん、怖くて詳しい話は聞いてない。
せっせと廃棄食材をまとめていると、頭の上に乗ったエンがぺしぺしと額を叩いてきた。
『ママー、時間なの』
「あぁ、ありがとう、エン」
没頭してしまって時間を忘れていたが、どうやら朝食の提供時間が過ぎたらしい。俺はカートを押して氷室の入り口まで歩き、そっと耳をそばだてる。
『お母様、私が様子を確認してきますの』
「大丈夫か? くれぐれも気をつけるんだぞ」
『はいですの!』
第一研究所の研究員たちは、精霊の動きにも敏感だとマルチアが言っていたから心配ではあるんだが、こういった闇に潜んで様子を窺うようなことは得意だというので、任せることにする。
少しハラハラしながら待っていると、ほどなく戻ってきたアンが両手で大きく丸を作った。
『大丈夫ですの。誰もいませんでしたの』
「そうか。ありがとな」
褒めて欲しそうにこちらを見上げるアンを、希望通りに頭を撫でて褒めてやってから、三人をまた籠に入れて厨房に戻る。
サンドイッチは綺麗に消え、スープも残りわずかという状況だった。そして使用済みの食器は無造作に……というか、絶妙なバランスで積まれていた。いつもはその都度洗ったりしているが、今回はまるっきり不在の状態だったから仕方がないとはいえ、ため息が出る光景だ。
(まぁ、さすがに洗えとは言えないか)
俺は腕まくりをして、まず皿を片付けることにした。
――――あれから何事もなく昼食の仕込み、提供、そして後片付けを終えた俺は、氷室の整理に戻るべく三人の入った籠を持ち上げた。
「さて、今日中に整理が終わればいいが」
そう口に出した直後、勝手口を出た裏庭に鍋を並べて乾燥させていたことを思い出し、一旦、籠を置いた。
すると、それが合図だったのか、籠の中から三人が一斉に飛び出し、俺の頭の上に誰が居座るかという競争を始めた。どうやら早い者勝ちの勝負だったらしく、あっという間に勝敗はついた。嬉しそうな声を上げたのはスイ。明暗分かれ、がっくりと肩を落としたエンとアンはすごすご俺の両肩に移動する。
「順番制にはしないのか?」
俺の問いかけに、全員から拒否の言葉が飛び出した。どうやら、本気でケンカしているわけではなく、競争してじゃれあっているらしい。それを聞いてホッとした俺は、三人を順繰りに撫でた。
本気でケンカとか始まったら、止める手段がないからな。三人が三人とも、俺を殺せるだけの力はあるわけだし、本人にその気がなくとも、事故で……という可能性だって捨てきれない。だからこそ、仲良くしてくれるに越したことはないんだ。
「ちょっと鍋を取りに行くから、落ちるなよ」
注意しなくても、三人が落ちないことは分かっているが、念のためってやつだ。
『お母様、外に行きますの?』
「外っていうか、裏庭かな。干してた鍋を取りにいくだけだから、そんなに長いことは居ないけど」
『眩しい所は苦手ですの』
言うや否や、右肩に乗っていたアンが、するりと俺の襟元からシャツの中に入る。
『ずるい!』
『そこに入るのはどうかと思います!』
頭と左肩から抗議の声が飛ぶが、アンは『暗くて心地よいですの』と聞く耳を持っていない。
闇の精霊は、明るい所が苦手なのか、と新たな知識を自分の心に書き留めながら、俺は勝手口を開けた。勝手口のすぐ傍には生ゴミ処理用の魔道具があり、そのすぐ隣に鍋が――――?
『――――っ!』
『――?』
俺の意識はそこで途切れた。耳元で悲鳴にも似た声が聞こえた気がしたが、その言葉の意味をすくい取ることすらできなかった。
(確か、生ゴミがあれば欲しいっていう研究員がいたよな)
ペットでも飼っているのかと思えば、植物を育てているとか。ただし、その植物には牙とか消化器官があるらしいので、俺の知っている植物ではないんだろう。もちろん、怖くて詳しい話は聞いてない。
せっせと廃棄食材をまとめていると、頭の上に乗ったエンがぺしぺしと額を叩いてきた。
『ママー、時間なの』
「あぁ、ありがとう、エン」
没頭してしまって時間を忘れていたが、どうやら朝食の提供時間が過ぎたらしい。俺はカートを押して氷室の入り口まで歩き、そっと耳をそばだてる。
『お母様、私が様子を確認してきますの』
「大丈夫か? くれぐれも気をつけるんだぞ」
『はいですの!』
第一研究所の研究員たちは、精霊の動きにも敏感だとマルチアが言っていたから心配ではあるんだが、こういった闇に潜んで様子を窺うようなことは得意だというので、任せることにする。
少しハラハラしながら待っていると、ほどなく戻ってきたアンが両手で大きく丸を作った。
『大丈夫ですの。誰もいませんでしたの』
「そうか。ありがとな」
褒めて欲しそうにこちらを見上げるアンを、希望通りに頭を撫でて褒めてやってから、三人をまた籠に入れて厨房に戻る。
サンドイッチは綺麗に消え、スープも残りわずかという状況だった。そして使用済みの食器は無造作に……というか、絶妙なバランスで積まれていた。いつもはその都度洗ったりしているが、今回はまるっきり不在の状態だったから仕方がないとはいえ、ため息が出る光景だ。
(まぁ、さすがに洗えとは言えないか)
俺は腕まくりをして、まず皿を片付けることにした。
――――あれから何事もなく昼食の仕込み、提供、そして後片付けを終えた俺は、氷室の整理に戻るべく三人の入った籠を持ち上げた。
「さて、今日中に整理が終わればいいが」
そう口に出した直後、勝手口を出た裏庭に鍋を並べて乾燥させていたことを思い出し、一旦、籠を置いた。
すると、それが合図だったのか、籠の中から三人が一斉に飛び出し、俺の頭の上に誰が居座るかという競争を始めた。どうやら早い者勝ちの勝負だったらしく、あっという間に勝敗はついた。嬉しそうな声を上げたのはスイ。明暗分かれ、がっくりと肩を落としたエンとアンはすごすご俺の両肩に移動する。
「順番制にはしないのか?」
俺の問いかけに、全員から拒否の言葉が飛び出した。どうやら、本気でケンカしているわけではなく、競争してじゃれあっているらしい。それを聞いてホッとした俺は、三人を順繰りに撫でた。
本気でケンカとか始まったら、止める手段がないからな。三人が三人とも、俺を殺せるだけの力はあるわけだし、本人にその気がなくとも、事故で……という可能性だって捨てきれない。だからこそ、仲良くしてくれるに越したことはないんだ。
「ちょっと鍋を取りに行くから、落ちるなよ」
注意しなくても、三人が落ちないことは分かっているが、念のためってやつだ。
『お母様、外に行きますの?』
「外っていうか、裏庭かな。干してた鍋を取りにいくだけだから、そんなに長いことは居ないけど」
『眩しい所は苦手ですの』
言うや否や、右肩に乗っていたアンが、するりと俺の襟元からシャツの中に入る。
『ずるい!』
『そこに入るのはどうかと思います!』
頭と左肩から抗議の声が飛ぶが、アンは『暗くて心地よいですの』と聞く耳を持っていない。
闇の精霊は、明るい所が苦手なのか、と新たな知識を自分の心に書き留めながら、俺は勝手口を開けた。勝手口のすぐ傍には生ゴミ処理用の魔道具があり、そのすぐ隣に鍋が――――?
『――――っ!』
『――?』
俺の意識はそこで途切れた。耳元で悲鳴にも似た声が聞こえた気がしたが、その言葉の意味をすくい取ることすらできなかった。
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