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49.俺、ちょっと和む
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俺の体調を崩してしまったと、おいおいと泣くアンの周りを、エンとスイの二人がおろおろしながら回っている。なんだか心和む風景に、俺は無意識に笑ってしまっていた。
『ママ?』
『母上?』
じとっとエンとスイに見上げられ、俺は慌てて口元を引き締める。
「なぁ、アン」
俺はアンを両手ですくい上げて、目線を合わせた。
「俺もここまで気持ち悪くなるなんて思ってなかったんだ。だから今回のことは予測できなかった俺も悪い。だから、おあいこだ」
『おあいこ、ですの?』
「そうだ。次からは俺も気をつける。だから、アンもちょっとだけでいいから気をつけてくれるか?」
『はいですの!』
良かった。どうやら機嫌を直してくれたみたいだ。
俺は気を取り直して氷室の奥から塩漬けされた魚を引っ張り出し、捌いていく。こっちに来てから初めてみる魚だが、淡泊な味で色々と応用が利くというので購入してみた。俺が知る魚とは違い、何よりデカい。本当に何を食べたらここまで大きくなるんだか。どのぐらいデカいのかというと、全長が俺の身長を超えている。今日使うのも半身で十分過ぎるくらいだ。
「エン、スイ、ちょっと手伝ってくれるか」
切り分けたうちの尾びれに近い小さな切り身をスイに洗ってもらい、エンに炙ってもらう。程良い脂分とやや強めの塩気があって、特に味付けしなくても焼くだけで美味しくなりそうだ。
「ゆで卵とピクルスのみじん切りで、簡単なソースを添えるかな」
塩気が苦手な人は、多めに掛けてもらえばいいだろう。ゆで卵ぐらいなら、ここで作れるし。さすがに匂いが出るような作業は無理だけど。
『私はっ、何かお手伝いできませんの?』
「アン、そんなに焦らなくていいよ。ここに連れて来てもらっただけでもありがたいんだし。それに、疲れただろ?」
『大丈夫ですの。私はもっとお母様のお手伝いをしたいんですの』
うーん、どうしようかな。研究室を見てきてもらいたいのはヤマヤマなんだが、万が一、アンが見つかったらと思うと……
「そうだ。移動は気付かれにくいって話だったよな。ちょっとここにいることを誰かに――そうだな、ミモさんに伝えておきたいから、これから書くメモをミモさんの机の上にそっと置いてきてくれるか?」
忘れてた。つい夕食の下拵えを優先させてしまったけど、俺を隔離したあの寮の一室から消えてしまえば、余計な心配をさせてしまうだろう。
俺は小さな紙に「寮の2階から氷室に移動しました」とだけ書いて、アンに渡す。
「いいか? こっそり、誰にも見つからないように気をつけるんだぞ」
『はいですの』
とぷん、と影に沈んだアンを見送り、俺は再び下拵えに戻る。だが、数秒も経たないうちに、アンは戻ってきた。
『終わりましたの!』
「早いな。もう終わったのか」
『はいですの。近くであれば、一度で行けますの』
聞けば、まだ何か喧しい声が聞こえていたので、手紙を置いて慌てて戻ってきたのだとか。うん、いい判断だ。
「ありがとう、アン」
両手がちょっと汚れているので頭を撫でることはできないが、肩の上に乗ったアンに頬をすり寄せる。アンもぎゅっと俺の頬にしがみつくように身体を寄せてきた。
『これぐらいなら、お安い御用ですの』
「うん、あとはちょっと見物しててね。それともポケットで休んでおくか?」
『ここで見てますの』
肩に居座る気満々なので、くれぐれも落ちないように気をつけるように言ってから、俺はまた下拵えに戻る。
氷室の天井から吊して乾燥させてあったハーブの束から、ローズマリー少々にバジルとパセリをそれなりに摘む。すり鉢でゴリゴリと細かくするとふわりとハーブの香りが広がり、氷室でやっちゃいけない作業だったか、と後悔する。まぁ、すぐに薄れるだろうと楽観的に考え、小麦粉と混ぜたところで、下拵えは終了だ。
(殿下にアンのことを相談しておきたいな)
アンがどうして生まれたのか、殿下ならきっと分かるに違いないし、良いように運んでくれるだろう。珍しく、殿下と過ごす夜が待ち遠しかった。
『ママ?』
『母上?』
じとっとエンとスイに見上げられ、俺は慌てて口元を引き締める。
「なぁ、アン」
俺はアンを両手ですくい上げて、目線を合わせた。
「俺もここまで気持ち悪くなるなんて思ってなかったんだ。だから今回のことは予測できなかった俺も悪い。だから、おあいこだ」
『おあいこ、ですの?』
「そうだ。次からは俺も気をつける。だから、アンもちょっとだけでいいから気をつけてくれるか?」
『はいですの!』
良かった。どうやら機嫌を直してくれたみたいだ。
俺は気を取り直して氷室の奥から塩漬けされた魚を引っ張り出し、捌いていく。こっちに来てから初めてみる魚だが、淡泊な味で色々と応用が利くというので購入してみた。俺が知る魚とは違い、何よりデカい。本当に何を食べたらここまで大きくなるんだか。どのぐらいデカいのかというと、全長が俺の身長を超えている。今日使うのも半身で十分過ぎるくらいだ。
「エン、スイ、ちょっと手伝ってくれるか」
切り分けたうちの尾びれに近い小さな切り身をスイに洗ってもらい、エンに炙ってもらう。程良い脂分とやや強めの塩気があって、特に味付けしなくても焼くだけで美味しくなりそうだ。
「ゆで卵とピクルスのみじん切りで、簡単なソースを添えるかな」
塩気が苦手な人は、多めに掛けてもらえばいいだろう。ゆで卵ぐらいなら、ここで作れるし。さすがに匂いが出るような作業は無理だけど。
『私はっ、何かお手伝いできませんの?』
「アン、そんなに焦らなくていいよ。ここに連れて来てもらっただけでもありがたいんだし。それに、疲れただろ?」
『大丈夫ですの。私はもっとお母様のお手伝いをしたいんですの』
うーん、どうしようかな。研究室を見てきてもらいたいのはヤマヤマなんだが、万が一、アンが見つかったらと思うと……
「そうだ。移動は気付かれにくいって話だったよな。ちょっとここにいることを誰かに――そうだな、ミモさんに伝えておきたいから、これから書くメモをミモさんの机の上にそっと置いてきてくれるか?」
忘れてた。つい夕食の下拵えを優先させてしまったけど、俺を隔離したあの寮の一室から消えてしまえば、余計な心配をさせてしまうだろう。
俺は小さな紙に「寮の2階から氷室に移動しました」とだけ書いて、アンに渡す。
「いいか? こっそり、誰にも見つからないように気をつけるんだぞ」
『はいですの』
とぷん、と影に沈んだアンを見送り、俺は再び下拵えに戻る。だが、数秒も経たないうちに、アンは戻ってきた。
『終わりましたの!』
「早いな。もう終わったのか」
『はいですの。近くであれば、一度で行けますの』
聞けば、まだ何か喧しい声が聞こえていたので、手紙を置いて慌てて戻ってきたのだとか。うん、いい判断だ。
「ありがとう、アン」
両手がちょっと汚れているので頭を撫でることはできないが、肩の上に乗ったアンに頬をすり寄せる。アンもぎゅっと俺の頬にしがみつくように身体を寄せてきた。
『これぐらいなら、お安い御用ですの』
「うん、あとはちょっと見物しててね。それともポケットで休んでおくか?」
『ここで見てますの』
肩に居座る気満々なので、くれぐれも落ちないように気をつけるように言ってから、俺はまた下拵えに戻る。
氷室の天井から吊して乾燥させてあったハーブの束から、ローズマリー少々にバジルとパセリをそれなりに摘む。すり鉢でゴリゴリと細かくするとふわりとハーブの香りが広がり、氷室でやっちゃいけない作業だったか、と後悔する。まぁ、すぐに薄れるだろうと楽観的に考え、小麦粉と混ぜたところで、下拵えは終了だ。
(殿下にアンのことを相談しておきたいな)
アンがどうして生まれたのか、殿下ならきっと分かるに違いないし、良いように運んでくれるだろう。珍しく、殿下と過ごす夜が待ち遠しかった。
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