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36.俺、殴られる
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強固な姿勢に負けたふりをして、俺は氷室から肉を出して見せた。
「こちらですけど……」
「はっ、この葉っぱに包んだ程度で下拵えとは笑わせる。こんなもの……くさっ! なんだこれは!」
この葉っぱで肉を包む欠点がこの臭いだ。独特のカビにも似た青臭さは葉っぱから肉に移ってしまい、このまま焼くと、悪臭が厨房中に充満してとんでもないことになる。もちろん、悪臭を取り除く方法はちゃんとあるので、問題ない。
「なんだと言われましても、俺の出身地じゃ、肉はこうして下拵えしてましたんで……」
「この田舎者がっ! なんてことをしてくれたんだ! これじゃとても使えないではないかっ!」
ガッと振り上げられた拳が、俺の頬を捉える。もんどりうって倒れた俺の胸ポケットから、エンが飛びだそうとするのを慌てて押さえた。
「くそがっ! こんな肉使えるかっ!」
ぷりぷり怒りながら、コック様が出て行く。あー、たぶん慌てて別の食材調達しに行くんだろうな。
『ママー! ママー!』
「あぁ、悪い、エン。大丈夫だよ」
ポケットから飛び出してきたエンは、俺の頬に抱きついてきた。
『おう、ミケっち、無事か?』
「あぁ、大丈夫。ただ、肉は持って行ってもらえなかったな、残念」
強引に持ち帰って、第一研究所で焼いて大惨事……というのが理想だったんだが、さすがにそこまで上手くはいかないか。
「これに懲りて、発注ミスを装ってっていう手法をやめてくれるといいんだけどな」
『別の手を考え出すかもしれねぇが、そんときゃそんときだな』
なんだ、男前な発言だな、ネズミ氏。
『で、この肉どーすんだ?』
「今日の夕食かな」
『すげぇ臭ぇぞ?』
「大丈夫大丈夫。臭いを取る方法はあるから」
不思議なもので、この悪臭は肉を酒で洗えば落ちる。俺も最初にお邸の厨房で手伝ってるときに、この調理法の存在を知ったときはびびったもんな。でも、固い肉があれだけホロリとほどけるように柔らかくなるのを知って、さらに驚いたっけ。今回はいい肉なんで、そこまで劇的な変化はないだろうけど。
§ § §
(やっぱり、睨まれてるなぁ……)
研究室で研究員たちの邪魔にならないように、こっそりひっそり掃除をしていても感じるこの刺々しい視線。これが快感に感じられるようになればいいんだろうけど、さすがにそこまで達観したくはない。
(まぁ、仕方ないか。結局、アウグスト殿下と同衾が続いてるわけだし)
殿下の迷惑にならないようにと寝袋までもらったのに、結局、元通りになってしまったことに、そりゃご立腹なんだろう。
俺はちらりとマルチアの顔を窺った。うん、やっぱり睨んでる。
たぶん、彼女としては、俺が一緒に寝ることで魔力過多による弊害がなくなったっていうのも分かってるだけに、複雑なところなんだろうな。
そんな風に考えていたら、目が合ってしまった。すると、マルチアは親指を立てて、くいっと出入り口の方に向ける。あれは、廊下でO・HA・NA・SHIってことだろうな。無視した方が怖いので、俺は従うことにする。
「えーと、何か仕事でも……?」
「違うに決まってるでしょ」
デスヨネー。うん、知ってた。
マルチアは、俺の襟首を掴んで、ぐいぐいと引っ張る。抵抗したらそれこそ片手で持ち上げられるのが分かっているので、賢い俺は抵抗しないのだ。苦しいのやだし。
それにしても相変わらず、凶悪な角だよな。後ろから見てるから、まだマシだけど、真正面からあの螺旋の角の先を突きつけられたら、正直それだけで縮み上がる。何がとか言わない。俺だって男なんだとだけ言っておく。
「こちらですけど……」
「はっ、この葉っぱに包んだ程度で下拵えとは笑わせる。こんなもの……くさっ! なんだこれは!」
この葉っぱで肉を包む欠点がこの臭いだ。独特のカビにも似た青臭さは葉っぱから肉に移ってしまい、このまま焼くと、悪臭が厨房中に充満してとんでもないことになる。もちろん、悪臭を取り除く方法はちゃんとあるので、問題ない。
「なんだと言われましても、俺の出身地じゃ、肉はこうして下拵えしてましたんで……」
「この田舎者がっ! なんてことをしてくれたんだ! これじゃとても使えないではないかっ!」
ガッと振り上げられた拳が、俺の頬を捉える。もんどりうって倒れた俺の胸ポケットから、エンが飛びだそうとするのを慌てて押さえた。
「くそがっ! こんな肉使えるかっ!」
ぷりぷり怒りながら、コック様が出て行く。あー、たぶん慌てて別の食材調達しに行くんだろうな。
『ママー! ママー!』
「あぁ、悪い、エン。大丈夫だよ」
ポケットから飛び出してきたエンは、俺の頬に抱きついてきた。
『おう、ミケっち、無事か?』
「あぁ、大丈夫。ただ、肉は持って行ってもらえなかったな、残念」
強引に持ち帰って、第一研究所で焼いて大惨事……というのが理想だったんだが、さすがにそこまで上手くはいかないか。
「これに懲りて、発注ミスを装ってっていう手法をやめてくれるといいんだけどな」
『別の手を考え出すかもしれねぇが、そんときゃそんときだな』
なんだ、男前な発言だな、ネズミ氏。
『で、この肉どーすんだ?』
「今日の夕食かな」
『すげぇ臭ぇぞ?』
「大丈夫大丈夫。臭いを取る方法はあるから」
不思議なもので、この悪臭は肉を酒で洗えば落ちる。俺も最初にお邸の厨房で手伝ってるときに、この調理法の存在を知ったときはびびったもんな。でも、固い肉があれだけホロリとほどけるように柔らかくなるのを知って、さらに驚いたっけ。今回はいい肉なんで、そこまで劇的な変化はないだろうけど。
§ § §
(やっぱり、睨まれてるなぁ……)
研究室で研究員たちの邪魔にならないように、こっそりひっそり掃除をしていても感じるこの刺々しい視線。これが快感に感じられるようになればいいんだろうけど、さすがにそこまで達観したくはない。
(まぁ、仕方ないか。結局、アウグスト殿下と同衾が続いてるわけだし)
殿下の迷惑にならないようにと寝袋までもらったのに、結局、元通りになってしまったことに、そりゃご立腹なんだろう。
俺はちらりとマルチアの顔を窺った。うん、やっぱり睨んでる。
たぶん、彼女としては、俺が一緒に寝ることで魔力過多による弊害がなくなったっていうのも分かってるだけに、複雑なところなんだろうな。
そんな風に考えていたら、目が合ってしまった。すると、マルチアは親指を立てて、くいっと出入り口の方に向ける。あれは、廊下でO・HA・NA・SHIってことだろうな。無視した方が怖いので、俺は従うことにする。
「えーと、何か仕事でも……?」
「違うに決まってるでしょ」
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マルチアは、俺の襟首を掴んで、ぐいぐいと引っ張る。抵抗したらそれこそ片手で持ち上げられるのが分かっているので、賢い俺は抵抗しないのだ。苦しいのやだし。
それにしても相変わらず、凶悪な角だよな。後ろから見てるから、まだマシだけど、真正面からあの螺旋の角の先を突きつけられたら、正直それだけで縮み上がる。何がとか言わない。俺だって男なんだとだけ言っておく。
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