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21.俺、暴かれる
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「……これはマズい」
厨房の隅に広げた寝袋からのそのそと起き上がり、俺は呟いた。
昨晩、仕込んでおいたスープの状態を確かめ、後は主食となる小麦粉を練って叩いて伸ばして練る。できるだけ無心を心がけないと、本当にどうにかなってしまいそうだ。
「あのマルチアのお下がりって時点で、気付くべきだったんだよな。これは問題だ。大問題だ」
ビタン、ビタンと調理台に生地を叩きつけながら、できるだけ平静を保とうと試みる。
「……何がだ」
「何がってそりゃ、うぉぅ!」
囁くような小さな声に応えかけ、俺は驚いて飛び退いた。いつの間にか俺の背後に小さな人影が立っていたのだ。
「えっと、確か……ミモ、さん?」
俺の問いかけに、その人影はこっくりと頷いた。分厚い眼鏡と自分の視界を遮るほどに伸びた前髪のせいで、その感情が窺い知れない。
「もしかして、今日の食事当番だったり?」
再びこっくりと頷くミモさん。それならば、と俺は成形した生地をオーブンで焼いてもらえるように指示を出す。
頷いてくれたミモさんにホッとしつつ、俺は手元の作業に戻ろうとした。
「それで、何がマズいのだろうか?」
ぞわり、と今までに感じたことのない感覚に、全身鳥肌が立った。ずっとか細い声しか聞いたことのなかったミモさんが普通の声量で話した。それだけなのに。
「マズいと思う理由を聞かせてもらえるな?」
気付けば、俺の口は勝手に動きだし、起床時の状況とそこに至る経緯をペラペラと語っていた。
――――簡単に表現してしまえば、男の事情、というやつだ。ツンツンしてはいたが、マルチアはまぁ見事な体型の持ち主の異性であって、そんな彼女が愛用していたという寝袋には、何やら甘いような匂いが染みついていたわけで。そんな女の人の香りの残る寝袋で一晩を過ごした俺の、朝の生理現象というか、その、股間のモノがちょっと元気で……あぁぁぁぁ、なんでこんなことをほぼ初対面の人に話すんだ俺は!
「……悪かったな。都合の悪そうな顔をしていたので、無理に聞いた」
「イエ、ワスレテモラエレバ、ソレデ、モウ……」
どうしよう、お婿にいけない、とばかりに俺は両手で火照った顔を覆う。でも、こんな魔族だらけの場所に来た時点で、どうせお婿に行けないだろうと思い直したら、余計に悲しくなってしまった。
「と、とりあえず、作業に戻ろう」
「あぁ」
再び蚊の鳴くような声量に戻ったミモさんと一緒に朝食の準備を黙々と進める。
と、そこで思い出した。そういえば食料調達とか酵母とかについて、ミモさんに聞けってアウグスト殿下に言われてたっけ。
デザートにと柑橘類をくし切りにしながら、その話をミモさんにすると、口を開き掛け、なぜだかじっとこちらを見つめられた。
「えっと、俺が把握したらマズいことだったり?」
「……待て」
待てって何を、と思う間もなく、ミモさんの肩に床から何かが飛び上がって来た。ピンクの手足をした丸々としたネズミ、と認識した瞬間、反射的に後ろの調理台から麺棒をひっつかんだ。
『おいおいおい! まさか俺っちを攻撃しようってんじゃぁねぇだろうな』
「しゃべった!」
害獣・害虫の類が厨房にいることによる忌避感よりも、そちらの驚きの方が勝り、俺の手が止まる。あやうくミモさんの肩に麺棒を振り下ろすところだった。
『俺っちの主は事情があって、あんまり声が出せねぇんだ。すぐに声に魔力が乗って相手を支配しちまうからな。そこで俺っちの出番ってわけだ』
ミモさんの肩でえっへんと胸を張るネズミは、妙に人間くさかった。
厨房の隅に広げた寝袋からのそのそと起き上がり、俺は呟いた。
昨晩、仕込んでおいたスープの状態を確かめ、後は主食となる小麦粉を練って叩いて伸ばして練る。できるだけ無心を心がけないと、本当にどうにかなってしまいそうだ。
「あのマルチアのお下がりって時点で、気付くべきだったんだよな。これは問題だ。大問題だ」
ビタン、ビタンと調理台に生地を叩きつけながら、できるだけ平静を保とうと試みる。
「……何がだ」
「何がってそりゃ、うぉぅ!」
囁くような小さな声に応えかけ、俺は驚いて飛び退いた。いつの間にか俺の背後に小さな人影が立っていたのだ。
「えっと、確か……ミモ、さん?」
俺の問いかけに、その人影はこっくりと頷いた。分厚い眼鏡と自分の視界を遮るほどに伸びた前髪のせいで、その感情が窺い知れない。
「もしかして、今日の食事当番だったり?」
再びこっくりと頷くミモさん。それならば、と俺は成形した生地をオーブンで焼いてもらえるように指示を出す。
頷いてくれたミモさんにホッとしつつ、俺は手元の作業に戻ろうとした。
「それで、何がマズいのだろうか?」
ぞわり、と今までに感じたことのない感覚に、全身鳥肌が立った。ずっとか細い声しか聞いたことのなかったミモさんが普通の声量で話した。それだけなのに。
「マズいと思う理由を聞かせてもらえるな?」
気付けば、俺の口は勝手に動きだし、起床時の状況とそこに至る経緯をペラペラと語っていた。
――――簡単に表現してしまえば、男の事情、というやつだ。ツンツンしてはいたが、マルチアはまぁ見事な体型の持ち主の異性であって、そんな彼女が愛用していたという寝袋には、何やら甘いような匂いが染みついていたわけで。そんな女の人の香りの残る寝袋で一晩を過ごした俺の、朝の生理現象というか、その、股間のモノがちょっと元気で……あぁぁぁぁ、なんでこんなことをほぼ初対面の人に話すんだ俺は!
「……悪かったな。都合の悪そうな顔をしていたので、無理に聞いた」
「イエ、ワスレテモラエレバ、ソレデ、モウ……」
どうしよう、お婿にいけない、とばかりに俺は両手で火照った顔を覆う。でも、こんな魔族だらけの場所に来た時点で、どうせお婿に行けないだろうと思い直したら、余計に悲しくなってしまった。
「と、とりあえず、作業に戻ろう」
「あぁ」
再び蚊の鳴くような声量に戻ったミモさんと一緒に朝食の準備を黙々と進める。
と、そこで思い出した。そういえば食料調達とか酵母とかについて、ミモさんに聞けってアウグスト殿下に言われてたっけ。
デザートにと柑橘類をくし切りにしながら、その話をミモさんにすると、口を開き掛け、なぜだかじっとこちらを見つめられた。
「えっと、俺が把握したらマズいことだったり?」
「……待て」
待てって何を、と思う間もなく、ミモさんの肩に床から何かが飛び上がって来た。ピンクの手足をした丸々としたネズミ、と認識した瞬間、反射的に後ろの調理台から麺棒をひっつかんだ。
『おいおいおい! まさか俺っちを攻撃しようってんじゃぁねぇだろうな』
「しゃべった!」
害獣・害虫の類が厨房にいることによる忌避感よりも、そちらの驚きの方が勝り、俺の手が止まる。あやうくミモさんの肩に麺棒を振り下ろすところだった。
『俺っちの主は事情があって、あんまり声が出せねぇんだ。すぐに声に魔力が乗って相手を支配しちまうからな。そこで俺っちの出番ってわけだ』
ミモさんの肩でえっへんと胸を張るネズミは、妙に人間くさかった。
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