人身御供で連れ出された俺が王子の恩人(予定)だって!?

長野 雪

文字の大きさ
上 下
17 / 57

17.俺、ツンされる

しおりを挟む


 あのひとは、一度として「私」を見てはくれなかった。
 欠陥品の私のことなど、一族の恥さらしだとでも思っているのだろう。

 武芸のできない姮娥こうがの直系など、不要だと。

「姉上の姿が見当たりません。こんな時間まで戻って来ないなんて······捜しに行ってきます」

「待ちなさい。どうせ金虎きんこの第一公子のところでしょう?役に立たない一族の直系同士、お似合いじゃない。その内帰って来るでしょう。あなたがわざわざ捜しに行く必要などないわ」 

「確かに、そうですね」

 扉越しに聞こえて来た声に、胸元で握りしめていた指先の血の気が無くなっていた。それはふたりの本音だろう。自分など、最初から必要のない人間だった。

「こんな夜中に外へ出て、あなたになにかあったら心配よ。あなたは、私の大事な娘であり、次期宗主となる者なのだから。椿明ちゅんめいにも余計な事はしないように、釘を刺しておいて頂戴、」

「はい、椿明ちゅんめいにもそのように伝えておきます」

 音がして、慌てて我に返り、部屋の扉の前から逃げ出す。用意された自室へと戻り、部屋の隅で耳を押さえて蹲る。

 どうやってこの邸に戻って来たか、まったく憶えていない。

 虎珀こはくの所へ行き、金虎きんこの邸を出た後からの記憶が曖昧だった。気付けば扉の前にいて、さっきの会話を立ち聞きしていたのだ。

 そっと、暗い部屋で蹲ったままの、蘭明らんめいの肩を抱く者がいた。

「ほら、ね。言ったでしょ?あなたはここの人たちには必要のない存在。でもね、私たちにはあなたが必要なの」

 男の声なのに、女みたいな口調のその闇の化身は、少女の砕けた心に優しく囁く。

「あなたがしたいことを、私たちが叶えてあげる。その代わり、」

 甘い甘い囁きは、少女の心を満たしていく。ずっと自分をしまい込んで、他人のために尽くして来た。しかし、その結果がこれだ。

 結局、なにひとつ、手に入れることはできず。欲しい言葉は得られず。笑顔の仮面は剥がれ落ちかけていた。それも、もう、必要ない。

「あなたは、私たちのために動くお人形になるの。良い子ね、そう、それでいい」

 もう、引き返せない。
 戻れない。

 その手を取ったその瞬間から、それは決まっていたのだ。先に裏切ったのはあちらで、その報いを受けるべきだと。

「あなたのその満たされない渇望は、私たちが叶えてあげる」

 その日から、ずっと闇の中にいる。光は届かない。もう二度と、届かない。

 玉兎ぎょくとに戻ってからは、想像の通りだ。
 人形を完成させるため、少女たちを攫って、殺して、分解した。

 ひとり、ふたり、さんにん。気付けば五人の少女を殺していた。最初に攫った少女の親たちを病鬼びょうきの呪いにかけた。

 それは疫病と勘違いされ、どんどん広まっていき、やがて都を覆い尽くす。少女の失踪事件は、疫病の蔓延によって人々の中から薄れ、残りの部分を集めるためにまた少女を攫った。

 少女たちの親は、疫病の影響を受けて病に倒れ、いなくなったことすら気付いていない。

 そうやって、最後の十人目を攫った。あとは、あの瞳を埋め込むだけ。もうすぐ、完璧な人形が完成するはずだった。

「一体、どこから破綻し始めていたのかしら、」

 蘭明らんめいはひとり言のように呟く。事の一部始終を聞き終えた竜虎りゅうこは、肩を竦めて蘭明らんめいを見下ろす。

無明あいつに手を出した時点で、こうなることは決まっていた。それに、甘い他人の言葉に溺れ、目の前の大切なひとたちの声を聞かなかった、あなた自身の落ち度だろう」

「はじめから、」

 本当は、解っていたのではないか?

 宗主はともかく、朎明りょうめいがあんな風に言うはずがない。あの子なら、きっと、間違いなく自分を捜しに行っただろう。
 どうしてあの時、気付けなかったのか。どうして信じられなかったのか。

 あれはそもそも、本当に宗主と朎明りょうめいだったのか。声だけで姿は見ていないのに、どうしてその言葉を信じてしまったのか。

 今となっては、もうどうでも良いことだ。

「姉上、何度も言った。私も母上も椿明ちゅんめいも、他の者たちだって。姉上があの別邸に戻っているとも知らないで、ずっと紅鏡こうきょうの都中を捜し回っていたと」

「もう、いいわ」

 もう、終わりにしよう。
 これしか、方法はない。

 隠し持っていた刃物を袖の中で手に取り、蘭明らんめいは自分の首筋に当てる。冷たい刃は、確かな感覚を与えてくれる。

「姉様、駄目!」

 突然の事に呆然としていた朎明りょうめい竜虎りゅうこの間に入って、椿明ちゅんめいがその手首を弾き、刃物を取り上げる。

「返してちょうだい。椿明ちゅんめい、母上になんて言われたの?わたしくを殺しなさいって言われたんでしょう?気付かないとでも思った?」

 ずっと泳いだ目でこちらを見ては、霊槍を震えた手で握りしめ、動揺していた。今も、肯定しているとしか思えないほど視線が合わない。

「さあ、心臓はここよ。その刃で私を殺しなさい」

 それはどこまでも優しい笑み。

 蘭明らんめいは地面に座ったまま、無防備に手を広げ、自分から奪った刃物を握り締める椿明ちゅんめいを見上げた。

 そんな均衡に割り入るように、黒い影がゆらりと身体を揺らす。

 それは血の気の失せた生白い指先を伸ばし、蘭明らんめいの首筋を掴むと、そのまま無理矢理立たせた。

 地面に足が付くか付かないかというぎりぎりの位置まで持ち上げられ、先程まで浮かんでいた笑みが消える。

 あの、人形がまた動き出したのだ。
 その一連の動作までがあまりに素早く、誰も手を出すことができなかった。

「姉上を、放せ!」

 その沈黙破るように、朎明りょうめいの怒りに満ちた声が響いた。

 同時に、その場に強い風が吹き荒れる。蘭明らんめいの自室の中のさらに奥の部屋であるこの場所に、吹くはずのない風だった。
 その先に現れた影に、竜虎りゅうこたちは目を瞠った。

無明むみょう?え?なんで、」

 そこに立っていたのは、白い神子装束のような衣裳を纏う無明むみょうと、目の錯覚だろうか。あれは、えっと、確か。

「渓谷の、妖鬼?」

 紅鏡こうきょう碧水へきすいの間の渓谷で見た、あの特級の妖鬼がその横にいる。あの時のことを思い出し、竜虎りゅうこはひとり、呆然と立ち尽くすのだった。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

処理中です...