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08.俺、愚痴られる
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「それにしても……こういうもんなのかな」
改めて研究所の広い部屋を眺めた俺の口から、そんな言葉が自然と漏れた。
「何がだ?」
「いや、俺の勝手なイメージかもしれないけど、研究所って言うとそれぞれ個室が与えられて、そこでひっそり自分の研究に没頭するものなのかな、って」
そうなんだ。この広い部屋は身長程度の間仕切り板で区切られてはいるものの、研究員たちは引きこもることなく、時には同僚に相談をふっかけながら、おのおのの研究を進めているらしいのだ。ちなみに相談を「ふっかける」という表現はおそらく正しい。だって、ケンカ腰になってる研究員の方が多いから。それだけ気の置けない関係を作れているのかもしれないけど。
「第一研究所はお前の言うような作りになっているな。第二研究所は良くも悪くも無法地帯であるからな」
「へー……」
なんか、自由という言葉が全然別の意味に聞こえたんだけど、不思議だなぁ? いや、そもそも俺は誰に質問してたんだっけ?
「って、殿下ぁ!?」
俺の隣に立って、俺の素直な疑問に答えてくれたのは、ここの最高責任者であらせられるアウグスト殿下だった。
「まっ、誠に失礼いたしましたっ! 俺、殿下がいらっしゃっているなんて存じ上げなくて……っ!」
「あぁ、よいよい。構わぬ。ここは確かにオレの研究所だが、別に何をしているわけでもないし、単に避難所にしているだけだからな」
「避難所、ですか?」
俺の疑問にアウグスト殿下は曖昧に笑うだけで、詳しいことは語らなかった。まぁ、普通にここの研究員の人たちとは仲が良さそうだし、権力闘争に疲れて、とかそんな感じだろうか。
「それにしても……」
殿下はその深い緋色の瞳を俺の手元に向けた。そこには楕円形のパンにチシャの葉と腸詰めを挟んだ俺の昼食がある。
「いい加減にそっちの問題もなんとかせねばな」
「そっちの問題、ですか?」
なんだろう。俺の昼食に何か問題があるんだろうか。まさか、魔族と人間では食べるものが全然違って、俺の食事を用意するのが大変とか? げ、それは困る。一日三食用意されているこの素晴らしい環境を手放したくはない。
「それを用意したのはエンツォあたりだろう? 本来ならば研究所の厨房で食事を用意すべきところだが、いろいろと問題があってな」
ごくり、と俺は唾を飲み込んで殿下の言葉の続きを待った。
「なかなかに不味いものばかりになるので、ほとんどの研究員は利用していないのが現状だ」
「……はぁ」
愚痴るように殿下が詳しい経緯について語ってくれたところによると、元々料理番が雇われていたが、研究費に回したいとの研究員の大多数の意見を元に解雇、料理は研究員の当番制となった。ところが、ここの研究員は基本的に研究バカばかりで料理なんて作れるもんじゃない。結果として、料理当番は適当に具材を切って茹でただけの謎スープを作ったり、焦げ肉を量産したりと散々なものなんだとか。一部の研究員はそれに嫌気がさして外に買いに行っているのだとか。俺のこれまでのご飯も買いに行ってくれたものらしい。
「えぇと、研究に熱心なんですね」
「ものは言い様だな。――――ところで、先ほど測定結果を聞いたが、特筆すべきものはなかったようだな」
「そのようですね。ただ、子供の頃に計測したときと比べて、魔力量が段違いに伸びていたのには驚きました」
「ほう? それは報告に上がっていなかったな」
「十年ぐらい前に15しかなかったのが123って、俺はびっくりしたんですけど、魔族から見たら誤差レベルなんですかね」
「ふむ……?」
殿下が不思議そうな声を上げたので、何か問題でもあったんだろうかと隣に顔を向けると、突然、両手でがしりと両頬を掴まれた。至近距離に殿下の顔、もといご尊顔。その血を垂らしたような不吉な赤色の瞳で覗き込まれ、俺の背筋がぞわぞわとうすら寒くなった。突然の殿下の行動に対する驚きよりも、絶対強者に心の奥底まで見透かされるような恐怖の方が強かった。
「そのような成長見込みなどない、平々凡々とした顔にしか見えんが」
ひどくないですかその評価、とは流石に口に出せなかった。
改めて研究所の広い部屋を眺めた俺の口から、そんな言葉が自然と漏れた。
「何がだ?」
「いや、俺の勝手なイメージかもしれないけど、研究所って言うとそれぞれ個室が与えられて、そこでひっそり自分の研究に没頭するものなのかな、って」
そうなんだ。この広い部屋は身長程度の間仕切り板で区切られてはいるものの、研究員たちは引きこもることなく、時には同僚に相談をふっかけながら、おのおのの研究を進めているらしいのだ。ちなみに相談を「ふっかける」という表現はおそらく正しい。だって、ケンカ腰になってる研究員の方が多いから。それだけ気の置けない関係を作れているのかもしれないけど。
「第一研究所はお前の言うような作りになっているな。第二研究所は良くも悪くも無法地帯であるからな」
「へー……」
なんか、自由という言葉が全然別の意味に聞こえたんだけど、不思議だなぁ? いや、そもそも俺は誰に質問してたんだっけ?
「って、殿下ぁ!?」
俺の隣に立って、俺の素直な疑問に答えてくれたのは、ここの最高責任者であらせられるアウグスト殿下だった。
「まっ、誠に失礼いたしましたっ! 俺、殿下がいらっしゃっているなんて存じ上げなくて……っ!」
「あぁ、よいよい。構わぬ。ここは確かにオレの研究所だが、別に何をしているわけでもないし、単に避難所にしているだけだからな」
「避難所、ですか?」
俺の疑問にアウグスト殿下は曖昧に笑うだけで、詳しいことは語らなかった。まぁ、普通にここの研究員の人たちとは仲が良さそうだし、権力闘争に疲れて、とかそんな感じだろうか。
「それにしても……」
殿下はその深い緋色の瞳を俺の手元に向けた。そこには楕円形のパンにチシャの葉と腸詰めを挟んだ俺の昼食がある。
「いい加減にそっちの問題もなんとかせねばな」
「そっちの問題、ですか?」
なんだろう。俺の昼食に何か問題があるんだろうか。まさか、魔族と人間では食べるものが全然違って、俺の食事を用意するのが大変とか? げ、それは困る。一日三食用意されているこの素晴らしい環境を手放したくはない。
「それを用意したのはエンツォあたりだろう? 本来ならば研究所の厨房で食事を用意すべきところだが、いろいろと問題があってな」
ごくり、と俺は唾を飲み込んで殿下の言葉の続きを待った。
「なかなかに不味いものばかりになるので、ほとんどの研究員は利用していないのが現状だ」
「……はぁ」
愚痴るように殿下が詳しい経緯について語ってくれたところによると、元々料理番が雇われていたが、研究費に回したいとの研究員の大多数の意見を元に解雇、料理は研究員の当番制となった。ところが、ここの研究員は基本的に研究バカばかりで料理なんて作れるもんじゃない。結果として、料理当番は適当に具材を切って茹でただけの謎スープを作ったり、焦げ肉を量産したりと散々なものなんだとか。一部の研究員はそれに嫌気がさして外に買いに行っているのだとか。俺のこれまでのご飯も買いに行ってくれたものらしい。
「えぇと、研究に熱心なんですね」
「ものは言い様だな。――――ところで、先ほど測定結果を聞いたが、特筆すべきものはなかったようだな」
「そのようですね。ただ、子供の頃に計測したときと比べて、魔力量が段違いに伸びていたのには驚きました」
「ほう? それは報告に上がっていなかったな」
「十年ぐらい前に15しかなかったのが123って、俺はびっくりしたんですけど、魔族から見たら誤差レベルなんですかね」
「ふむ……?」
殿下が不思議そうな声を上げたので、何か問題でもあったんだろうかと隣に顔を向けると、突然、両手でがしりと両頬を掴まれた。至近距離に殿下の顔、もといご尊顔。その血を垂らしたような不吉な赤色の瞳で覗き込まれ、俺の背筋がぞわぞわとうすら寒くなった。突然の殿下の行動に対する驚きよりも、絶対強者に心の奥底まで見透かされるような恐怖の方が強かった。
「そのような成長見込みなどない、平々凡々とした顔にしか見えんが」
ひどくないですかその評価、とは流石に口に出せなかった。
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