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02.俺、連行される
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俺は主が下女に手をつけて生まれた不義の子だ。邸の主に無理やり手籠めにされた俺の母は、俺を産んですぐ亡くなったと聞いている。外聞を気にしてか外に放り出されることはなかった俺だが、その代わりに都合の良い労働力に仕立て上げられた。育てた恩を傘に、雀の涙ほどの薄給でこきつかわれる毎日を送っていた。
ただでさえ運の悪い生い立ちの俺だったが、その日は輪をかけて運が悪かった。
変な夢を見たのか、飛び起きた拍子にギシギシと音の鳴る粗末な寝台から転げ落ちてしまい、したたかに腰を打っただけでなく、左手小指の爪を割るというコンボに朝からへこんだ。
洗濯をしていた下女と廊下でぶつかり、転んだ拍子に相手の抱えていた洗濯物の、よりによって奥様の下着に爪をひっかけてしまい、繊細なレースの糸をほつれさせてしまうという失態を犯し、延々とねちねち説教をされた。そもそも本当に俺のせいでレースがほつれたのかも分からないというのに、だ。
罰としてただっぴろい庭園で雑草を抜くことを命じられ、せっせと励んでいたら旦那様の猟犬に吠えられて尻もちをついてズボンが汚れてしまったし、床を磨いていたら奥様付きのメイドが桶に躓いてひっくり返してくれやがった。しかも、人が通る場所に桶を置くなという説教までセットだ。どう掃除しろと言うんだ。
昼過ぎ、くうくうと鳴る腹を抱えていた俺に声を掛けてきたのは、この邸の坊ちゃんだった。昼飯抜きで坊ちゃんの部屋の掃除をしろと。この時点で嫌な予感しかしない。
坊ちゃんはいわゆる男色に興味を持ってしまった残念な跡取りで、男娼を買いに行く金がないときは手近なところで済ませようと考えるような下衆だった。不穏な気配を察知するたびに何とか逃げて来たが、今日は逃げる口実も思いつかない。
午前中、体調が優れないと言っていたので油断していた。どうやら仮病の類だったらしい。
坊ちゃんの悪趣味を止められる奥様は茶会に出席、そして旦那様は商談で不在。坊ちゃん自身も学友のところに出かける用事があると聞いていたが、体調不良を理由に部屋で寝ていた……はずだった。
(まぁ、この様子じゃ、本当に用事があったのかどうかも疑わしいがな)
俺はとうとう諦めるときなのかと項垂れた。正直、まだ女を知らないのに掘られるとか勘弁して欲しいんだが。
俺の諦念を悟ったのか、坊ちゃんがにやり、と口元を歪めたのが見えた。まともにしていれば見られなくもない顔の筈だが、性格が顔に出ると途端に醜い顔になる。
坊ちゃんの生温かい吐息が、俺の耳をくすぐり、走る悪寒に肌が粟立った。だが、それでも逃げる動きはみせられない。
決して、好き好んで目の前の男に身体を明け渡すわけではない。ささやかな矜持が無様に逃げるのをよしとしなかったし、今後の保身もあった。ここを追い出されたら本気で行く場所もないし、野垂れ死ぬ未来しか見えない。
ガンガンガン!
ドアを壊さんばかりのノックの音に、身体を震わせたのは、俺だけでなく坊ちゃんもだった。
「あの下郎はここに居るの? 開けなさい!」
響いた甲高い声は、紛れもなく奥様のものだ。もちろん、ドアを叩いているのは従僕だろう。
渋々といった様子で坊ちゃんが部屋の鍵を開けると、悪鬼羅刹のような形相の奥様がそこに立っていた。
「お前! いったい何をしたんだいっ!?」
ふしだらな男。淫売と罵られることを予想していたが、奥様が叫んだ内容には首を傾げることしかできなかった。
そこまで怒られることは何もしていないが、反論する間もなく従僕に引っ張られるようにして馬車に押し込められ、向かった先はこの国を治める王の住まう、城だった。
そこで待ち受けていたのは邸の旦那様だ。父親だなんてこれっぽっちも考えたことはない。
ピシリと整った姿の旦那様と、茶会に行くために着飾っていた奥様。その二人に連れられる俺は、着古したお仕着せのままで、どうにも城の内観にそぐわない。萎縮する俺を引きずるように向かった謁見の間で待っていたのは、俺も絵姿で見たことのあるこの国の王、その人だった。
ただでさえ運の悪い生い立ちの俺だったが、その日は輪をかけて運が悪かった。
変な夢を見たのか、飛び起きた拍子にギシギシと音の鳴る粗末な寝台から転げ落ちてしまい、したたかに腰を打っただけでなく、左手小指の爪を割るというコンボに朝からへこんだ。
洗濯をしていた下女と廊下でぶつかり、転んだ拍子に相手の抱えていた洗濯物の、よりによって奥様の下着に爪をひっかけてしまい、繊細なレースの糸をほつれさせてしまうという失態を犯し、延々とねちねち説教をされた。そもそも本当に俺のせいでレースがほつれたのかも分からないというのに、だ。
罰としてただっぴろい庭園で雑草を抜くことを命じられ、せっせと励んでいたら旦那様の猟犬に吠えられて尻もちをついてズボンが汚れてしまったし、床を磨いていたら奥様付きのメイドが桶に躓いてひっくり返してくれやがった。しかも、人が通る場所に桶を置くなという説教までセットだ。どう掃除しろと言うんだ。
昼過ぎ、くうくうと鳴る腹を抱えていた俺に声を掛けてきたのは、この邸の坊ちゃんだった。昼飯抜きで坊ちゃんの部屋の掃除をしろと。この時点で嫌な予感しかしない。
坊ちゃんはいわゆる男色に興味を持ってしまった残念な跡取りで、男娼を買いに行く金がないときは手近なところで済ませようと考えるような下衆だった。不穏な気配を察知するたびに何とか逃げて来たが、今日は逃げる口実も思いつかない。
午前中、体調が優れないと言っていたので油断していた。どうやら仮病の類だったらしい。
坊ちゃんの悪趣味を止められる奥様は茶会に出席、そして旦那様は商談で不在。坊ちゃん自身も学友のところに出かける用事があると聞いていたが、体調不良を理由に部屋で寝ていた……はずだった。
(まぁ、この様子じゃ、本当に用事があったのかどうかも疑わしいがな)
俺はとうとう諦めるときなのかと項垂れた。正直、まだ女を知らないのに掘られるとか勘弁して欲しいんだが。
俺の諦念を悟ったのか、坊ちゃんがにやり、と口元を歪めたのが見えた。まともにしていれば見られなくもない顔の筈だが、性格が顔に出ると途端に醜い顔になる。
坊ちゃんの生温かい吐息が、俺の耳をくすぐり、走る悪寒に肌が粟立った。だが、それでも逃げる動きはみせられない。
決して、好き好んで目の前の男に身体を明け渡すわけではない。ささやかな矜持が無様に逃げるのをよしとしなかったし、今後の保身もあった。ここを追い出されたら本気で行く場所もないし、野垂れ死ぬ未来しか見えない。
ガンガンガン!
ドアを壊さんばかりのノックの音に、身体を震わせたのは、俺だけでなく坊ちゃんもだった。
「あの下郎はここに居るの? 開けなさい!」
響いた甲高い声は、紛れもなく奥様のものだ。もちろん、ドアを叩いているのは従僕だろう。
渋々といった様子で坊ちゃんが部屋の鍵を開けると、悪鬼羅刹のような形相の奥様がそこに立っていた。
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そこで待ち受けていたのは邸の旦那様だ。父親だなんてこれっぽっちも考えたことはない。
ピシリと整った姿の旦那様と、茶会に行くために着飾っていた奥様。その二人に連れられる俺は、着古したお仕着せのままで、どうにも城の内観にそぐわない。萎縮する俺を引きずるように向かった謁見の間で待っていたのは、俺も絵姿で見たことのあるこの国の王、その人だった。
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