上 下
452 / 586
第七章 アランが父に代わって歴史の表舞台に立つ

第五十一話 勇将の下に弱卒なし(1)

しおりを挟む
   ◆◆◆

  勇将の下に弱卒なし

   ◆◆◆

「雄雄ォッ!」

 ケビンはあらん限りの勇気を叫びに変えて、走り出した。
 が、

「ぐっ!?」

 その足は直後に止まった。
 視界が激しく明滅し、目の前にあった木々がなぎ倒されていく。
 遮蔽物が無くなり、目に新たな白が、太陽の光が差し込む。
 ケビンはその陽光から逃げるように、新たな日陰を求めて地を蹴った。
 されど新しく放たれた嵐がそれをなぎ払う。
 しかしそこにケビンは既にいない。
 影へ影へ移動し続ける。
 こんなことをケビンは既に十回は繰り返していた。
 されどケビンはただ逃げているだけでは無かった。
 走りながら光弾を放つ。
 だがそれはラルフに対しての反撃では無かった。
 ケビンを迂回してリリィを追いかけようとする者達への攻撃だ。
 ラルフが一対一を望んだ理由はこれなのだ。

「はぁ、はっ、くそ!」

 息が上がり、足が草にとられる。
 もう逃げてもいいのではないか、そんな考えがケビンの脳裏に浮かぶ。
 ケビンはそれを振り払うように、心の中で叫んだ。

(駄目だ、もっと粘らなくては!)

 リリィとの距離はまだそれほど離れていない。
 その理由は単純、ラルフが放つ嵐に押されて自分も後退し続けているからだ。ラルフの足はまったく止まっていない。
 そしてそれは追っ手の足も同じ。
 そも、今のケビン一人の攻撃で止められる人数では無い。
 それでも放置は出来ない。併走するように後退する。
 だから状況がまったく好転しないのだ。
 ケビン自身がリリィを追いかけているように見える有様。

「ぜっ、はぁっ、この……っ!」

 だから荒い息遣いの中に悪態が混じりかける。
 しかしその悪態は言葉になる前に、

「っ!?」

 嵐に吹き飛ばされた。
 生来持つ勇気と競り合うかのように恐怖の色が心に滲む。
 しかしその色が放つ警告は至極真っ当であり、ゆえにケビンはその色が放つ声を素直に飲み込むことが出来た。
 このままではいつか嵐に飲み込まれる、その色はそう言っていた。
 だから、ケビンはいつの間にか剣を抜いていた。
 これでなんとかするしかない、『あの時の二人のように』、そんな言葉が脳裏に浮かんだ瞬間、ケビンはその刀身を発光させた。
 そして警告は直後に現実のものとなった。
 ラルフが鋭い踏み込みと共に嵐を放ったのだ。
 眼前にある木々の数は、障害物は十分であるように見えたが、

(マズい!)

 という本能の叫びに、ケビンの体は従った。
 鋭く後方に地を蹴る。
 そしてその足が再び地面に着くよりも早く、視界は白く染まった。 
 光る剣で迎え撃つ。
 が、

「ぐっ!」

 ケビンの体に鋭い痛みが走った。
 しかしこれは覚悟していたことであった。
 切り払ったのは直撃が許されない大きな蛇のみ。
 小さな白蛇は無視した。そうせざるを得なかった。
 だが、小さな傷でも積もればいつかは致命傷と化す。
 やはり、自分ではあの時の『二人』のようにはなれないのだろうか?
 そんな思いが浮かんだと同時に、ケビンの足は再び動いていた。
 ケビンは間違いに気付いたのだ。
 自分は『一人』なのだ。工夫無しに二人分の仕事が出来るわけが無い。
 つまり手数が足りない。
 しかしこれは敵から武器を奪うことによって補える。
 ゆえに、ケビンの目標は迂回しようとしている追跡部隊の一つ。
 接近に対し、部隊が迎撃の光弾を放つ。
 これをケビンは木や防御魔法を利用して突破。
 止められない、そう判断した部隊が一斉に抜刀する。
 しばらく接近戦になる、その場にいる全員がそう思っていた。
 双方が密着すればラルフは嵐を撃てなくなるからだ。
 が、その考えは外れていることをラルフは直後に行動で示した。

(何っ?!)

 双方の刃がぶつかり合う、その瞬間を狙ってラルフは嵐を放った。

「うあぁっ?!」

 閃光の中に赤が滲み、悲鳴が響き渡る。
 しかしその中にケビンの声は無かった。
 敵を盾にして上手くやり過ごしたケビンは、安堵を覚えるよりも早く叫んだ。

「このくそ野郎!」

 躊躇無く味方ごとなぎ払いやがった、その驚きを軽蔑に変えてラルフに叩き付ける。

「……」

 しかしラルフは動じなかった。
 そしてラルフはその無表情のまま構えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで

雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。  ※王国は滅びます。

処理中です...