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第七章 アランが父に代わって歴史の表舞台に立つ

第四十九話 懐かしき地獄(1)

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   ◆◆◆

  懐かしき地獄

   ◆◆◆

「ようやく動き始めたか」

 それを感じ取ったクリスはそう声を上げた。
 睨み合いを続けていたガストン軍が前進を開始したのだ。
 その理由も感じ取っていたクリスは続けて口を開いた。

「アンナとレオンの騎馬隊に後方の部隊が押され始めたようだな。尻に火がついた、というところか」

 敵の陣形は横一列。
 特に工夫は見られない。全火力を一線に並べて相手に押しつける平凡な形。

「さてと……」

 さざ波のように近付いてくるそれを見つめながら、クリスは腰に差していた剣を抜いた。
 数は二本。二刀流のように両手に携える。

「じゃあ、戦いの狼煙(のろし)を派手に上げるとするか」

 軽い口調とは対照的に、二本の剣を持つ両手は汗ばんでいた。
 上手くやれるかどうか、初めてのことゆえに絶対の自信が無いからだ。
 もっと言えば二本使う必要も無い。ぶつけあう必要性は無いのだ。調整を間違えなければ事故は起きない。
 クリスはそれを分かっている。しかしあえてこうするのは、出来るだけあの二人を真似れば、成功率が上がるような気がしているからだ。
 そしてその二人のうちの一人であるクラウスはそんなクリスの後ろに控えていた。
 クラウスはクリスが剣を二本使う理由を、内にある不安を感じ取っていた。
 ゆえにクラウスは口を開いた。

「手伝いましょうか?」と。

 しかし、これにクリスは振り向かずに首を振った。
 一人でやってみたい、という思いがその動作から伝わってきた。

「……」

 だからクラウスは何も言わず、見守ることにした。
 そしてクリスはそんなクラウスの視線を背中で感じながら、二本の剣を発光させた。
 剣の中で光魔法の粒子が暴れ回り、ぶつかり合うのを感じる。
 暴れ馬の手綱を握っているような感覚。
 しかしこれを御する手段をクリスは知っている。アランから教えてもらった。
 何度も練習したそれを、クリスは実践に移し始めた。
 手から剣へ一定の周期で、かつ勢い良く光魔法を流し込む。
 すると、無秩序であった剣の内部は徐々に静まっていく。
 剣から伝わる振動が、手から流し込むそれと同じになっていく。重なり合っていく。
 安定したら、今度は意識を自分に、頭の中に向ける。
 手から伝わる鼓動を頭で感じるために。
 そしてクリスはすぐにそれを見つけた。
 剣が波打つ度に、頭の中のある部分が熱を発しているのを感じ取った。
 それは後に共感回路、または共振回路と呼ばれる器官であった。
 普段は見つけにくい。意識し難い。
 自分の思考によって生じた波と共振してしまっているから、紛れ込んでしまっているからだ。
 だが今のように、外部から流れ込んできた大きな波に強く反応している状態ならば知覚しやすい。
 そしてその存在を初めて認識した瞬間に、感知能力者はあることに気付く。
 まるで狭い部屋の中で反響しているかのように、自分の心の声が重なって聞こえる理由だ。
 この器官が同じ波形で、同じ周波数で共振するからなのだ。
 そして現時点で、クリスは武神の号令を発動出来る状態になっていた。
 既に全体への共感は成立している。感知が鈍いものでも自覚出来るほどの大きな波を発している。
 しかし今発せられている波に意味は無い。ただ大きいというだけだ。情報が、感情や思考が含まれていない。
 後は波の形を意味あるものに変形させるだけでいい。それで武神の号令は成立する。
 すなわち、強く念じるだけでいい。心の中で叫ぶだけでいい。それでクリスもアランと同じように大きな脳波を発することが出来る。それを剣に増幅してもらうだけで良い。
 だが、クリスはすぐに発動しようとはしなかった。
 もっと大きな号令を、そんな望みがクリスの中にあった。
 自分の限界を確認したい、そんな望みがクリスの中に芽生えていた。
 そのために、この日のために、クリスは剣を慎重に選んでいた。質の良い鋼の剣が、刀が手に入らなかったゆえにそうせざるを得なかった。
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