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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に
第四十六話 暴風が如く(17)
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◆◆◆
そして――
「ふう……」
リックを意識不明にしたのとほぼ同時に、シャロンの人格は完成していた。
それから三秒と経たずに偉大なる者からの移行作業は無事終了した。先の安堵の吐息はそれに対してのものであった。
そしてこのシャロンはルイスに対してさしたる興味を持っていなかった。
そのように作られたからだ。
クレアの体は内臓の一部が破裂している。そう長くは持たない。ゆえにまずはこの場から逃げることが重要、と判断したからだ。
だが、脱出する前に済ましておきたいことが一つだけあった。
「さて、と……」
新しいシャロンはその対象であるアランの方に向き直った。
感知を巡らしながら構える。
アランは依然抜け殻のまま。
そして周囲からの邪魔も入らないことを確認したと同時に、シャロンは後方にいるかつての友人に対して口を開いた。
「悪いけど、この戦いは私の勝ちよ、ルイス」
振り返らずの勝利宣言。
これに、ルイスは首を振りながら答えた。
「いいや、その台詞はまだ早い」と。
何を言って――シャロンが尋ねようとしたその質問の答えは、直後に明らかになった。
周辺を警戒している虫から警告が飛んで来たのだ。上から、
(何かが来る?!)
と。
虫が「何か」と表現した理由、それは正体を解析出来なかったからであった。
ただ、天井に出来ている出口から差し込む光に影が差したから、何かが来ると分かっただけであった。
そしてその影は、シャロンが穴を見上げた直後に実体を纏って舞い降りてきた。
重い落下音と共に、砂埃が舞い上がる。
「!」
それを見たシャロンは眼を見開いた。
正しく、それは「実体を持つ影」だった。
天井から差し込む光の中に、人の形をした黒い輪郭が立っている。
大きい。筋骨隆々という感じで、背の高さは頭一つ分以上の差がある。
そんな黒い巨人の輪郭の中で、目だけが異常な白さでこちらを睨んでいる。
そして次に目を引くのはその手にある武装。
左手には上半身を軽く隠せるであろう大盾が。
そして右手には見たことの無い、いや、情報で聞いたことだけはある武器が握られている。
槍の先に巨大な斧がついたもの、すなわち槍斧。
並の人間には扱えぬ巨大な武器を持つ黒い巨人。
その特徴は、完全に、
(あの男?!)
と一致していた。
しかし別人であることは分かっていた。
聞いたことがあった。この武器を振り回す無能の戦士の話を。
(確か、名は、)
その言葉の続きはルイスが直後に叫んだ。
「油断するなディーノ! その女は!」
ディーノと呼ばれた影は、シャロンから目を離さぬまま頷きを返し、
「分かってる。ここに来る前に話は聞いた」
盾を正面に、槍斧を肩にかつぐように構えた。
女を睨み続けながら、アランの前に庇うように立つ。
油断できる相手では無いことは言われずとも分かっていた。
ディーノはその根拠を、心の中でぽつりと漏らした。
(あのおっさんが……アランの親父さんがやられたのか……)
今の自分ならば、アンナに勝った自分ならばもしや、なんて思いが心の片隅にあった。
しかしそれは、今の自分に「この能力」があるからこその自信。
だが、この女は違う。
自分のような能力無しに、あのカルロを、最強だと思っていた男を倒したのだ。
ならば、油断など出来るはずも無い。
ディーノはそう思っていた。
が、その予想は外れているのだ。
ディーノはまだ気付いていない。知らない。
二人の間には圧倒的と言って良い相性差が存在するだけで無く、ディーノは地の利すら得ていることを。
そしてそれを確かめるかのように、いや、否定したいがゆえに、
「ふっ!」
戦いの火口を切ったのはシャロンの方であった。
距離を取りながら様子見の光弾を放つ。
効いてくれ、と願いながら。
が、
「!」
シャロンのその期待は裏切られた。
ディーノは避けることも、防御もせず、その身に光弾を受けた。
だが、まったく通じなかった。ひるみもしなかった。
奇妙なのは、光弾がディーノの体の上を滑ったように見えたこと。
なぜかは分からない。しかしその事実だけでシャロンには十分だった。
この男は、ディーノは、
(あの男と同じ!)
だと。
良い機会なので光魔法について説明したいと思う。
光魔法がなぜ物質を破壊出来るのか?
そのために、まず我々の世界の話をしよう。
我々が普段日常で「物質」と認識しているものは、言い換えれば触覚で感知出来るもの、触れられるもの、手や肌でそこに何かがあると認識出来るものである。
では、そのような物質の強度を生み出しているものは何か? 我々の握力に耐えられる固体や、感触のある液体や気体、そのような物質の分子間結合力を生み出しているものは何か?
これは電子である。言い換えれば、電子とはそれほどまでに強力なエネルギーを有しているのだ。
我々の世界の原子とは、核である元素とその周りを回転する電子によって成り立っており、この原子同士が繋がることで分子となり、物質が構成されている。そして電子が元素の傍から離れないのは、引っ張り合っているからだ。
原子そのものの性質は元素が有する電子の数と軌道によって決定する。ゆえに、我々の世界の元素を取りまとめた周期表は、電子の数と軌道を基準にして整理されている。
では、アランの世界はどうか。
アランの世界では物質を構成するものにもう一つの要素が加わっている。
それが光魔法である。アランの世界では電子だけでは無く、光魔法の粒子も元素の周りを回転しているのだ。ゆえに、アランの世界の周期表は要素が一つ増えているために三次元の立体的なものになっている。
アラン達が妙に頑丈だと思ったことは無いだろうか? これが答えである。光魔法の粒子が分子間結合力を高めているからである。アランの世界の物質は全体的に我々の世界のものよりも頑丈である。
この光魔法の粒子のことは我々の世界の光子と区別するために、便宜上、光粒子と呼ばせていただく。あまり良い呼び名では無いが、ご容赦いただきたい。
では、次に破壊について説明するが、実はこちらの方が話は単純である。
なぜなら、自由電子による破壊と、雷による破壊と同じだからだ。
雷による破壊は自由電子が大量に物質に流れ込むことで起きる破壊である。
そして自由電子とは元素に捕らわれていない電子のことである。光粒子にも同じように核に捕らわれていない自由粒子が存在するのだ。光魔法の破壊はこの自由粒子が流れ込んだことによるもの、エネルギーの伝達によって起きるものなのだ。
つまり、蓋を開けてみれば、光魔法は不思議エネルギーでも何でも無いのだ。
しかし誰もそのことを知らない。
ゆえに、余計に恐れる。
「……っ!」
今のシャロンのように。
そして――
「ふう……」
リックを意識不明にしたのとほぼ同時に、シャロンの人格は完成していた。
それから三秒と経たずに偉大なる者からの移行作業は無事終了した。先の安堵の吐息はそれに対してのものであった。
そしてこのシャロンはルイスに対してさしたる興味を持っていなかった。
そのように作られたからだ。
クレアの体は内臓の一部が破裂している。そう長くは持たない。ゆえにまずはこの場から逃げることが重要、と判断したからだ。
だが、脱出する前に済ましておきたいことが一つだけあった。
「さて、と……」
新しいシャロンはその対象であるアランの方に向き直った。
感知を巡らしながら構える。
アランは依然抜け殻のまま。
そして周囲からの邪魔も入らないことを確認したと同時に、シャロンは後方にいるかつての友人に対して口を開いた。
「悪いけど、この戦いは私の勝ちよ、ルイス」
振り返らずの勝利宣言。
これに、ルイスは首を振りながら答えた。
「いいや、その台詞はまだ早い」と。
何を言って――シャロンが尋ねようとしたその質問の答えは、直後に明らかになった。
周辺を警戒している虫から警告が飛んで来たのだ。上から、
(何かが来る?!)
と。
虫が「何か」と表現した理由、それは正体を解析出来なかったからであった。
ただ、天井に出来ている出口から差し込む光に影が差したから、何かが来ると分かっただけであった。
そしてその影は、シャロンが穴を見上げた直後に実体を纏って舞い降りてきた。
重い落下音と共に、砂埃が舞い上がる。
「!」
それを見たシャロンは眼を見開いた。
正しく、それは「実体を持つ影」だった。
天井から差し込む光の中に、人の形をした黒い輪郭が立っている。
大きい。筋骨隆々という感じで、背の高さは頭一つ分以上の差がある。
そんな黒い巨人の輪郭の中で、目だけが異常な白さでこちらを睨んでいる。
そして次に目を引くのはその手にある武装。
左手には上半身を軽く隠せるであろう大盾が。
そして右手には見たことの無い、いや、情報で聞いたことだけはある武器が握られている。
槍の先に巨大な斧がついたもの、すなわち槍斧。
並の人間には扱えぬ巨大な武器を持つ黒い巨人。
その特徴は、完全に、
(あの男?!)
と一致していた。
しかし別人であることは分かっていた。
聞いたことがあった。この武器を振り回す無能の戦士の話を。
(確か、名は、)
その言葉の続きはルイスが直後に叫んだ。
「油断するなディーノ! その女は!」
ディーノと呼ばれた影は、シャロンから目を離さぬまま頷きを返し、
「分かってる。ここに来る前に話は聞いた」
盾を正面に、槍斧を肩にかつぐように構えた。
女を睨み続けながら、アランの前に庇うように立つ。
油断できる相手では無いことは言われずとも分かっていた。
ディーノはその根拠を、心の中でぽつりと漏らした。
(あのおっさんが……アランの親父さんがやられたのか……)
今の自分ならば、アンナに勝った自分ならばもしや、なんて思いが心の片隅にあった。
しかしそれは、今の自分に「この能力」があるからこその自信。
だが、この女は違う。
自分のような能力無しに、あのカルロを、最強だと思っていた男を倒したのだ。
ならば、油断など出来るはずも無い。
ディーノはそう思っていた。
が、その予想は外れているのだ。
ディーノはまだ気付いていない。知らない。
二人の間には圧倒的と言って良い相性差が存在するだけで無く、ディーノは地の利すら得ていることを。
そしてそれを確かめるかのように、いや、否定したいがゆえに、
「ふっ!」
戦いの火口を切ったのはシャロンの方であった。
距離を取りながら様子見の光弾を放つ。
効いてくれ、と願いながら。
が、
「!」
シャロンのその期待は裏切られた。
ディーノは避けることも、防御もせず、その身に光弾を受けた。
だが、まったく通じなかった。ひるみもしなかった。
奇妙なのは、光弾がディーノの体の上を滑ったように見えたこと。
なぜかは分からない。しかしその事実だけでシャロンには十分だった。
この男は、ディーノは、
(あの男と同じ!)
だと。
良い機会なので光魔法について説明したいと思う。
光魔法がなぜ物質を破壊出来るのか?
そのために、まず我々の世界の話をしよう。
我々が普段日常で「物質」と認識しているものは、言い換えれば触覚で感知出来るもの、触れられるもの、手や肌でそこに何かがあると認識出来るものである。
では、そのような物質の強度を生み出しているものは何か? 我々の握力に耐えられる固体や、感触のある液体や気体、そのような物質の分子間結合力を生み出しているものは何か?
これは電子である。言い換えれば、電子とはそれほどまでに強力なエネルギーを有しているのだ。
我々の世界の原子とは、核である元素とその周りを回転する電子によって成り立っており、この原子同士が繋がることで分子となり、物質が構成されている。そして電子が元素の傍から離れないのは、引っ張り合っているからだ。
原子そのものの性質は元素が有する電子の数と軌道によって決定する。ゆえに、我々の世界の元素を取りまとめた周期表は、電子の数と軌道を基準にして整理されている。
では、アランの世界はどうか。
アランの世界では物質を構成するものにもう一つの要素が加わっている。
それが光魔法である。アランの世界では電子だけでは無く、光魔法の粒子も元素の周りを回転しているのだ。ゆえに、アランの世界の周期表は要素が一つ増えているために三次元の立体的なものになっている。
アラン達が妙に頑丈だと思ったことは無いだろうか? これが答えである。光魔法の粒子が分子間結合力を高めているからである。アランの世界の物質は全体的に我々の世界のものよりも頑丈である。
この光魔法の粒子のことは我々の世界の光子と区別するために、便宜上、光粒子と呼ばせていただく。あまり良い呼び名では無いが、ご容赦いただきたい。
では、次に破壊について説明するが、実はこちらの方が話は単純である。
なぜなら、自由電子による破壊と、雷による破壊と同じだからだ。
雷による破壊は自由電子が大量に物質に流れ込むことで起きる破壊である。
そして自由電子とは元素に捕らわれていない電子のことである。光粒子にも同じように核に捕らわれていない自由粒子が存在するのだ。光魔法の破壊はこの自由粒子が流れ込んだことによるもの、エネルギーの伝達によって起きるものなのだ。
つまり、蓋を開けてみれば、光魔法は不思議エネルギーでも何でも無いのだ。
しかし誰もそのことを知らない。
ゆえに、余計に恐れる。
「……っ!」
今のシャロンのように。
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