Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十五話 伝説との邂逅(7)

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「!?」

 その瞬間を境に、リックと女の攻防が一転。
 女の苛烈な攻めがリックを襲う。
 しかしその攻防は先とは明らかに違っていた。
 浅いが、女の攻撃が入っているのだ。
 リックの体に赤い線が少しずつ引かれていく。
 女は気付いていた。
 斬撃に対しての反応が鈍いことを。
 当たり前だ。訓練はお互い素手で行われたのだから。

(そして、同じ理屈でこれも通る!)

 確信と共に、女が左手を繰り出す。
 型は手の平を撃ちつける掌打。
 これをリックは同じ左手で迎え撃ったが、

「ぐっ!」

 直後、リックの左手に紫電が走った。
 見ると、女の手の平から伸びた電撃魔法の糸が突き刺さるように自身の左腕に張り付いていた。
 台本はこれを直前に示した。しかし、それにリックが反応出来なかった。
 反射で生じる動作を止めることは難しい。
 女はその反射を誘ったのだ。
 同じ型を、よく知る癖の動きを出せば必ず反応すると読んでいたのだ。相手の癖に対して反射で対応する、というリックの強みをそのまま逆手に取ったのだ。
 そして、女はリックの反射を誘った後に人格を切り替えている。
 あらかじめ用意しておいた思考に切り替え、動作を変えているのだ。
 要は混沌の強みを生かしたのだ。雲水の時と同じである。柔軟かつ高速な変化に弱い、という「写し」の弱点を突かれたのだ。
 そして、相手を崩す手段が見つかった以上、

「うっ?!」

 そのまま押し切ることも容易であることは、実力差から明白であった。
 感電で生じた硬直中に足を払う。
 そして崩れるリックの体勢。
 そこへ地面を撫で払うような斬撃の追い討ち。
 しかしこれはリックの手刀に弾かれる。
 だが、次はそれでは止められない。
 なぜなら、

「!」

 多方向からの同時攻撃、相手を包み込む電撃魔法の網だからだ。

「くっ!」

 姿勢の復帰が、退避が間に合わない。
 ゆえに、リックは咄嗟に防御魔法を展開。
 だが大きさが足りない。これでは盾ごと飲み込まれる。
 ならば、

「リック!」

 力を合わせようと、その場に母が割り込んだ。
 リックの傍に立ち、盾を重ね合わせる。
 その大きさは迫る網を食い止めることが出来るように見えた。
 が、

「「!」」

 直後、網はその口をさらに大きく広げた。

「「つっ……あああぁっ!」」

 そして成す術も無く飲まれる二人。
 電流がその身を容赦なく焦がす。

「!」

 その激痛の中でクレアは気付いた。アランが教えてくれた。
 女が刀で追い討ちしようとしていることを。
 足が痛むほどの勢いで奥義を使えば、この拘束から脱出出来るだろう。

(だけど、)

 息子は、リックはまだ体勢を立て直せてすらいない。

(ならば――)

 選択肢は一つしか思いつかなかった。
 足に込めた力を解放する。
 しかしそれは脱出のためでは無く、

「ぐっ!」

 リックを蹴り飛ばすためであった。
 リックの瞳に映る母の姿が少し小さくなる。
 その時、リックは見た。
 女が母に刃を向けたのを。

「母上!」

 地面の上を滑りながら叫ぶことしか出来なかった。
 母の胸元に刃が吸い込まれるように迫るのが分かる。
 アランの高速演算の結果を、映像を共有しているゆえに、それは非常にゆっくりとした動きに見えた。
 その緩慢な世界で、リックは「やめろ」と叫んだ。
 それが女に対してなのか、大量の情報を一方的に流し込んでくるアランに対してなのか、それは本人にすら曖昧であったが、

「っ!」

 訪れたその時に、リックは歯を食いしばった。
 されど、目は閉じなかった。
 まだだ、という母の心の叫びが聞こえたからだ。

「母上?!」

 立ち上がりながら母に、アランに安否を尋ねる。
 その答えは二人から同時に返ってきた。
 女の刃は母の胸に届いていた。
 しかし浅い。
 斬られた右腕を盾にしたからだ。
 串刺しにされたその右腕の筋肉を奥義で硬直させて刃を押さえ込んでいる。
 ねじこむ、という女の心の声が場に響く。
 やらせない、という心の叫びを女にぶつけながらクレアが左手を繰り出す。
 しかしその一撃は、

「甘い」

 という女の単調な声とともに止められた。

「「!」」

 瞬間、クレアの目が見開き、アランは「まただ」と思った。
 女が防御しようとすることを、左手を繰り出すことをアランは分かっていた。その軌道まで。
 アランはその情報をクレアに伝えた。
 だが、その裏をかかれた。

((この女はまたしても直前に切り替えた!))

 そして二人の心の叫びが同時に響いた直後、女の左手に掴まれた左腕からクレアの体に紫電が流れ込んだ。

「っ……ッ!」

 一点に集中した電撃魔法が声も上げられぬ痛みを生む。

「クレアッ!」

 そのおぞましい感覚に触れたカルロが思わず叫ぶ。
 しかしその手の平から炎は出ない。
 女がクレアを盾にするように立ち位置を調整しているからだ。

「!」

 だが次の瞬間、カルロの迷いは消えた。
 同じ焼け死ぬならば、この女の電撃よりもあなたの炎のほうがいい、という心の声が届いたからだ。
 カルロの手の平から炎が奔り、二人を飲み込まんと迫る。

「フッ」

 しかし女はそれを鼻で笑った後、「利用させてもらおう」という言葉をカルロに送りながら右足を前へ繰り出した。

「ぁぐっ!」

 クレアの腹部に人外の速度の蹴りが炸裂。
 後方に吹き飛び始めるクレアの体。
 しかしその先にはカルロの炎。

「!」

 表情を強張らせるカルロ。
 自分の炎を利用された、そこから生まれる焦りがその顔を塗りつぶしていた。
 しかしその顔には違う感情も僅かに含まれていた。
 それは「頼む」という心の声となって放たれ、「言われずとも」という言葉となって返ってきた。
 そして、返事をしたその者の影は既にカルロの視界の端に映っていた。

「雄雄ォッ!」

 影が、リックが吼え、右手から光が生まれる。
 その光が盾の形状を成すか否か、その瞬間にクレアとリック、そして炎が同時にぶつかった。
 クレアとリックの姿が炎の中に消え、肌が焼かれる感覚が全員に共有される。
 その感覚に、皆が怖気を覚えかけた瞬間、

「雄ぉっ!」

 その怖気を吹き飛ばすかのような気勢と共に、リックが炎の中から飛び出した。

「リック殿!」「クレア様!」

 体に纏わりついた炎を消そうと、クレアを抱きかかえたまま床の上を転がるリックに向かって、クラウスとアンナの二人が駆け寄る。
 なぜなら、女が追い討ちを仕掛けに来ているからだ。
 アンナとクラウス、そして女の視線と意識が交錯する。
 相手の手を読み合い、次の手をそれぞれが模索する。台本が激しく書き換えられていく。
 そのやり取りを、アランは冷や汗とともに眺めていた。

(駄目だ、このままではきっと全滅する!)

「ある事実」から、アランは確信めいたものを抱いていた。
 このままだと少しずつ戦力を削られて、いつかはねじ伏せられる。
 次の主な標的はアンナとクラウスだ。
 弱い奴が自ら近付いてきてくれた、あの女はそんな風に考えている。
 なんとかしないと、きっと二人とも殺される。
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