上 下
251 / 586
第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十話 稲光る舞台(16)

しおりを挟む
 魂だけで動けるケビンは少数の仲間と共に路地に入っていた。
 しかし単身の突撃。
 恐怖ですくんだ仲間は誰もついてきていない。
 それでも、シャロンの背後を突く形になってはいる。
 しかしそれが有利に働いているとケビンは思っていない。だから叫んでいる。
 そして接近戦ならば有利になれるとも思っていない。
 彼の頭に勝算など無い。
 サイラスはそれを感じ取った。
 しかし、サイラスの目はその姿に釘付けになった。
 それは、その姿は、サイラスが心のどこかで求めていたものであった。
「圧倒的なもの」ではない。が、この状況を打破出来る可能性を持つものだ。
 そして、今のケビンには誰かがこれをやらなければならないという思いがあった。
 その役目がたまたま自分に巡ってきただけなのだ、ケビンはそう思っていた。
 死ぬかもしれない。そんな考えがケビンの脳裏によぎる。
 しかしケビンは本能が発したその警告を無視した。
 雑念を振り払うように、シャロンに向かって剣を振り下ろす。
 これに対しシャロンが選んだ選択肢は回避。
 ケビンの剣に強力な思念が込められているのを感じ取ったからだ。
 後方に向かって強く地を蹴る。
 鋭く後方に流れ始めるシャロンの影。
 あっという間に剣が届かない距離まで離れる。
 しかし、ケビンは剣を止めなかった。
 ケビンは振り下ろしたその勢いのまま、発光する刀身を石畳の地面に叩き付けた。

「!」

 直後、シャロンは目を細めた。
 甲高い衝突音と共に溢れた光が、ケビンを、シャロンを、そして戦場を包み込んだ。
 が、シャロンはその眩さに目を細めたわけでは無い。
 忌々しさからだ。
 剣から溢れた光に込められていた思念は一つでは無かった。
 大半は「俺を見ろ」というものであったが、隠し切れない恐怖、そしてそれを消すために振り絞った勇気など、漠然としたものも含まれていた。
 そしてその中に、シャロンに向けて放たれたものがあった。
 それは声となってシャロンの頭に響いた。
「魅せてやる」、と。
 その啖呵にシャロンは目を細めたのだ。
 ケビンのこの行動は見事であると、認めたくないから目を細めたのだ。
 しかしシャロンは自分の心を隠しきれなかった。

「……いいわ、」

 自然と口から言葉がこぼれた。

「ならば来い! 私を楽しませて魅せよッ!」

 同時にシャロンの魂は再び吼えた。
 恐怖は含まれていない。純粋な咆哮。
 しかし、空気が震えたかのような威圧感。
 それを肌で感じながら、ケビンは地を蹴った。
 意外なことに、その振動はケビンにとって心地良かった。
 雑念が咆哮で吹き飛ばされていく。
 そしてあとに残った思念は一つだけ。
 ケビンはそれを叫んだ。

「参るッ!」

 振り下ろした剣を引きずりながら駆ける。
 地面と擦れた剣先から火花が散るほどの勢いで。
 シャロンの目が見開き、迫るその像を映す。
 シャロンの顔に笑みが再び戻る。
 ケビンはその緩んだ顔を切り裂かんと、

「でぇやッ!」

 火花と共に剣を振り上げた。
 火の粉が弧を描き、銀色の三日月が描かれる。
 刹那遅れて鮮やかな赤色が銀色に滲む。
 しかしその赤色はシャロンから漏れたものでは無かった。

「……ぁ、ぐ」

 それはケビンの胸に突き立てられた針から垂れたものであった。
 半身分、体をずらす回避行動とともに放たれた反撃の一突き。
 骨の隙間を通した見事な一撃である。
 しかしそれは心の臓にはわずかに達していなかった。
 咄嗟に動いたケビンの左手が針を掴んでいた。
 なんで掴めたのかケビン自身分かっていない。
 避けられる、と感じた次の瞬間には無意識のうちに動いていた。
 運が良かった。ケビンの心に安堵の色がわずかに滲んだ直後、

「!」

 強烈な悪寒がケビンの背中を駆け上がった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

処理中です...