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第七章 アランが父に代わって歴史の表舞台に立つ

第四十七話 炎の紋章を背に(1)

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【アランが父に代わって歴史の表舞台に立つ】

   ◆◆◆

  炎の紋章を背に

   ◆◆◆

 その後、戦いは緩やかに終わった。静かに潮が引いていくように。
 城を攻撃していた影達の何人かはアランに仕掛ける素振りを何度か見せたが、それが実行に移されることは結局無かった。
 影達は皆分かっていたのだ。カルロを倒した時点でこの場は及第点であると。
 共有はされていなかったが、皆心の奥底ではそう思っていた。ゆえに、全員が静かに、そしてゆっくりと戦場から離脱していったのだ。
 そしていま、ルイスは瓦礫の撤去作業をする兵士達の姿を遠目に眺めていた。
 時刻は既に夕方にさしかかっていたが、兵士達の手が止まる気配は無かった。
 アラン達は治療のために既にその場から離れていた。掘り出されたクラウス達と共に。
 シャロンに立ち向かった者の中で、残っているのはルイスだけであった。
 ルイスは包帯の巻かれた右肩を左手で撫でながら、ある人物を待っていた。
 その人物の到着は遅れているように思えた。
 右肩から生じるうずきがその退屈さを紛らわせてくれていたが、その慰めも限界を迎えつつあった。
 もう教会に帰るか、そんな考えが脳裏によぎった直後、

「ただいま、ルイス」

 待ち人であるナチャはようやく、ルイスの前に姿を現した。
 その遅い帰還の挨拶に、ルイスは早速心の声で文句を返した。

「妙に遅かったな。ディーノと同時か、もっと早く帰って来ると思っていたんだが」

 これに、ナチャは表情を苦いものに変えながら理由を答えた。

「君に預けた分身を探していたんだよ。……ルイス、分身が勝手に逃げ出していたことに、気付いていたかい?」

 言われてからようやくルイスは気付いた。
 いつの間にかいなくなっている。
 アランが力を使い果たす少し前までは彼の中にいたはずだが。
 そう思ったルイスは記憶を辿り直した。
 が、その後の消息はやはり分からなかった。
 自分に非があることを理解したルイスはそのことを謝罪しようとしたが、それよりも早く、ナチャが口を開いた。 
  
「だから嫌だったんだよ。君にあんな優秀な分身を預けるのは」

 うんざりした表情でそう言うナチャに対し、ルイスは尋ねた。

「そんなに気にすることなのか?」

 これにナチャはうんざりした顔のまま、答えた。

「あれが弱くて、大した人格も持たないただの機械だったら気にしなかったよ。……でもあれは違う。君からの仕事を遂行出来るように、アランをシャロンから守れるように作ったからね」

 それが逃げ出したという事実、そこから分かることは、あの分身は決してルイスとナチャに対して無条件の全面的協力を行っていたわけでは無いということだ。偉大なる者の格闘能力を早期に譲渡していないことから明らかだろう。
 ルイスはその点に関してはシャロンにバレないようにそうしていたのだろうと勝手に思い込んでいた。
 しかしそれは間違いである。シャロンにバレないようにアランを強化する手段などいくらでもあった。出来ることをあの分身はルイスに教えなかった。
 そして、その事実をおぼろげに察し始めたルイスはナチャに尋ねた。

「……俺の知らない間に、何か問題を起こされたことがあるのか?」

 この質問にナチャは少し寂しそうな顔で答えた。

「……分身に反乱を起こされたことがある。あれは本当に面倒だった」

 これは言い換えれば、ナチャが反乱を起こされない関係を作れないということであった。
「忠誠心」や「絆」というものを、その感情の起源、拠り所をナチャはまだ理解していないのだ。アランとクラウスのような関係を作れないのだ。
 そしてナチャはその事実から目を背けるように、視線を遠くに、アランの方に移しながら言葉を続けた。

「それにしても、かなりぎりぎりだったみたいだね。もっと楽に勝てるように作ったつもりだったんだけど。……擬態の性能を弱くしすぎたかな?」

 これにルイスが、

「弱くしたっていうのはどういうことだ?」

 と尋ねると、ナチャは即座に答えた。

「制限が多いんだよ。あれは何にでも擬態出来るわけじゃない。持っている設計図のものしか作れない。……逃げられてもすぐに見つけられるようにそうしたんだ」

 ああ、それで、と、ルイスは納得しながら口を開いた。

「だからあいつから借りた擬態の機能はこんなに使いにくかったのか。俺の魂を加工して栄養源に出来ないから、変だよ思ったよ。自分に必要な餌を加工して生産することが出来ないようにしていたのか」

 それは正解であり、ゆえにナチャは頷きを返した。
 そして、

「「……」」

 二人の会話はそこで途切れた。
 だが、ナチャにはもう一つ聞きたいことがあった。
 ルイスの方からその話題が振られるかもしれない、ナチャはそう思ったから無言になった。
 が、ルイスの口が開く気配は無かった。
 なので、

「……ところで、」

 ナチャはルイスの方に向き直りながら尋ねることにした。
 が、ナチャの意識の線はルイスには向けられていなかった。
 ナチャはルイスの中に幽閉されているあるものを見つめながら、言葉を続けた。

「『それ』はどうするつもりなんだい?」、と。

 ナチャは『彼女』を『それ』と表現した。
 部品単位でバラバラにされ、既に人格としての機能を失っていたからだ。
 そしてこの質問に対し、ルイスは、

「……」

 少し考える素振りを見せた後、口を開いた。

「まだ、考えている途中だが……」

 答えるルイスの顔には薄い笑みが張り付いていた。
 素晴らしい考えであるという自信がその口元に表れていた。
 だから、ルイスは堂々と自分の思いを声に出した。

「やりたいことが出来た。『彼女』にも協力してもらうつもりだ」

 そしてルイスはその笑みをナチャの方に向けながら口を開いた。

「ナチャ、お前も一緒にやらないか?」

 きっと楽しいぞ、という言葉をルイスは添えたが、

「……」

 ナチャは即答しなかった。
 これにルイスが「どうした?」と尋ねると、ナチャは乗り気になれない理由を答え始めた。

「……大丈夫なのかい? 今回みたいな、いや、もっと厄介な問題が起きたりしないかい?」

 ナチャは今回の結果に不満であった。
 元々は「シャロンにばれないように上手くやる」という話だったのだ。
 ナチャからすれば今回の件は明らかに失敗であった。ルイスの口車に上手く乗せられてしまったと、そう思っていた。
 だからナチャはその不満を堂々と口に出した。

「……もう、シャロンとは以前のような関係には戻れないんじゃないか、そんな不安が拭えないよ」
「……」

 ナチャのその言葉に、ルイスは少し考えた。
 前と同じ関係に戻ることは難しいだろうとはルイスも思っていた。記憶をいじってもどこかで不都合が生じる可能性が高いからだ。
 いや、そもそも、自分の考え方はナチャとは少し違っている。
 だからルイスはそれを口に出した。

「前と同じ関係に戻す必要は無い。……もっと良い関係に変えてしまえばいい」

 その言葉をナチャは鼻で笑った後、口を開いた。

「『良い』というのは、『君にとって都合が良い』という意味じゃないのかい?」

 これにルイスは、

「ああ、それはその通りだ」

 正直に答えた後、

「でも、それはお前にとっても都合が悪い話じゃ無い」

 反論し難い真理を突いた。
 それは本当にその通りであったがゆえに、

「まあ、確かに、そうだろうね」

 ナチャは頷くしか無かった。
 そして、弱いが否定的では無いその答えを聞いたルイスは満足し、

「じゃあ、帰ろう。続きは明日だ」

 腰を上げ、爪先を教会の方に向けた。

 ルイスの足取りは軽かった。
 足を前に出しながらルイスは想像した。自分が思い描く理想の未来を。
 今回の戦いで得られたひらめきはその未来へ通じている、そんな確信がルイスにはあった。
 そして歩きながらルイスは同時にシャロンの修復と改造作業を行った。
 この理想の未来を手繰り寄せるにはシャロンの協力があった方がいいからだ。そのためにはシャロンと話し合わなくてはならない。
 その作業は順調であったが、

「……ん?」

 ふと、ルイスは気付いた。
 まだ赤子のような未熟な人格であったが、シャロンが怯えているのを。
 同時に深い絶望に打ちひしがれているのを。
 そんなシャロンに対し、ルイスは、

「……ふふ」

 薄い笑みを浮かべた後、言葉を投げた。

「心配するな、シャロン。きっと、君も気に入る」、と。

 そもそも、『気に入るようにするつもり』だが、という本心も直後に小さく響いたが、ルイスは気にしなかった。シャロンを自由に出来る立場にあるからだ。
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