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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す
第三十四話 武技乱舞(1)
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◆◆◆
武技乱舞
◆◆◆
「うおおおぉっ!」
戦場に木霊するバージルの雄叫び。
直後、陶器を割ったような甲高い音がそれに混じる。
槍斧が防御魔法を貫いた音だ。
そして輝く三日月が地の上を走った後、今度は兵士達の悲鳴が木霊する。
一呼吸遅れて降り注ぐ赤い雨。
バージルの体も既に同じ色に染まっている。
ヨハンに怒声を返してからこの流れを三度繰り返したからだ。
そしてようやくヨハンが立っていた櫓の元にたどり着いた。
バージルは鋭く踏み込ながら左手を突き出し、
「破ぁっ!」
櫓の根元に光の壁を叩き付けた。
破砕音と共に櫓がへし折れる。
「うわあぁっ!」
逃げ遅れた数人の兵士が倒壊した櫓の下敷きになった。
瓦礫の下から血が滲み出す。
バージルはその無残な残骸を踏み越えながら声を上げた。
「どこへ行った!? ヨハン!」
周囲を見回すバージルの背中に声が飛ぶ。
「バージル! ヨハンは後方へ逃げました! そのまま直進しなさい!」
それは凛としたクレアの声。
同時に、光弾を叩き払ったかのような音がバージルのほぼ真後ろから響いた。
振り返ると、そこには光る手刀を構えるクレアの姿。
「背中は私が守ります! 前だけに集中しなさい!」
この言葉にバージルは行動で答えた。
正面にいる敵兵達に突撃し、三日月を放つ。
降り注ぐ赤い雨。
バージルの目に鈍い痛みが走り、視界が同じ色に染まり始める。
しかしバージルの意識は違う色の方に向いていた。
それは左右から迫る白。
光弾による挟撃だ。
これに対しバージルは左手から魔力を放出しつつ、槍斧を右側へ袈裟の軌道で振り下ろした。
直後、光の壁が左手側から迫っていた数発の光弾を弾き返し、槍斧を握っていた右手に光弾を切り払った衝撃が伝わった。
そしてバージルは斜め後ろに振るった槍斧の勢いに逆らわず、後ろを向くように腰を捻った。
槍斧を両手持ちに変えつつ、正面にいる敵兵から背中が覗き見えるほどに腰をねじる。
腰から伝わる力の蓄積。
バージルはそれと同じくらいの力を両腕に込め、
「でぇやぁっ!」
気勢と共に両の力を解放した。
輝く槍斧を水平に一閃。
放たれた三日月が正面にいる兵士達の体を横一文字に切り裂く。
場に響き渡る兵士の悲鳴。
直後、戦場に新しい音が加わった。
それは太鼓の音。
バージルはその拍子の意味を知っていた。
それは、
(……密集陣形の合図!)
であった。
戦場にさらに音が加わる。
それは軍靴の音。
地響きを感じるほどの数。
戦場にいる全ての兵士がヨハンを守るために、そしてバージルとクレアを圧殺するために集まってきているのだ。
直後、バージルの視界に兵士が列を成した。
魔法使いでは無い。それは大盾兵。
バージルの足を止めるために壁を作ったのだ。
大盾兵の列はバージルとクレアを取り囲むように伸び始めている。
それを見たバージルは勢い良く地を蹴った。
これまでと同じ単純な突撃だ。
バージルは手を変える必要性を感じていなかった。そも、バージルは目の前にいる大盾兵の列が壁であるとは認識していなかった。今のバージルにとってこれは障害では無いのだ。
バージルは立ち並ぶその鋼の列に向かって鋭く踏み込み、
「破っ!」
櫓にした時と同じように、光の壁を叩き付けた。
直撃を受けた三人の大盾兵の体が派手に吹き飛び、後ろに並んでいた兵士の列を薙ぎ倒す。
その様をヨハンは後退しながら見つめていた。
その顔は明らかに驚いている。
(なんという勢いだ。これは止まらぬ)
ヨハンは後方に築いておいた陣の方へ足を動かしながら、考えを巡らせていた。
(しかしいつまでもは続くまい。どこかで体力が底を突くはずだ)
ヨハンはまだ自分の勝利を疑っていなかった。
しかしその顔には焦りと恐怖の色が滲み始めている。
ヨハンは兵士達を盾にしながらバージルとクレアを疲弊させようと考えていた。
普段のヨハンならばこんな手は取らない。確かにバージルとクレアは消耗するだろうが、受ける損害が大きすぎるからだ。
普段のヨハンであれば自身の閃光魔法を活かそうとするだろう。
しかしその選択肢は今のヨハンの頭には浮かんでこない。
心の奥底で怯えているからだ。クレアの最終奥義と対峙した時のカイルと同じである。分からないから怖いのだ。
だからヨハンは気がついていない。完全な消耗戦になってしまっていることに。
武技乱舞
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「うおおおぉっ!」
戦場に木霊するバージルの雄叫び。
直後、陶器を割ったような甲高い音がそれに混じる。
槍斧が防御魔法を貫いた音だ。
そして輝く三日月が地の上を走った後、今度は兵士達の悲鳴が木霊する。
一呼吸遅れて降り注ぐ赤い雨。
バージルの体も既に同じ色に染まっている。
ヨハンに怒声を返してからこの流れを三度繰り返したからだ。
そしてようやくヨハンが立っていた櫓の元にたどり着いた。
バージルは鋭く踏み込ながら左手を突き出し、
「破ぁっ!」
櫓の根元に光の壁を叩き付けた。
破砕音と共に櫓がへし折れる。
「うわあぁっ!」
逃げ遅れた数人の兵士が倒壊した櫓の下敷きになった。
瓦礫の下から血が滲み出す。
バージルはその無残な残骸を踏み越えながら声を上げた。
「どこへ行った!? ヨハン!」
周囲を見回すバージルの背中に声が飛ぶ。
「バージル! ヨハンは後方へ逃げました! そのまま直進しなさい!」
それは凛としたクレアの声。
同時に、光弾を叩き払ったかのような音がバージルのほぼ真後ろから響いた。
振り返ると、そこには光る手刀を構えるクレアの姿。
「背中は私が守ります! 前だけに集中しなさい!」
この言葉にバージルは行動で答えた。
正面にいる敵兵達に突撃し、三日月を放つ。
降り注ぐ赤い雨。
バージルの目に鈍い痛みが走り、視界が同じ色に染まり始める。
しかしバージルの意識は違う色の方に向いていた。
それは左右から迫る白。
光弾による挟撃だ。
これに対しバージルは左手から魔力を放出しつつ、槍斧を右側へ袈裟の軌道で振り下ろした。
直後、光の壁が左手側から迫っていた数発の光弾を弾き返し、槍斧を握っていた右手に光弾を切り払った衝撃が伝わった。
そしてバージルは斜め後ろに振るった槍斧の勢いに逆らわず、後ろを向くように腰を捻った。
槍斧を両手持ちに変えつつ、正面にいる敵兵から背中が覗き見えるほどに腰をねじる。
腰から伝わる力の蓄積。
バージルはそれと同じくらいの力を両腕に込め、
「でぇやぁっ!」
気勢と共に両の力を解放した。
輝く槍斧を水平に一閃。
放たれた三日月が正面にいる兵士達の体を横一文字に切り裂く。
場に響き渡る兵士の悲鳴。
直後、戦場に新しい音が加わった。
それは太鼓の音。
バージルはその拍子の意味を知っていた。
それは、
(……密集陣形の合図!)
であった。
戦場にさらに音が加わる。
それは軍靴の音。
地響きを感じるほどの数。
戦場にいる全ての兵士がヨハンを守るために、そしてバージルとクレアを圧殺するために集まってきているのだ。
直後、バージルの視界に兵士が列を成した。
魔法使いでは無い。それは大盾兵。
バージルの足を止めるために壁を作ったのだ。
大盾兵の列はバージルとクレアを取り囲むように伸び始めている。
それを見たバージルは勢い良く地を蹴った。
これまでと同じ単純な突撃だ。
バージルは手を変える必要性を感じていなかった。そも、バージルは目の前にいる大盾兵の列が壁であるとは認識していなかった。今のバージルにとってこれは障害では無いのだ。
バージルは立ち並ぶその鋼の列に向かって鋭く踏み込み、
「破っ!」
櫓にした時と同じように、光の壁を叩き付けた。
直撃を受けた三人の大盾兵の体が派手に吹き飛び、後ろに並んでいた兵士の列を薙ぎ倒す。
その様をヨハンは後退しながら見つめていた。
その顔は明らかに驚いている。
(なんという勢いだ。これは止まらぬ)
ヨハンは後方に築いておいた陣の方へ足を動かしながら、考えを巡らせていた。
(しかしいつまでもは続くまい。どこかで体力が底を突くはずだ)
ヨハンはまだ自分の勝利を疑っていなかった。
しかしその顔には焦りと恐怖の色が滲み始めている。
ヨハンは兵士達を盾にしながらバージルとクレアを疲弊させようと考えていた。
普段のヨハンならばこんな手は取らない。確かにバージルとクレアは消耗するだろうが、受ける損害が大きすぎるからだ。
普段のヨハンであれば自身の閃光魔法を活かそうとするだろう。
しかしその選択肢は今のヨハンの頭には浮かんでこない。
心の奥底で怯えているからだ。クレアの最終奥義と対峙した時のカイルと同じである。分からないから怖いのだ。
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