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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す
第三十話 武技交錯(1)
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◆◆◆
武技交錯
◆◆◆
「お兄様!」
その背を見たアンナは反射的に立ち上がった。
「……っ!」
が、足を前に出すことは出来なかった。
体に走った激痛に膝が屈する。
思わず歯を食いしばる。だが、それでも足は動かなかった。
今のアンナには、兄の背に不安そうな視線を送ることしか出来なかった。
◆◆◆
アランとリック、二人の戦いはすぐに始まった。
リックがアランに向かって地を蹴る。
その直前、アランが持つ神秘は、彼の脳裏に台本を浮かび上がらせた。
瞬間、アランは驚きの色を浮かべた。
『右足で踏み込んで来ると同時に胸部を狙った右中段突きが来る。間髪入れずに腰を捻って左中段。ここまでで相手の足元を崩せていなければ右足での脛(すね)蹴りが来る。脛蹴りの有無にかかわらず次手は様子見からの上段。これは右手での可能性が高いが、様子見による状況判断次第では、脛蹴りからの連蹴りとなる可能性もある』
この情報量が一瞬で流れたのだ。驚くのも無理は無かった。
当然これだけの情報量を文章では即座に把握することはできない。台本は断片的な映像と、攻撃される部位への悪寒という形でアランに伝えていた。
そして直後、アランの胸に向かって一筋の閃光が走った。
(中段!)
光る剣先で二つの閃光の軌跡を逸らす。
速い。知っているから防御出来た。
次は――そうだ、脛蹴りだ。
素早く左足を後ろに引く。
しかし、僅かに迷ったのが仇となった。
(!)
アランの視界が傾く。
しまった、遅かった。掠っただけだが、こちらの足元を崩された。
まずい。体勢を立て直す前に上段が来る。拳か? 蹴りか?
(蹴り!)
鞭のように放たれた右足を剣先で受け、刀身の上に流し、跳ね上げるように逸らす。
その衝撃にアランは姿勢を崩し、後ろによろめいたが、リックは追撃を仕掛けてはこなかった。
間合いが開き、仕切り直しとなる。
この時、アランの表情はようやく驚きの形を完成させた。
(なんて速さだ。人間の動きとは思えない!)
だが、何よりも恐ろしいのはこれが全力では無いということだ。
今のリックは全力を出してはいない。いや、出せないのだろう。
その動きはどこかぎこちない。おそらくアンナとディーノがつけた傷のせいだ。
だから受け切ることが出来た。もしリックが万全の状態であったならば、アンナとディーノが傷をつけてくれていなかったら、今の一合で自分は殺されていた。
(……っ!)
緊張から自然と奥歯に力がこもり、アランの表情が驚きからしかめ面に変わる。
意外な事に、リックも同じような表情を浮かべていた。先の一合でつけられた手足の刀傷がリックの意識を揺さぶっていた。
(馬鹿みたいな切れ味は健在か)
目はアランを中央に捉えていたが、その意識は傷の方に向いていた。
(足のほうは少し深く斬られたか。あの蹴りは失敗だった)
いや、今はあの剣の切れ味よりも意識すべき事がある。
(……しかし、まさか受け流されるとは思わなかった)
自分は先の連携でアランの息の根を止めるつもりだった。この速さをもってすれば全力を出さずともすぐに終わるだろう、そう思っていた。
あなどっていた。自分が奥義を得て強くなったように、アランも研鑽を重ねて強くなっていたのだ。アランを引き離したと、自分はアランより遥かに強くなったという驕りが心の中のどこかにあった。
(……)
その緩みを引き締めるように、構えを整える。
直後、リックは再び地を蹴った。
一足かつ一息で間合いを詰める。
同時に、アランの神秘が発動する。
『様子見を挟みながら適当に手を出し、武器弾き、小手打ち、またはこちらの体勢を崩すことを狙って来る。初手は右上段。次手は左中段』
先とは違い幾分か簡潔な内容であった。
だが、その速さは変わらない。
(来る!)
と、思ったと同時にアランの視界に閃光が走る。
ぱっ、と光ったようにしか見えないほどの速さ。だが、何が来るかあらかじめ分かっていれば対応することは出来る。
アランは閃光の軌道上に刀の切っ先を置いておくように構えたが、
(?!)
その切っ先がリックの拳を迎え入れることは無かった。触れる直前にリックが拳を引いたのだ。
右拳を脇の下に戻したリックは、アランの構えを、刀の切っ先が自身の拳を狙っていたことを確認し、思案した。
(やはり反応されている? もう少し様子を見てみるか)
アランの構えを観察しながら、再び拳を構える。
瞬間、アランはかつて無かったことを経験した。
『次手は左上段に変更』
台本の内容が書き換わったのだ。
直後、リックの左脇下から閃光が走った。
「!」
驚きを浮かべながら、刀の向きを変える。
だが、またしてもその切っ先がリックの拳に触れることは無かった。
そして台本が更新され、続きが提示される。
『しばらくは上段の連打。こちらの反応を探るための牽制だが、こちらの視線を上に釘付けにさせる狙いもある』
瞬間、リックが再び閃光を放った。
右、左、右、右、左。
一呼吸の間に放たれた五発の拳を刃で迎え撃つ。
速い。だが対処は出来る。何が来るか分かっているのもあるが、相手は拳を突き出しているのに対し、こちらは切っ先を向けるだけ。動作量の差で速度の差を埋めることが出来る。
しかし触ることが出来ない。アランが刀の切っ先を突き込むよりも、リックが拳を引くほうが圧倒的に速い。
そして数瞬の間を置いて再びの左。からの右、左、左、右。
同様に刃で迎え撃つ。
しかしやはり触れない。まるでからかわれているかのように、ひらりするりと拳が逃げていく。
アランの緊張が増す。いつまでもこんなやり取りが続くはずは無い。どこかで仕掛けてくるはずだ。
そして、その時はすぐに来た。
アランの背筋に悪寒が走る。
と同時に、台本は悪寒の正体を提示した。
『身を低くしつつ右足で踏み込み、刀の下に潜り込むと同時に胸を狙った突き上げ右掌底』
(下!?)
アランが視線を下に移すのと、リックが身を屈めたのはほぼ同時であった。
上に向いた刃を下に返しつつ、振り下ろす唐竹割りで迎撃すべきか? それとも下段突き?
アランの本能は理性が一瞬の間に提示したその二つの選択肢を刹那の時間で却下した。
(いや、駄目だ!)
迎撃は間に合わない、アランは後ろに飛ぶように地を蹴った。
瞬間、アランの身に再び悪寒が走り、台本が書き換わる。
『狙いを胸から小手または肘に変更』
新しい内容が提示されたと同時に、アランは刀を持つ左手を真上に振り上げた。
直後、アランの眼前を光る豪腕が昇り抜ける。
同時に、台本が新しい内容を提示。
『左足で踏み込みつつ、空いた胸を狙って左中段突き』
地に足が着く前に次撃が来る。が、迎撃は可能。間に合う。
振り上げた刀を、リックの左拳が放たれる瞬間と軌道を予測して振り下ろす。
だがその時、アランは刀が重くなるような感覚を覚えた。
『手刀での武器弾きに変更』
こちらの迎撃動作に反応された? まずい! 刀を弾かれたら追撃を防御出来なくなる!
(止まれ!)
振り下ろされる刀を止めるために腕の筋肉と間接を硬直させる。
直後、目の前にいるリックが手刀を走らせた。
台本が教えてくれた通りの軌道。
減速し始めているが振り下ろされ続ける刀、光の尾を引くリックの手刀、二つの軌跡はそのまま十字を描くようにぶつかりあう――
――ことはなかった。寸でのところでアランの刀は止まった。
そして、リックも同じように衝突の直前で手刀を止めていた。アランの刀の減速に反応したのだ。
その様は双方同時に寸止めしたような奇妙な光景であった。
アランとリック、両者の視線が交錯し、動きが硬直する。
だがそれは一瞬のことだった。
『左上段』
アランの神秘が発動したのと、リックが左拳をアランの顔面に向けて放ったのはほぼ同時であった。
「!」
アランの視界一杯に閃光が迫る。
反射的に背を反らす。
が、
「あぐっ!?」
アランの顔面に熱く鋭い痛みが走った。
踏み込み動作の無いただの手打ち。それでもアランの鼻っ柱を砕き、その脳を揺さぶるには十分であった。
アランの意識が薄らぎ、平衡感覚が失われる。
揺らめく視界の中、正面にいるリックが再び拳を構える。
『次手は■■蹴りから、上段突きへの連携』
台本は情報を提示したが、意識が薄くなっているアランはその一部を読み取ることが出来なかった。
アランの中で焦りが増す。
(蹴りが来る!? 狙いは?! 上段? それとも中段?!)
わからない。だからアランは後ろに跳ぶように地を蹴った。
直後、リックの腰から閃光が伸びるように走る。
それは正面に真っ直ぐな、ディーノを押し飛ばした前蹴りであった。
速い。見てから防御できる代物では無い。
光る槍のようなその前蹴りは、アランの腹部に深々と突き刺さった。
「げほっ!」
中身が押し潰されたかのような衝撃がアランの腹の中に広がり、背中へと突き抜ける。
呼吸が出来ない。その苦しさにアランが腰を折るよりも早く、今度は額に上段突きが突き刺さった。
先と同じ助走の無い手打ちであったが、アランの額はぱっくりと割れた。
意識が白く染まる。頭から血を流しながら、勢いよく後ろに仰け反る。
額から流れ出す血が綺麗なアーチ状の軌跡を描くほどの勢い。アランの首と背骨が悲鳴を上げ、その勢いに引きずられるように脚が後ろによろめいた。
そして、リックの瞳にがら空きになったアランの胸部が映りこむ。
リックは素早く拳を構え直しながら踏み込み、無防備になったアランの胸、その奥にある心臓に向けて光る拳を――
「!」
拳を放とうとした瞬間、迫る何かの気配にリックはその手を止めた。
気配がする方向へ視線を流す。
そして迫る物の正体を掴んだリックは、目を向けている方向へ体を旋回させつつ、肘のバネを生かして裏拳の要領で拳を振るった。
直後、リックの拳は飛来してきたその物を叩き払った。
閃光と火花が散る。リックを襲った物は回転しながら中空を舞った。
それは槍斧であった。
飛んで来た方向に視線を移す。
いつの間に移動したのか、ディーノは少し離れたところにいた。傍にはクラウスの姿もある。
ディーノは仰向けの姿勢から上半身だけを起こした体勢であった。その足元には引き摺ったような跡があり、クラウスが倒れたディーノを引っ張って運んだであろうことが見て取れた。
リックは思わずディーノを睨み付けた。が、当のディーノはリックのことなど見ておらず、その視線は倒れそうになっているアランに向けられていた。
ディーノは声を上げた。
「堪えろアラン! 倒れたら終わりだぞ!」
その声に、アランの体は「ぴくり」と反応した。
そして次の瞬間、ふらついていたアランの足は突如その役目を思い出したかのように、勢いよく地面に振り下ろされた。
だん、という重い音と共に砂埃が舞い上がる。
と同時に、アランの意識は覚醒した。
(気を失っていた?!)
頭の中に残っている霧を振り払いながら、構えを整える。
(あの声が、ディーノの声が無かったら踏ん張れなかった!)
武技交錯
◆◆◆
「お兄様!」
その背を見たアンナは反射的に立ち上がった。
「……っ!」
が、足を前に出すことは出来なかった。
体に走った激痛に膝が屈する。
思わず歯を食いしばる。だが、それでも足は動かなかった。
今のアンナには、兄の背に不安そうな視線を送ることしか出来なかった。
◆◆◆
アランとリック、二人の戦いはすぐに始まった。
リックがアランに向かって地を蹴る。
その直前、アランが持つ神秘は、彼の脳裏に台本を浮かび上がらせた。
瞬間、アランは驚きの色を浮かべた。
『右足で踏み込んで来ると同時に胸部を狙った右中段突きが来る。間髪入れずに腰を捻って左中段。ここまでで相手の足元を崩せていなければ右足での脛(すね)蹴りが来る。脛蹴りの有無にかかわらず次手は様子見からの上段。これは右手での可能性が高いが、様子見による状況判断次第では、脛蹴りからの連蹴りとなる可能性もある』
この情報量が一瞬で流れたのだ。驚くのも無理は無かった。
当然これだけの情報量を文章では即座に把握することはできない。台本は断片的な映像と、攻撃される部位への悪寒という形でアランに伝えていた。
そして直後、アランの胸に向かって一筋の閃光が走った。
(中段!)
光る剣先で二つの閃光の軌跡を逸らす。
速い。知っているから防御出来た。
次は――そうだ、脛蹴りだ。
素早く左足を後ろに引く。
しかし、僅かに迷ったのが仇となった。
(!)
アランの視界が傾く。
しまった、遅かった。掠っただけだが、こちらの足元を崩された。
まずい。体勢を立て直す前に上段が来る。拳か? 蹴りか?
(蹴り!)
鞭のように放たれた右足を剣先で受け、刀身の上に流し、跳ね上げるように逸らす。
その衝撃にアランは姿勢を崩し、後ろによろめいたが、リックは追撃を仕掛けてはこなかった。
間合いが開き、仕切り直しとなる。
この時、アランの表情はようやく驚きの形を完成させた。
(なんて速さだ。人間の動きとは思えない!)
だが、何よりも恐ろしいのはこれが全力では無いということだ。
今のリックは全力を出してはいない。いや、出せないのだろう。
その動きはどこかぎこちない。おそらくアンナとディーノがつけた傷のせいだ。
だから受け切ることが出来た。もしリックが万全の状態であったならば、アンナとディーノが傷をつけてくれていなかったら、今の一合で自分は殺されていた。
(……っ!)
緊張から自然と奥歯に力がこもり、アランの表情が驚きからしかめ面に変わる。
意外な事に、リックも同じような表情を浮かべていた。先の一合でつけられた手足の刀傷がリックの意識を揺さぶっていた。
(馬鹿みたいな切れ味は健在か)
目はアランを中央に捉えていたが、その意識は傷の方に向いていた。
(足のほうは少し深く斬られたか。あの蹴りは失敗だった)
いや、今はあの剣の切れ味よりも意識すべき事がある。
(……しかし、まさか受け流されるとは思わなかった)
自分は先の連携でアランの息の根を止めるつもりだった。この速さをもってすれば全力を出さずともすぐに終わるだろう、そう思っていた。
あなどっていた。自分が奥義を得て強くなったように、アランも研鑽を重ねて強くなっていたのだ。アランを引き離したと、自分はアランより遥かに強くなったという驕りが心の中のどこかにあった。
(……)
その緩みを引き締めるように、構えを整える。
直後、リックは再び地を蹴った。
一足かつ一息で間合いを詰める。
同時に、アランの神秘が発動する。
『様子見を挟みながら適当に手を出し、武器弾き、小手打ち、またはこちらの体勢を崩すことを狙って来る。初手は右上段。次手は左中段』
先とは違い幾分か簡潔な内容であった。
だが、その速さは変わらない。
(来る!)
と、思ったと同時にアランの視界に閃光が走る。
ぱっ、と光ったようにしか見えないほどの速さ。だが、何が来るかあらかじめ分かっていれば対応することは出来る。
アランは閃光の軌道上に刀の切っ先を置いておくように構えたが、
(?!)
その切っ先がリックの拳を迎え入れることは無かった。触れる直前にリックが拳を引いたのだ。
右拳を脇の下に戻したリックは、アランの構えを、刀の切っ先が自身の拳を狙っていたことを確認し、思案した。
(やはり反応されている? もう少し様子を見てみるか)
アランの構えを観察しながら、再び拳を構える。
瞬間、アランはかつて無かったことを経験した。
『次手は左上段に変更』
台本の内容が書き換わったのだ。
直後、リックの左脇下から閃光が走った。
「!」
驚きを浮かべながら、刀の向きを変える。
だが、またしてもその切っ先がリックの拳に触れることは無かった。
そして台本が更新され、続きが提示される。
『しばらくは上段の連打。こちらの反応を探るための牽制だが、こちらの視線を上に釘付けにさせる狙いもある』
瞬間、リックが再び閃光を放った。
右、左、右、右、左。
一呼吸の間に放たれた五発の拳を刃で迎え撃つ。
速い。だが対処は出来る。何が来るか分かっているのもあるが、相手は拳を突き出しているのに対し、こちらは切っ先を向けるだけ。動作量の差で速度の差を埋めることが出来る。
しかし触ることが出来ない。アランが刀の切っ先を突き込むよりも、リックが拳を引くほうが圧倒的に速い。
そして数瞬の間を置いて再びの左。からの右、左、左、右。
同様に刃で迎え撃つ。
しかしやはり触れない。まるでからかわれているかのように、ひらりするりと拳が逃げていく。
アランの緊張が増す。いつまでもこんなやり取りが続くはずは無い。どこかで仕掛けてくるはずだ。
そして、その時はすぐに来た。
アランの背筋に悪寒が走る。
と同時に、台本は悪寒の正体を提示した。
『身を低くしつつ右足で踏み込み、刀の下に潜り込むと同時に胸を狙った突き上げ右掌底』
(下!?)
アランが視線を下に移すのと、リックが身を屈めたのはほぼ同時であった。
上に向いた刃を下に返しつつ、振り下ろす唐竹割りで迎撃すべきか? それとも下段突き?
アランの本能は理性が一瞬の間に提示したその二つの選択肢を刹那の時間で却下した。
(いや、駄目だ!)
迎撃は間に合わない、アランは後ろに飛ぶように地を蹴った。
瞬間、アランの身に再び悪寒が走り、台本が書き換わる。
『狙いを胸から小手または肘に変更』
新しい内容が提示されたと同時に、アランは刀を持つ左手を真上に振り上げた。
直後、アランの眼前を光る豪腕が昇り抜ける。
同時に、台本が新しい内容を提示。
『左足で踏み込みつつ、空いた胸を狙って左中段突き』
地に足が着く前に次撃が来る。が、迎撃は可能。間に合う。
振り上げた刀を、リックの左拳が放たれる瞬間と軌道を予測して振り下ろす。
だがその時、アランは刀が重くなるような感覚を覚えた。
『手刀での武器弾きに変更』
こちらの迎撃動作に反応された? まずい! 刀を弾かれたら追撃を防御出来なくなる!
(止まれ!)
振り下ろされる刀を止めるために腕の筋肉と間接を硬直させる。
直後、目の前にいるリックが手刀を走らせた。
台本が教えてくれた通りの軌道。
減速し始めているが振り下ろされ続ける刀、光の尾を引くリックの手刀、二つの軌跡はそのまま十字を描くようにぶつかりあう――
――ことはなかった。寸でのところでアランの刀は止まった。
そして、リックも同じように衝突の直前で手刀を止めていた。アランの刀の減速に反応したのだ。
その様は双方同時に寸止めしたような奇妙な光景であった。
アランとリック、両者の視線が交錯し、動きが硬直する。
だがそれは一瞬のことだった。
『左上段』
アランの神秘が発動したのと、リックが左拳をアランの顔面に向けて放ったのはほぼ同時であった。
「!」
アランの視界一杯に閃光が迫る。
反射的に背を反らす。
が、
「あぐっ!?」
アランの顔面に熱く鋭い痛みが走った。
踏み込み動作の無いただの手打ち。それでもアランの鼻っ柱を砕き、その脳を揺さぶるには十分であった。
アランの意識が薄らぎ、平衡感覚が失われる。
揺らめく視界の中、正面にいるリックが再び拳を構える。
『次手は■■蹴りから、上段突きへの連携』
台本は情報を提示したが、意識が薄くなっているアランはその一部を読み取ることが出来なかった。
アランの中で焦りが増す。
(蹴りが来る!? 狙いは?! 上段? それとも中段?!)
わからない。だからアランは後ろに跳ぶように地を蹴った。
直後、リックの腰から閃光が伸びるように走る。
それは正面に真っ直ぐな、ディーノを押し飛ばした前蹴りであった。
速い。見てから防御できる代物では無い。
光る槍のようなその前蹴りは、アランの腹部に深々と突き刺さった。
「げほっ!」
中身が押し潰されたかのような衝撃がアランの腹の中に広がり、背中へと突き抜ける。
呼吸が出来ない。その苦しさにアランが腰を折るよりも早く、今度は額に上段突きが突き刺さった。
先と同じ助走の無い手打ちであったが、アランの額はぱっくりと割れた。
意識が白く染まる。頭から血を流しながら、勢いよく後ろに仰け反る。
額から流れ出す血が綺麗なアーチ状の軌跡を描くほどの勢い。アランの首と背骨が悲鳴を上げ、その勢いに引きずられるように脚が後ろによろめいた。
そして、リックの瞳にがら空きになったアランの胸部が映りこむ。
リックは素早く拳を構え直しながら踏み込み、無防備になったアランの胸、その奥にある心臓に向けて光る拳を――
「!」
拳を放とうとした瞬間、迫る何かの気配にリックはその手を止めた。
気配がする方向へ視線を流す。
そして迫る物の正体を掴んだリックは、目を向けている方向へ体を旋回させつつ、肘のバネを生かして裏拳の要領で拳を振るった。
直後、リックの拳は飛来してきたその物を叩き払った。
閃光と火花が散る。リックを襲った物は回転しながら中空を舞った。
それは槍斧であった。
飛んで来た方向に視線を移す。
いつの間に移動したのか、ディーノは少し離れたところにいた。傍にはクラウスの姿もある。
ディーノは仰向けの姿勢から上半身だけを起こした体勢であった。その足元には引き摺ったような跡があり、クラウスが倒れたディーノを引っ張って運んだであろうことが見て取れた。
リックは思わずディーノを睨み付けた。が、当のディーノはリックのことなど見ておらず、その視線は倒れそうになっているアランに向けられていた。
ディーノは声を上げた。
「堪えろアラン! 倒れたら終わりだぞ!」
その声に、アランの体は「ぴくり」と反応した。
そして次の瞬間、ふらついていたアランの足は突如その役目を思い出したかのように、勢いよく地面に振り下ろされた。
だん、という重い音と共に砂埃が舞い上がる。
と同時に、アランの意識は覚醒した。
(気を失っていた?!)
頭の中に残っている霧を振り払いながら、構えを整える。
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