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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第二十八話 迫る暴威(1)

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   ◆◆◆

  迫る暴威

   ◆◆◆

 アランが関所を出発して二週間後――

 長い谷間の道をようやく抜けたアランは、眼前に広がる平原の景色に心を洗っていた。
 ずっと崖に挟まれていたせいか、広い景色が目に心地よい。
 そして、遠くにクリスの城が見える。
 自然とアランの心が引き締まる。その時は、別れを告げる時は近い。
 
   ◆◆◆

 一方、穏やかなアランに対し、偉大なる者の地は緊張に包まれつつあった。

「クレア様!」

 従者の一人がノックも無しに、主人であるクレアの私室に踏み込む。

「騒々しいですね。何があったのです?」

 ソファーに腰掛けたまま至って冷静に尋ねるクレアに対し、従者は慌てた様子のまま口を開いた。

「軍が! ヨハンが軍を連れてこっちに向かってきています!」

 この言葉に、クレアは思わず立ち上がった。

   ◆◆◆

 クレアは十名ほどの側近だけを連れて外に出た。

「……」

 目の前にある光景に、クレアは何も言えなかった。
 軍隊が屋敷を包囲している。
 クレアは周囲を見回して状況を確認した後、正面にいるある人物を睨み付けた。
 その人物、ヨハンはクレアの目線に対し白々しい礼と笑みを返した後、ゆっくりと前に歩み出た。
 その背後に、カイルを含む側近達が列を成す。
 そして、クレアも同じように側近達を連れて前に歩き出した。
 互いの距離が縮まる。
 二人の表情は変わらない。クレアの目つきは鋭く、ヨハンは不気味な笑みを張り付かせたままだ。
 そして、声がはっきりと届く距離になった所で二人は足を止めた。
 互いの表情がはっきりとわかる距離。ヨハンが浮かべている笑みに、クレアは苛立ちを強めながら口を開いた。

「一体どういうつもりなのです、ヨハン」

 ヨハンは表情を変えずに答えた。

「クレア様、今日は話し合いに参りました」

 話し合い? 馬鹿にしているのか。
 クレアは怒りを面に出さないように意識しながら、その話し合いとやらの内容を尋ねた。

「何を話すのです?」

 ヨハンは笑みをそのままに、顎鬚をいじりながら答えた。

「……クレア様、お孫さんの魔法能力は開花しましたか?」

 白々しい。分かっていて言っているはずだ。
 まだるっこしい。少しずつ追い詰められている、そんな気がする。
 苛立たしい。だから、

「……いいえ」

 クレアはそう答えるだけで精一杯だった。
 これにヨハンはわざとらしく小さなため息を吐いた後、口を開いた。

「……それでは困るのですよ、クレア様」

 そして、ヨハンはその顔から笑みを消し、言葉を続けた。

「示しがつかないのですよ。周りの者達に対して」

 それがどうしたと言うのだ。まさか――
 ヨハンはそのまさかを口に出した。

「ですのでクレア様、あなたのお孫さんの身柄を我々、教会に預けて頂きたい」

 ふざけるな。クレアはそう声を上げそうになったが、ぐっと堪えた。
 教会に、ヨハンに孫エリスの身柄を預ける。それがどういう意味を持つのか馬鹿でも分かる。人質を取られるということだ。
 クレアは怒りを抑えながら口を開いた。

「そのようなこと、この私が許すとでも?」

 が、その言葉には僅かに怒気が滲んでいた。
 そして、この答えが予想通りであったヨハンは、即座に次のように言い放った。

「従って頂けないのならば、我々はクレア様の気が変わるまで粘り強く待たせていただきます」

 待つ――それがどういう行為なのかはすぐに明らかになる。
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