上 下
73 / 586
第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第二十六話 ディアナからサラへ(1)

しおりを挟む
   ◆◆◆

  ディアナからサラへ

   ◆◆◆

 三ヵ月後――

 新年を迎えたばかりであったが、クリスの城では忙しく縁談の準備が行われていた。
 城主クリスは広間にあるソファーに腰掛け、忙しなく動き回る従者達を眺めていた。
 その表情は決して良いものでは無かった。その原因を知る臣下ハンスは、クリスに声を掛けた。

「レオン将軍の調査で望む結果が得られなかったのは、真に残念でなりませんな」
「……それは仕方が無い。結果はどうあれ、我々の為に尽力してくれたことを感謝すべきだろう」

 クリスは「それに――」と言って言葉を続けた。

「まだ結婚すると決まったわけでは無い。向こうに何か無礼があれば、それを理由に縁談を反故にできるかもしれん」

 そう言ってクリスは笑った。
 恐らく相手はそんな下手なことはするような輩ではあるまい、ハンスはそう思ったが、それは口に出さず、

「そうかもしれませぬな」

 とだけ答え、クリスと同じように笑った。
 
   ◆◆◆

 その頃、クリスに縁談を持ち込んだ男、リチャードは妻と娘ディアナと共に馬車に乗り、クリスの城を目指していた。
 一行はちょっとした軍隊のようであった。リチャード達が乗る馬車の周りには多くの屈強な兵士達が並んでいた。
 リチャードはそんな馬車の窓から外をうかがいながら口を開いた。

「クリスの城へと続く谷間の道が見えてきたな。その手前にある関所に着いたら、そこで少し休憩しよう」

 彼の隣に座る妻は、その顔に喜びの表情を浮かべながら口を開いた。

「早く外に出て少し動きたいわ。ずっと座りっぱなしなせいで、お尻が痛くなってきちゃった」

 リチャードは妻の言葉に軽い笑い声を返した後、対面に座る娘ディアナに声を掛けた。

「谷間の道に入ったらもう休める場所は無いからな。関所に着いたらちゃんと便所に行っておくんだぞ」

 そう言ってリチャードは笑ったが、娘ディアナは頷きを返しただけであった。

「まったく、下品な言い方ね。もう少し上品に言いなさいよ」

 妻はそう言ってリチャードの笑みに釘を刺した後、娘ディアナの隣に座る召使いサラに声を掛けた。

「サラ、関所に着いたらディアナをお手洗いに連れていってあげて。それと、身だしなみに問題は無いかもう一度見てちょうだい」

 これに召使いサラは「かしこまりました」と答えながら深い礼を返した。
 妻の言葉を聞いたリチャードは少しあきれながら口を開いた。

「おいおい、またか? 身だしなみの確認は城に着く直前でいいだろう。何も道中でそこまで気を張らなくても……」

 妻はやや大げさに首を振りながら答えた。

「駄目よ。娘を見るのはクリス様だけじゃないわ。道行く人々全員に良い印象を与えるつもりでなきゃ駄目」

 妻は語尾の「駄目」という部分に少し溜めを効かせ、自分は譲るつもりは無いということを主張した。
 これにリチャードは少しうんざりしたような表情を浮かべながら、小さく鼻で笑った。
 その直後、馬車の中の空気が凍りついた。妻がリチャードの態度に怒ったからでは無い。外から兵士の悲鳴が聞こえたからだ。
 リチャードは何事かと窓から外の様子をうかがった。
 そこには矢にやられた兵士の死体と、戦闘体勢を取って声を上げる兵士の姿があった。

「賊の襲撃だ! 馬車を守れ!」

 兵士のその声が合図になったかのように、新手の賊が周囲の茂みなどから次々と姿を現した。
 兵士達と賊は激しくぶつかりあい、場はあっという間に乱戦となった。

「前方の賊を蹴散らして馬車を走らせろ! リチャード様達を関所まで避難させるのだ!」

 リチャードの側近はそう声を上げながら、賊に向かって突撃していった。

   ◆◆◆

 レオン将軍の臣下マルクスは、その様子を少し離れたところから見守っていた。
 マルクスは眉をひそめながらぽつりと言葉を漏らした。

「分が悪いな。リチャードはかなり強い兵士を雇っているようだな」

 これに傍にいた一人の兵士が口を開いた。

「前方は間も無く突破されてしまうでしょう。マルクス様、如何いたしますか?」

 マルクスは配下の兵士達を見回しながら口を開いた。

「仕方が無い。我々も出るぞ。ただし、我々がここにいた証拠を残すことはあってはならん。たとえ死体でもだ」

 マルクスの言葉に兵士達は頷きつつ力強い眼差しを返し、その士気の高さを示した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで

雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。  ※王国は滅びます。

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

別に構いませんよ、離縁するので。

杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。 他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。 まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...