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第三章 アランが己の中にある神秘を自覚し、体得する

第二十四話 時間切れ(1)

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   ◆◆◆

  時間切れ

   ◆◆◆

 アランは丸二日、目を覚まさなかった。
 その長い眠りの中、アランは夢を見ていた。
 それは懐かしい幻想であった。夢に現れたのはアランの中にある強い剣士のイメージ、影をまとった細身の剣士であった。



 その剣士はかつてアランが想像した時と同じように、刀を持ち、流れるような動きで空想の強敵達を切り伏せていった。
 かつての想像ではここまでだった。しかし今日は続きがあった。剣士が敵を切り伏せる度、その身に纏う影が薄くなっていったのだ。
 そして影の中から姿を現したのは――それはアラン自身であった。
 夢の中のアランの周りに敵が配置される。
 アランはその敵兵達を次々と切り伏せていった。その流れるような動きは、あの幻想の影の剣士そのものであった。
 アランは遂にかつて抱いた幻想の域に立ったのだ。
 ……だが、喜びも束の間、それは現れた。
 次にアランの前に現れた敵、それはあの炎の魔法使い、リーザであった。
 リーザが手を前にかざす。炎を放つ気だ。そうはさせまいと、アランはリーザに向かって鋭く踏み込んだ。
 だがアランの剣はリーザには届かなかった。それよりも遥かに早く、リーザの手から放たれた炎がアランを包み込んだ。

 
   ◆◆◆

 直後、アランはベッドの上で飛び起きた。
 意識が覚醒しても、視界は暗黒のままであった。アランの両目には包帯がしっかりと巻かれており、火傷の痛みも残っていた。
 だが、見えなくともアランには感じ取ることができた。
 そこは城の客室のようであった。周辺の人の動きの無さから、今は深夜であると思えた。

「夢か……」

 なんて生々しい夢。体に巻かれた包帯の下から感じる火傷の痛みが、夢で見た炎の印象を強くしていた。
 しかしアランが夢に対して抱いた感情は恐怖では無かった。

「どれだけ剣の腕を磨いても、俺は炎の使い手には勝てない、そういうことなのか……」

 アランはそんなことをぽつりと漏らした。思えば、炎の使い手と命のやり取りをしたのはあれが初めてであった。

「……当たり前か。剣で炎を斬れるはずがない。……炎を吹き飛ばせるほどの魔力があれば別かもしれないが、俺にはそんな力は無い」

 炎は厄介であった。剣で捌ける代物では無いし、防御魔法でも熱の伝播は止められない。その防御の困難さが、炎魔法が強力である理由であった。

「……ここら辺が俺の限界なのかもしれないな」

 アランはそんな事を呟いた後、再びベッドの上に横になった。

   ◆◆◆

 翌朝――

 早くに目を覚ましたアランは、城の中庭で剣を握っていた。
 傍目にはただ立っているだけに見え、特に何をしているわけでも無いようであった。
 もちろんそうでは無い。アランは楽しんでいた。自身を高いところから見下ろすような感覚、アランはそれに身を委ねていた。
 どこで何がどう動いているのか、それを掌握するということはアランにとって快感であった。
 しかしこの愉悦の時間はもうすぐ終わりを迎えようとしていた。ディーノがこっちに近づいてきているからだ。
 そしてアランの背がディーノの視界に入ったのと同時に、アランはディーノに声を掛けた。

「おはよう、ディーノ」
「おはよう、じゃねえよ。そんな体で出歩いちゃ駄目だろうが」

 ディーノはアランの軽率さに怒りを抱いたのと同時に、妙な感心も抱いた。

「というか、目が開けられないのによく部屋からここまで来られたな」

 この時、アランはその秘密をディーノに教えたいと思った。どうやって? アランは暫し思案した後、口を開いた。

「ディーノ、少し頼みたいことがある」
「ん? なんだ?」
「その辺にある石を俺に投げつけてくれないか」
「はあ?」

 アランの不思議な頼みにディーノは当然の反応を返した。

「とにかく投げてみてくれ」

 この時、ディーノにはなんとなくアランが何を見せたいのかが分かっていた。しかしそれはにわかに信じられることでは無い。
 やむなくディーノは小さな石を手に取り、アランに向かって投げた。しかしその軌道はぶつけるような直線的なものでは無く、アランの手前で落ちる放物線の軌道であった。
 緩やかな軌道を描きながら飛んでくるその小石に対し、アランはわざとぎりぎりまで動かなかった。
 そして、小石がアランの目の前を上から下へ通過する瞬間、アランは目にも留まらぬ速度で抜刀した。
 地に水平に走った剣閃は小石の芯をきれいに捕らえ、両断した。
 二つに分かれた小石が地面に落ちる。しかしそれより早くアランは刀を鞘に納め、元の姿勢に戻っていた。
 金を取れるほどの芸術的な技であった。しかし驚くべきは目を閉じてそれをやってのけたことであった。
 アランは「魔法」でも「技」でも無い「神秘」の一つを身につけたのだ。

「……!? おいおい、マジかよ……実は隙間から見えてるんじゃねえのか?」

 アランはこれに首を振った後、口を開いた。

「もっと投げてくれていいぞ。勢いもつけて構わない」
「……そうか、なら遠慮なくいくぞ」

 ディーノは次々とアランに石を投げつけた。アランの体に当たらないように投げていたが、その速度は先と比べ物にならないほど速かった。
 しかしアランはそれらを一つ残らず綺麗に斬り落とした。その動きにぎこちなさは無く、何度やっても同じだろうとディーノに感じさせるほどであった。

「……すげえな。魔法使いってのはこんなこともできるようになるのかよ」

 感心するディーノにアランは首を振った。

「これは魔法とは関係無いと思う」
「なんでもいいさ。とにかくすげえってことには変わりねえ。見なくとも見えてるってことだろ?」

 分からないものでもすぐに受け入れ、自分なりの結論を出すこの柔軟さは、ディーノの良い特徴であった。

「しかし本当すげえなあ。芸術的というよりも、神秘的だなこれは。無敵の能力じゃねえのか、これは」
「そこまで大げさなものじゃないさ……この神秘をもってしても、俺は弱い」

 アランのこの言葉にディーノは眉をひそめながら口を開いた。

「弱い? そりゃあちょっと謙遜しすぎじゃねえか? こんな能力があるのに弱いってことはねえだろ」
「……なんて言ったらいいのか……多分、俺は極端なんだ。相性がいい相手には俺はとことん強いけど、相性が悪い相手には逆に手も足も出ないと思う」

 これにディーノは首を少し傾げながら尋ねた。

「相性が悪い相手? 例えば?」
「強い炎の魔法使い相手だと正面からではどうあがいても歯が立たないと思う」
「そりゃあ……お前に限らず俺も含めてほとんどの奴がそうじゃねえのか?」
「……強いっていうのはそういうことなんだと思うんだ。本当に強いやつは欠点が無い。強力な炎と光魔法の使い手はその理想に近い気がする。それに比べると俺は攻撃も防御も中途半端、穴だらけだ」

 これにディーノは頷きを返しながら口を開いた。

「まあ、お前の親父さんとかと比べたらそうかもな。でも、だからといってそこまで自分を低く見る必要は無いと思うぜ。その能力を上手く使えば、でかい戦果を上げることだってできるんじゃねえか?」

 アランは暫し口をつぐんだ後、これに答えた。

「ディーノの言うとおり、この神秘の能力を使えば、今までより多くの戦果を上げられるかもしれない。それに興味が無いと言えば嘘になる。でも、俺はこの神秘を会得したことで同時に自分の限界も知ってしまったような気がするんだ」

 アランは少しうつむき、言葉を続けた。

「正直、自分でもよく今まで生き残ってこられたなと思う。……先の戦いで炎に焼かれた時、これまでで一番死を身近に感じたよ」

 確かに、アランはこれまでに何度も死に掛けている。生き残ってこられたのは運が良かったからと言えるだろう。
 ディーノは何も言えなかった。何と言えば良いのか分からなかった。ディーノはアランが抱いている感情が理解できなかった。
 卑屈とは違う。今のアランは達観しているように見えた。
 では達観しているのだとしたら、アランはその心で何を見ているのか? ディーノにはそれが分からなかった。
 両者の間に沈黙が漂った頃、アランは突然声を上げた。

「まずい、そろそろ戻らないと」
「どうした?」
「アンナが俺の部屋に向かっている。多分俺の様子を見に行こうとしてるんだ」
「ああ、そりゃあ早く戻ったほうがいいな」

 ディーノがそう言うよりも早く、アランは走り出していた。その背中はあっという間に見えなくなった。
 何とも言えない気持ちでその背を見送ったディーノは、暫しその場に立ち尽くしていた。

 アランは一つ大きな勘違いをしている。
 アランは決して弱くは無い。アランは「個」の強さにこだわり過ぎている。アランが会得した神秘の力、それは個人の武技に真価を発揮する能力ではない。

 アランがその事に気づく時、それは彼が武と志を杖に人の上に立つ時なのだ。
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