上 下
576 / 586
最終章

最終話 おとぎ話の続き(2)

しおりを挟む
   ◆◆◆

「!」

 そしてそれを感じ取ったアランは焦りに身を強張らせた。
 戦っている敵達の誰かが、「今のところ予定通り」という心の声を響かせたからだ。
 つまりあれはただの陽動である可能性が高い。
 ならば、本命はもっと前にいるはず。
 そう思ったアランが探知の線を近距離に集約させた直後、それは見つかった。
 それはやはり近くに、跳ね橋のそばにあった。
 それは黒い空洞に見えた。
 波を吸い込む虚無のような、そこだけ空間に穴が開いているかのような感覚。
 影を濃く纏った時の親友と同じ感覚。
 だからアランは叫んだ。

「その馬車を止めろ!」

 これに、馬の手綱を握っていた男は驚きに肩を跳ね上がらせた。
 その男はなぜ止められたのか、本当に分かっていなかった。
 彼は無関係だからだ。
 荷物を輸送する仕事で生計を立てているだけの男。
 今日はこんなことが起きて不運だった、男はそう思った。
 しかし巻き込まれずに街から出られて幸いだったと、男はそう思っていた。
 しかしそれは間違いだった。
 男は誰よりも不運だった。
 その理由は直後に明らかになった。

「え?!」

 突如、真後ろから響いた二つの音に、輸送業の男は目を見開きながら振り返った。
 それは、箱が空いた音と、荷物にかぶせていたホコリよけの布が、内側から勢いよく盛り上がった何かに翻された音に聞こえた。
 しかし振り返った時には既に遅かった。
 それは既に男の真上にいた。男を飛び越えつつあった。

「……っ!」

 そしてそれを見たアランは男と同じような表情を浮かべた。
 ディーノがもう一人いる、それはそのように見えた。
 ほとんど同じだった。巨体、それを覆う全身鎧、長方形の大盾、本当にそっくりだった。
 違うのは一つ、右手にある武器だけだった。
 それはその巨体と比べても遜色無い、背と同じ長さ、盾として使えそうな幅を有する巨大な剣だった。
 アランはそう思った。違うのは得物だけだと。
 しかしそれが間違いであることが直後に明らかになった。
 その手にある大剣が光り始めたのだ。
 影を纏っているせいか、その輝きは少し鈍い。
 しかしアランは感じ取れた。
 その刃から放たれる波を。心の声を。
 分厚い膜を突破するほどの大きな波が放たれている。それほどの魔力が刀身に込められている。
 そしてその刃は同じ言葉を何度もこだまさせた。
 打ち破る、と。
 何を、それは読まずとも分かった。
 だから守れ、とはアランには叫べなかった。
 もうどうやっても間に合わないことは明らかだったからだ。
 そしてその大男は、ヴィクトルは剣から放たれるその思いを、

「破ァッ!」

 叫びに変えて、やってみせた。
 跳躍の勢いを乗せて振り下ろされた大剣が木製の橋に食い込む。
 そして瞬間、その輝きは解き放たれた。
 放出された光が裂け目を押し広げながら暴れ、交じり合って紐となり、蛇に転じてあふれ出す。
 そして生じた蛇の群れは橋を食い破り、生みの親であるヴィクトルも飲み込んで、嵐となって広がった。

「「「ぅあああぁっ?!」」」

 巻き込まれた橋の守備兵の悲鳴が嵐の音に混じる。

 初手はこれでなくてはならないと、ヴィクトルは確信していた。
 相手は篭城しているかのように強固な陣のそばから動かない。ゆえに普通の奇襲では効果が薄い。
 さらに兵力でも劣るのであれば、民という肉の盾を維持して相手の火力を封じるしかないと、ヴィクトルは判断したのだ。
 だから最初に橋を狙った。脱出路を破壊し、逃げる民を閉じ込めて混乱を維持するためだ。

   ◆◆◆

「!」

 光る嵐が橋を崩すその音が響いた瞬間、ディーノは振り返った。
 そして感じ取った。アランの声を。
 そいつは自分と似ているという。
 ゆえに、ディーノは反射的にそいつがいる方向に向かって走り出していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで

雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。  ※王国は滅びます。

処理中です...