上 下
573 / 586
最終章

第五十九話 あの男(6)

しおりを挟む
   ◆◆◆

 一方――

 同じ夜、シャロン達は草原にある拠点に戻ってきていた。

「自分の家に帰ってくるだけなのに、こそこそしなきゃならないのは面倒でしょうがないわね」

 これに隣にいたサイラスが口を開こうとしたが、対面にいるルイスが声を出すほうが早かった。

「武器も運んでるんだからしょうがないだろう」

 その言葉にシャロンはわざと目を合わせず、「わかってる」と投げ捨てるような返事を返した。
 そんな彼女の態度に慣れているルイスは特に何も言わず、運んできた物資の目録に目を通していた。
 ゆえにサイラスが本題を切り出すことにした。

「……ここに来るまでもそうだったが、魔王軍の敗北の影響は既に出ているようだな」

 その言葉に、ルイスは目録から目を離さぬまま口を開いた。

「……あちこちで暴動が起きているようだ。反乱軍のようなものも結成されつつあるらしい」

 その話題にシャロンは食いついた。

「そいつらは私達の仲間なの? 誰かが先走ったってこと?」

 これにルイスは首を振った。

「いいや。我々とは関わりの無い連中だ。不満を溜めていた者達が爆発しただけだろう」

 その素っ気無い口調とは対照的に、乗り気な様子でシャロンはルイスに向かって尋ねた。

「吸収、いや、合流とまではいかなくても、上手く利用することは出来ないの?」

 その提案のような質問に、

「……」

 ルイスは口を重くした。
 だからサイラスが代わりに答えた。

「出来れば戦力として使いたいところだが、すぐには難しい。彼らのための兵糧などの物資は用意されていないからだ。義勇軍として自力で準備してくれるならばともかく、こちらから招くことはしばらくは出来ない。今から我々の初戦に合流させるのは無理だろうな」

 これにシャロンは、

「ああ、そう。やっぱりね。分かってたことだけど」

 もとから期待はしていなかった、という部分を強調しながら話題から意識を離した。
 だがこの時、サイラスもシャロンも気付いていなかった。
 ルイスが口を重くした理由だ。
 ルイスは感じ取ったのだ。シャロンが好戦的になっていることを。
 理由は単純。オレグとの戦いで強くなったからだ。
 雲水によるかつての彼女の写しは消えた。
 だが、その感覚から得られた技術はシャロンの中にしっかりと残っていた。
 シャロンはその力を試したいと思っている。
 それがルイスには気に食わなかった。
「強い魔法使い」が代表では困るからだ。
 無能でも魔法使いに牙をたてられる、次の戦いはそれを証明するものでなくてはならないからだ。
 彼女が「強い魔法使い」として振る舞い、それが目に余るものであれば――

「……」

 その時は自分の手を直接汚す必要があるかもしれない、ルイスはそんなことを考えていた。

 あの時、雲水は思った。『こんなことをしていいのか』と。
 その危惧は的外れでは無かったのだ。

   ◆◆◆

 二ヵ月後――

 冬の厳しさが過ぎ去り、帝国に春が感じられるようになった頃、都市部のある屋敷で宴会が開かれていた。

「本日は皆様遠路はるばるご足労いただき――」

 開催者である領主が始まりの挨拶を述べている。
 これは特に理由の無い、ただ騒ぎたいだけの宴会。
 ゆえに挨拶する内容も特に無かったのだが、

「今年も商売の成功とさらなる繁栄を願って――」

 麻薬組織の幹部はとりあえず思いついた言葉を適当に並べた。
 場には関係者以外の人間もいるのだが、そんなことは気にならないほどに組織は力を増していた。
 何かあっても大抵のことは黙らせられる。

「我々の商品である草はもはや全土に流通する勢いであり、目立つ商売敵(しょうばいがたき)もいない。なので今年は他国への展開も視野に――」

 ゆえに領主は言ってはならないことまでべらべらと漏らした。
『大抵のことならば黙らせられる』、その余裕が彼の口を軽くしていた。

「では、皆様――」

 そして領主はその余裕の笑みを貼り付けたまま、「乾杯!」と声を張り上げようとした。
 が、その瞬間、

「ボス! 妙な客が押しかけて――」

 その勢いは横から割り込んだ部下の声によって遮られた。
 これに領主は怒気を滲ませながら口を開いた。

「後にしろ。見てわかるだろう? それにここではボスでは無く、領主様と呼べと――」

 しかしその怒気もまた、

「盛り上がっているところすまないが、失礼させてもらうぞ」

 直後に宴会場の入り口から響いたヴィクトルの声によって遮られた。
 そしてヴィクトルは重い足音を響かせながら部下達と共に広間に乗り込み、言葉を続けた。

「失礼ついでに悪いのだが、領主殿、お前に逮捕状が出ている。理由は言うまでも無いな?」

 これに領主は、

「一体誰の権限でそんなことが――」

 と、己の権力と組織の力でその重い足音を止めようとしたが、ヴィクトルはそれが無駄であることを述べた。

「魔王から許可はもらっている。なのでお前はこれから連行されて裁判にかけられることになる。抵抗しても構わないが、その場合の処遇は私に一任されている」

 従うか、抵抗するか、逃げるか、その三択を突きつけられていると領主は思った。
 だがそれが間違いであることを、ヴィクトルは親切心で教えてやることにした。

「ああ、そうだ。先に遺言を書いてもらうように言われている。裁判ではほぼ確実に死刑になるそうだ」

 つまりこれは、死ぬか、抵抗するか、逃げるか、の三択であった。
 領主は迷った。
 逃げてこの場をやり過ごせば、後はどうにでもなるのでは? そんな考えが脳裏を走っていた。
 しかしヴィクトルは領主の心に残っているそのかすかな迷いにとどめを刺すことにした。

「身辺整理もついでにやってもらうが、財産はほぼ全て没収されることになるからそのつもりでな。そしてそれは組織についても同様だ。そっちに関しては裁判すら無いぞ」

 これに領主は「ふざけるな!」と、消沈していた怒気を再びあらわにした。
 広間にいる組織の部下達がその怒気に反応して戦闘態勢を取る。
 これに、ヴィクトルは笑顔を浮かべ、その理由を答えた。

「抵抗するのか。助かるよ。連行するなんて面倒だったからな」

『大抵のことならば黙らせられる』、それはその通りであった。
 だがこれは誰にも止められなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

神によって転移すると思ったら異世界人に召喚されたので好きに生きます。

SaToo
ファンタジー
仕事帰りの満員電車に揺られていたサト。気がつくと一面が真っ白な空間に。そこで神に異世界に行く話を聞く。異世界に行く準備をしている最中突然体が光だした。そしてサトは異世界へと召喚された。神ではなく、異世界人によって。しかも召喚されたのは2人。面食いの国王はとっととサトを城から追い出した。いや、自ら望んで出て行った。そうして神から授かったチート能力を存分に発揮し、異世界では自分の好きなように暮らしていく。 サトの一言「異世界のイケメン比率高っ。」

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
 婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!  ――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。 「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」  すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。  婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。  最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2022/02/14  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2022/02/13  小説家になろう ハイファンタジー日間59位 ※2022/02/12  完結 ※2021/10/18  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2021/10/19  アルファポリス、HOT 4位 ※2021/10/21  小説家になろう ハイファンタジー日間 17位

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

処理中です...