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最終章
第五十九話 あの男(6)
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◆◆◆
一方――
同じ夜、シャロン達は草原にある拠点に戻ってきていた。
「自分の家に帰ってくるだけなのに、こそこそしなきゃならないのは面倒でしょうがないわね」
これに隣にいたサイラスが口を開こうとしたが、対面にいるルイスが声を出すほうが早かった。
「武器も運んでるんだからしょうがないだろう」
その言葉にシャロンはわざと目を合わせず、「わかってる」と投げ捨てるような返事を返した。
そんな彼女の態度に慣れているルイスは特に何も言わず、運んできた物資の目録に目を通していた。
ゆえにサイラスが本題を切り出すことにした。
「……ここに来るまでもそうだったが、魔王軍の敗北の影響は既に出ているようだな」
その言葉に、ルイスは目録から目を離さぬまま口を開いた。
「……あちこちで暴動が起きているようだ。反乱軍のようなものも結成されつつあるらしい」
その話題にシャロンは食いついた。
「そいつらは私達の仲間なの? 誰かが先走ったってこと?」
これにルイスは首を振った。
「いいや。我々とは関わりの無い連中だ。不満を溜めていた者達が爆発しただけだろう」
その素っ気無い口調とは対照的に、乗り気な様子でシャロンはルイスに向かって尋ねた。
「吸収、いや、合流とまではいかなくても、上手く利用することは出来ないの?」
その提案のような質問に、
「……」
ルイスは口を重くした。
だからサイラスが代わりに答えた。
「出来れば戦力として使いたいところだが、すぐには難しい。彼らのための兵糧などの物資は用意されていないからだ。義勇軍として自力で準備してくれるならばともかく、こちらから招くことはしばらくは出来ない。今から我々の初戦に合流させるのは無理だろうな」
これにシャロンは、
「ああ、そう。やっぱりね。分かってたことだけど」
もとから期待はしていなかった、という部分を強調しながら話題から意識を離した。
だがこの時、サイラスもシャロンも気付いていなかった。
ルイスが口を重くした理由だ。
ルイスは感じ取ったのだ。シャロンが好戦的になっていることを。
理由は単純。オレグとの戦いで強くなったからだ。
雲水によるかつての彼女の写しは消えた。
だが、その感覚から得られた技術はシャロンの中にしっかりと残っていた。
シャロンはその力を試したいと思っている。
それがルイスには気に食わなかった。
「強い魔法使い」が代表では困るからだ。
無能でも魔法使いに牙をたてられる、次の戦いはそれを証明するものでなくてはならないからだ。
彼女が「強い魔法使い」として振る舞い、それが目に余るものであれば――
「……」
その時は自分の手を直接汚す必要があるかもしれない、ルイスはそんなことを考えていた。
あの時、雲水は思った。『こんなことをしていいのか』と。
その危惧は的外れでは無かったのだ。
◆◆◆
二ヵ月後――
冬の厳しさが過ぎ去り、帝国に春が感じられるようになった頃、都市部のある屋敷で宴会が開かれていた。
「本日は皆様遠路はるばるご足労いただき――」
開催者である領主が始まりの挨拶を述べている。
これは特に理由の無い、ただ騒ぎたいだけの宴会。
ゆえに挨拶する内容も特に無かったのだが、
「今年も商売の成功とさらなる繁栄を願って――」
麻薬組織の幹部はとりあえず思いついた言葉を適当に並べた。
場には関係者以外の人間もいるのだが、そんなことは気にならないほどに組織は力を増していた。
何かあっても大抵のことは黙らせられる。
「我々の商品である草はもはや全土に流通する勢いであり、目立つ商売敵(しょうばいがたき)もいない。なので今年は他国への展開も視野に――」
ゆえに領主は言ってはならないことまでべらべらと漏らした。
『大抵のことならば黙らせられる』、その余裕が彼の口を軽くしていた。
「では、皆様――」
そして領主はその余裕の笑みを貼り付けたまま、「乾杯!」と声を張り上げようとした。
が、その瞬間、
「ボス! 妙な客が押しかけて――」
その勢いは横から割り込んだ部下の声によって遮られた。
これに領主は怒気を滲ませながら口を開いた。
「後にしろ。見てわかるだろう? それにここではボスでは無く、領主様と呼べと――」
しかしその怒気もまた、
「盛り上がっているところすまないが、失礼させてもらうぞ」
直後に宴会場の入り口から響いたヴィクトルの声によって遮られた。
そしてヴィクトルは重い足音を響かせながら部下達と共に広間に乗り込み、言葉を続けた。
「失礼ついでに悪いのだが、領主殿、お前に逮捕状が出ている。理由は言うまでも無いな?」
これに領主は、
「一体誰の権限でそんなことが――」
と、己の権力と組織の力でその重い足音を止めようとしたが、ヴィクトルはそれが無駄であることを述べた。
「魔王から許可はもらっている。なのでお前はこれから連行されて裁判にかけられることになる。抵抗しても構わないが、その場合の処遇は私に一任されている」
従うか、抵抗するか、逃げるか、その三択を突きつけられていると領主は思った。
だがそれが間違いであることを、ヴィクトルは親切心で教えてやることにした。
「ああ、そうだ。先に遺言を書いてもらうように言われている。裁判ではほぼ確実に死刑になるそうだ」
つまりこれは、死ぬか、抵抗するか、逃げるか、の三択であった。
領主は迷った。
逃げてこの場をやり過ごせば、後はどうにでもなるのでは? そんな考えが脳裏を走っていた。
しかしヴィクトルは領主の心に残っているそのかすかな迷いにとどめを刺すことにした。
「身辺整理もついでにやってもらうが、財産はほぼ全て没収されることになるからそのつもりでな。そしてそれは組織についても同様だ。そっちに関しては裁判すら無いぞ」
これに領主は「ふざけるな!」と、消沈していた怒気を再びあらわにした。
広間にいる組織の部下達がその怒気に反応して戦闘態勢を取る。
これに、ヴィクトルは笑顔を浮かべ、その理由を答えた。
「抵抗するのか。助かるよ。連行するなんて面倒だったからな」
『大抵のことならば黙らせられる』、それはその通りであった。
だがこれは誰にも止められなかった。
一方――
同じ夜、シャロン達は草原にある拠点に戻ってきていた。
「自分の家に帰ってくるだけなのに、こそこそしなきゃならないのは面倒でしょうがないわね」
これに隣にいたサイラスが口を開こうとしたが、対面にいるルイスが声を出すほうが早かった。
「武器も運んでるんだからしょうがないだろう」
その言葉にシャロンはわざと目を合わせず、「わかってる」と投げ捨てるような返事を返した。
そんな彼女の態度に慣れているルイスは特に何も言わず、運んできた物資の目録に目を通していた。
ゆえにサイラスが本題を切り出すことにした。
「……ここに来るまでもそうだったが、魔王軍の敗北の影響は既に出ているようだな」
その言葉に、ルイスは目録から目を離さぬまま口を開いた。
「……あちこちで暴動が起きているようだ。反乱軍のようなものも結成されつつあるらしい」
その話題にシャロンは食いついた。
「そいつらは私達の仲間なの? 誰かが先走ったってこと?」
これにルイスは首を振った。
「いいや。我々とは関わりの無い連中だ。不満を溜めていた者達が爆発しただけだろう」
その素っ気無い口調とは対照的に、乗り気な様子でシャロンはルイスに向かって尋ねた。
「吸収、いや、合流とまではいかなくても、上手く利用することは出来ないの?」
その提案のような質問に、
「……」
ルイスは口を重くした。
だからサイラスが代わりに答えた。
「出来れば戦力として使いたいところだが、すぐには難しい。彼らのための兵糧などの物資は用意されていないからだ。義勇軍として自力で準備してくれるならばともかく、こちらから招くことはしばらくは出来ない。今から我々の初戦に合流させるのは無理だろうな」
これにシャロンは、
「ああ、そう。やっぱりね。分かってたことだけど」
もとから期待はしていなかった、という部分を強調しながら話題から意識を離した。
だがこの時、サイラスもシャロンも気付いていなかった。
ルイスが口を重くした理由だ。
ルイスは感じ取ったのだ。シャロンが好戦的になっていることを。
理由は単純。オレグとの戦いで強くなったからだ。
雲水によるかつての彼女の写しは消えた。
だが、その感覚から得られた技術はシャロンの中にしっかりと残っていた。
シャロンはその力を試したいと思っている。
それがルイスには気に食わなかった。
「強い魔法使い」が代表では困るからだ。
無能でも魔法使いに牙をたてられる、次の戦いはそれを証明するものでなくてはならないからだ。
彼女が「強い魔法使い」として振る舞い、それが目に余るものであれば――
「……」
その時は自分の手を直接汚す必要があるかもしれない、ルイスはそんなことを考えていた。
あの時、雲水は思った。『こんなことをしていいのか』と。
その危惧は的外れでは無かったのだ。
◆◆◆
二ヵ月後――
冬の厳しさが過ぎ去り、帝国に春が感じられるようになった頃、都市部のある屋敷で宴会が開かれていた。
「本日は皆様遠路はるばるご足労いただき――」
開催者である領主が始まりの挨拶を述べている。
これは特に理由の無い、ただ騒ぎたいだけの宴会。
ゆえに挨拶する内容も特に無かったのだが、
「今年も商売の成功とさらなる繁栄を願って――」
麻薬組織の幹部はとりあえず思いついた言葉を適当に並べた。
場には関係者以外の人間もいるのだが、そんなことは気にならないほどに組織は力を増していた。
何かあっても大抵のことは黙らせられる。
「我々の商品である草はもはや全土に流通する勢いであり、目立つ商売敵(しょうばいがたき)もいない。なので今年は他国への展開も視野に――」
ゆえに領主は言ってはならないことまでべらべらと漏らした。
『大抵のことならば黙らせられる』、その余裕が彼の口を軽くしていた。
「では、皆様――」
そして領主はその余裕の笑みを貼り付けたまま、「乾杯!」と声を張り上げようとした。
が、その瞬間、
「ボス! 妙な客が押しかけて――」
その勢いは横から割り込んだ部下の声によって遮られた。
これに領主は怒気を滲ませながら口を開いた。
「後にしろ。見てわかるだろう? それにここではボスでは無く、領主様と呼べと――」
しかしその怒気もまた、
「盛り上がっているところすまないが、失礼させてもらうぞ」
直後に宴会場の入り口から響いたヴィクトルの声によって遮られた。
そしてヴィクトルは重い足音を響かせながら部下達と共に広間に乗り込み、言葉を続けた。
「失礼ついでに悪いのだが、領主殿、お前に逮捕状が出ている。理由は言うまでも無いな?」
これに領主は、
「一体誰の権限でそんなことが――」
と、己の権力と組織の力でその重い足音を止めようとしたが、ヴィクトルはそれが無駄であることを述べた。
「魔王から許可はもらっている。なのでお前はこれから連行されて裁判にかけられることになる。抵抗しても構わないが、その場合の処遇は私に一任されている」
従うか、抵抗するか、逃げるか、その三択を突きつけられていると領主は思った。
だがそれが間違いであることを、ヴィクトルは親切心で教えてやることにした。
「ああ、そうだ。先に遺言を書いてもらうように言われている。裁判ではほぼ確実に死刑になるそうだ」
つまりこれは、死ぬか、抵抗するか、逃げるか、の三択であった。
領主は迷った。
逃げてこの場をやり過ごせば、後はどうにでもなるのでは? そんな考えが脳裏を走っていた。
しかしヴィクトルは領主の心に残っているそのかすかな迷いにとどめを刺すことにした。
「身辺整理もついでにやってもらうが、財産はほぼ全て没収されることになるからそのつもりでな。そしてそれは組織についても同様だ。そっちに関しては裁判すら無いぞ」
これに領主は「ふざけるな!」と、消沈していた怒気を再びあらわにした。
広間にいる組織の部下達がその怒気に反応して戦闘態勢を取る。
これに、ヴィクトルは笑顔を浮かべ、その理由を答えた。
「抵抗するのか。助かるよ。連行するなんて面倒だったからな」
『大抵のことならば黙らせられる』、それはその通りであった。
だがこれは誰にも止められなかった。
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