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最終章

第五十九話 あの男(3)

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「……」

 だからヴィクトルの口は重くなっていた。
 自分も領主だから分かるのだ。その厄介さが。
 この国における領主とは、管理する土地においてほぼ最高に近い権力を有する。
 その土地独自の法律を制定したり、最高裁判の実施と判決においても独断の権限を有する。
 麻薬組織の人間がそんな地位に就いてしまったのだ。
 ゆえに法に訴える手段は普通のやり方では通じない。大領主を超える権力者、魔王などに頼らなくてはならない。
 だが、魔王はあまり当てにならない。その理由もヴィクトルは理解していた。
「魔王」の名を与えているのは宗教の最高権力者、教皇だからだ。「魔王」というものは信仰の象徴であるからだ。
 つまり、宗教は魔王という存在を支えている屋台骨の一つなのだ。そしてその宗教は麻薬組織と繋がってしまっている。
 自分に甘いあの魔王が、自身の名誉や地位を自ら揺るがすようなことをやるとは思えない。
 ならば――、一つ浮かんだ手をヴィクトルは参謀に提案することにした。

「上に頼れないのであれば、下からの突き上げを利用するのはどうだ? 麻薬による問題や民の不満を集め、それを魔王に上申して裁判に持ち込むよう促してみてはどうだ?」

 これにも参謀は首を振った。
 なぜだ? そう尋ねるよりも早く参謀は答えた。

「どうして麻薬組織の幹部なぞが領主になれたと思いますか?」

 話の繋ぎ方からヴィクトルは答えを想像することが出来たが、やはり参謀の方が先に口を開いた。

「賄賂ですよ。商売のおかげで資金力は圧倒的でしたからね。かなり派手にばらまいたようです」
「……」

 予想通りの答えであったが、ヴィクトルには何も言えなかった。
 そして参謀は予想通りの話を続けた。

「宗教関係者、そして兵士だけで無く、貧民にまで掴ませたようです」

 参謀はそう言った後、自虐的な笑みを浮かべながら再び口を開いた。

「おかげで民からの評判は悪くないのです。領主への推薦も特に反対無くすんなりと通ったようです。……本当に妙な話ですよ。相手が悪魔であると分かっていながら、民はそれを支持しているのですから」
「……」

 聞いているうちにヴィクトルの心に懐かしい感情が湧き上がっていた。
 しかしそれは心地の良いものでは無かった。
 自分の信念が揺らぎそうになる感覚。
 自分が戦いをやめた理由になった感情だ。
 あの時もそうだった。
 勝利を重ねるほどに民は腐敗していった。
 雪の多いこの国には多くの富と栄光が必要だ、そう思って戦った。
 それは正しかった。
 しかし同時に腐敗も大きくなった。
 だから、いまはこれ以上は必要無い、そう思って戦いをやめた。
 まずは民の意識を変えねばならない、そう思って領主になった。
 本当は魔王になりたかった。
 だが教皇は私を魔王には推薦しなかった。選ばれたのはあいつだった。
 そして目の前にいる参謀は今こそ勝利が必要であると言う。
 その理由をヴィクトルは確認することにした。

「つまり、腐敗したこの国を延命させるために勝利が必要だと、そういうことなのだな?」

 これに参謀は頷きと共に、

「その通りでございます」

 肯定の返事を返した。
 他国を支配し、富を奪う。さらなる奴隷が必要だと参謀は心の声を響かせた。
 しかしヴィクトルは感じ取った。
 この参謀も腐っていることを。
 問題の原点を、麻薬組織と腐敗した信仰を叩く気持ちは抱いていないことを。
 この男も盲目的な魔王の信者であることを。
 魔王と仲が良いから、魔王が望んでいないから、たったそれだけの理由で大きな問題を先送りにしようとしている。
 だからヴィクトルは答えた。

「返事はまだ決められない。その前に一つ条件がある」と。
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