Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

文字の大きさ
上 下
569 / 586
最終章

第五十九話 あの男(2)

しおりを挟む
   
   ◆◆◆

「それで、頼みというのは?」

 場を応接間に移したヴィクトルは、ソファーに腰を下ろすと同時に、対面にいる参謀に向かって口を開いた。
 頼みがあってここまで来た、参謀は外でそう言った。
 参謀はその問いに対し、余計な飾りを付けず簡潔に答えた。

「……ヴィクトル殿、次の戦いに参戦して頂きたい」

 これにヴィクトルは質問を重ねた。

「なぜだ? 前と同じように物資を差し出すだけでは不満か?」
「……」

 その言葉に、参謀は言葉を詰まらせた。
 話に聞いたとおり、心が読めないからだ。
 だから次の言葉に何を選べばいいのか、参謀には咄嗟に判断がつかなかった。
 ゆえに生じた沈黙を先に破ったのはヴィクトルであった。

「隣の領主は兵を出したが、まだ誰も帰って来てないそうだ。やはり、噂通りの大敗北なのか?」

 これに参謀は「……はい」と、力無い答えしか返せなかった。
 だがその答えはヴィクトルの中に新たな疑問を生んだ。

「ではなぜまたすぐに遠征なのだ? しばらくは国力の回復に努めるべきではないのか?」

 この当然の質問に、参謀は、

「……」

 渋く、そして苦い顔を返すことしか出来なかった。
 正直に言いたくないことだった。
 参謀は帝国を誇りに思っていた。
 そして魔王への忠誠も本物であった。でなければ魔王のそばにはいられない。
 自己否定に似た感覚を覚えるゆえに、口に出しがたいことであった。

「……」

 ヴィクトルはそれを感じ取ったゆえに待つことにした。
 少しして、参謀は運ばれてきた飲み物を口に含んだ後、口を開いた。

「……このままではこの国は酷いことになってしまうのです」

 これに、ヴィクトルは再び「なぜだ?」と問うた。
 参謀は答え始めた。

「ヴィクトル殿は都市部がどうなっているかご存知ですか?」

 これにヴィクトルは首を振った。
 その返事が分かっていたがゆえに、参謀はヴィクトルが首を振り始めた直後にその理由を述べ始めた。

「人は多いですが、生産力が無くなってしまっているのです」

 その言葉に、ヴィクトルは、

「どういうことだ? 働ける人間が減っているということか? 疫病が蔓延しているのか?」

 内心で首をかしげながら尋ねると、参謀は首を振りながら答えた。

「単純に働かない人間が増えているだけでございますよ」

 その言葉にヴィクトルはますます首をかしげた。
 だからヴィクトルは尋ねた。

「働かずにどうやって生活しているのだ?」

 参謀は答えた。

「魔王様から援助を受けているのです」

 その言葉を聞いてようやく、ヴィクトルは都市部で起きている問題を想像することが出来た。
 働かずとも飯が食える、だから働かない人間が増えており、しかもその援助は税金で行われているのだろう。
 だがそれだけでこの大国が傾くとは――そんな文面がヴィクトルの頭に浮かんだ瞬間、参謀は再び口を開いた。

「それだけならば大した問題ではありませんでした。ですが、そこに『草』が絡んでしまったのです」

 その言葉の響きから、ヴィクトルは他国からのスパイを想像した。そのような連中を「草」と表現することがあるからだ。
 だが、参謀が言っている「草」は違うものを指していることを、心を読んで気付いたヴィクトルはそれを確認するように口に出した。

「麻薬か」

 参謀は「そうです」と頷きを返し、言葉を続けた。

「それは都市の腐敗を加速させました。草を売る組織はその資金力で影響力を増し続け、とうとう都市の領主にまで登りつめました」

 麻薬組織の幹部が一大都市の大政治家になってしまった、そこまで参謀が述べたところで、ヴィクトルは口を挟んだ。

「待て、なぜ兵士が動かない? そんな組織は議論するまでも無く排除対象だろう」

 これに参謀は首を振り、その理由を述べた。

「……その組織が『宗教』と深く繋がってしまっているゆえに、うかつに手出し出来ないのです」

 つまり、こういうことである。
「草」はその組織によって持ち込まれるはるか以前から帝国の大地に存在し、土着の宗教での儀式に使われていたのだ。
 神に会うために麻薬を吸って意識を歪める、そのような儀式だ。
 優秀な感知能力者はその儀式を避ける傾向にあった。なぜなら、脳がダメージを負うことを感知出来たからだ。
 麻薬は脳内麻薬を大量に誘発するが、その過程に必要な材料も、それを解毒するための成分も麻薬自体は有していない。あくまで誘発するだけである。そしてそれらの処理は全て自身の体を犠牲にして行われ、その負荷は軽く無い。
 帝国の古き者達はそのような感知能力者達のことを「目覚めた者」などと呼んで勝手に祭り上げた。そして感知能力者達はそれを自身の利益のために利用する傾向があった。残念ながら、そのような儀式を悪しき風習として警告する者は少なかった。
 そしてその宗教は長い時間の中で分裂や再統合を繰り返したが、感知能力に対する信仰は現在まで揺るがなかった。儀式も同じである。所作が多少変わった程度で、草は相変わらず使われていた。
 魔王が崇められているのはそのような理由からである。魔王を「天からの使い」として崇める宗教まで存在してしまっている。
 以前ルイスが言った「怠惰の仕掛け」とはこれのことである。
 だが、ルイスは麻薬組織とは関係していない。ルイスがやった仕掛けはあくまで宗教と儀式の拡散だけだ。儀式が急に広がったのを嗅ぎつけた麻薬組織がそれに便乗しただけである。

「……」

 そしてそれを聞いてようやく、ヴィクトルは問題の大きさを実感した。
 その宗教はとても根深く、そして全体に広がっているからだ。
 庶民の行動規範や生活様式にまで影響を及ぼしている。
 だから草が爆発的に広がった。神官しか使っていなかったものが、儀式が庶民にまで降りてきてしまったのだ。

 結局のところ、問題の原点はアランの国と同じであった。
 特定の誰かが極端に優遇される土壌が出来ていたからである。この国ではそれが感知能力者であっただけのこと。優秀な感知能力者になれば利権を手にすることが出来たのである。
 しかしこの国はそれだけでは無く、魔力至上主義の問題も同時に有していた。感知能力だけでなく魔法能力も優秀であれば、得られる権力はさらに大きなものとなった。ゆえに「魔王」などという呼び名が誕生した。
 ルイスはその土壌を、信仰心を上手く利用したと言える。快楽と結びつけ、それを前面に押し出し、腐敗を加速させたのだ。

 そしてその腐敗は領主を筆頭とする一大組織を産み出してしまった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...