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最終章
第五十八話 おとぎ話の結末(18)
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◆◆◆
「ぐ……おおぉ?!」
その吹雪の中でオレグは自然と声を上げた。
その雪が熱く、痛いからだ。
雪に体中の神経を焼かれている。体を食われている。
とにかく動かなくては。攻めながら雪を振り払わなくては。
しかしあまりの量で前が見えない。
全ての波が大きく、解析不能なほどに混ざっているため感知も機能しない。
魂が目で見えるように、画像処理していることが逆に仇になってしまっている。
だからオレグはその視覚機能を切った。
視界から雪が晴れる。
そしてオレグはアランを正面に捉えると同時に踏み込んだが、
「!?」
その動きの緩慢さにオレグは目を見開いた。
まるで夢の中にいるような感覚。
体が突然不自由になり、為す術が無くなる感覚。
あれに似ている。
そしてさらにこれは悪夢だ。
吹雪き(ふぶき)始めてからずっと頭の中で声が響いている。
アラン様に手出しはさせない、と。
仲間の仇を取らせてもらう、と。
お前が俺にしたように殺してやる、と。
しかしただ声が響くだけでは無かった。
頭の中に何かが入ってくる感覚。
殺したはずの様々な感情が勝手に湧き上がり、不快な思考が走る。
脳の機能を勝手に復元されている。凄まじい速度で。
いや、これは乗っ取られ始めていると言ったほうが正しい。
それも大勢の誰かに。
だからオレグは心の中で叫んだ。出て行け、と。
しかしその声は大勢の声の中に消えた。
それはまさに怨嗟の声。同時に戦士の雄叫びでもあり、反撃の狼煙であった。
この戦闘で殺した連中が一斉に襲い掛かってきている。
ゆえに同じ声が何重にもなって響いた。
“我等の力、見よや!”と。
その声と共に吹雪がさらに強まる。
並の人間では立っていることすら出来なくなるほど。
しかしオレグは直後に超人としての意地を見せた。
「う……雄雄雄雄ォッ!」
悲鳴の色が滲んだ叫びと共に繰り出したのは狼牙。
しかしその軌道はアランのいる前方では無く真下。
生まれた数多くの蛇が地面を跳ね返って舞い上がり、オレグを包み込む。
蛇がオレグの体を撫で、噛み傷を残しながら纏わり付いた虫を吹き飛ばす。
そして得た一瞬の自由のうちに全身の筋肉に活を入れ直し、オレグはアランに向かって鋭く踏み込んだ。
アランもまた同時に地を蹴り、
「「雄雄雄雄ォッ!」」
吹雪の中でぼんやりと浮かぶ二つの影はぶつかり合った。
「ぬおおオオォッ!」「でぇやああアアァッ!」
アランの突きとオレグの突きが二人の間で何度も、目にも止まらぬ速さで交錯する。
描かれ、織り重なる線の中に、薄く細い赤色が滲む。
その色にアランのものは無かった。全てオレグのものだった。
繰り出すオレグの腕に浅く細い切り傷が描かれ、その数を増やしていく。
ゆえに、オレグの足は自然と後ろに下がり始めた。
その直後、
「アラン!」
雲水の声が響いた。
その声には思いが込められていた。
今のお前が本当にあの域に達しているのであれば、天照権現と同等であるならば同じ技が使えるはずだ、と。
だからアランはその思いに応えた。
「やるぞ、みんな!」
叫ぶと同時に、アランはオレグから一歩距離を取りながら刀を天に突き刺すように真上に、大上段に構えた。
そして皆はアランのその叫びに応えた。
剣に吸い寄せられるように、纏わり付くように集まる。
吹雪が一点に集約し、アランも包んで竜巻のように回転を始める。
しかしその激しさは一瞬。
制御が安定し、秩序を得た虫達の動きが穏やかになる。
魂同士特有の引き合う力も、反発する力もまた安定を求めるかのように収束し、逃げ場を求めるように天に向く。
天に向かって昇り、押し出された虫達はまた雪のように舞い降りてアランに寄り添う。
その繰り返しの果てに、それは一本のゆらめく柱となった。
まるで突如その場に上昇気流が出来たかのよう。
巨大なゆらめく白い火柱、それはそのように見えた。
そして直後にアランは雲水が語ったその技を魅せた。
「破ッ!」
気勢と共に踏み込み、刀を袈裟に振り下ろす。
まるで刃の延長であるかのように、白い火柱が地面に叩きつけられる。
これに対してオレグは後退による回避を選択。
だが刃は避けられても、巨大な柱は大きく、そして長すぎた。
柱の下敷きになり、飲み込まれる。
全身が焼けるような痛みに襲われ、活を入れ直した筋肉が再び弱る。
感覚が夢の中に戻り、
「疾ッ!」
アランの追撃の気勢が悪夢の中に響く。
型は低めの逆水平。
膝を狙ったその二撃目に対し、オレグは再び後退を選択。
が、
「っ!」
夢の中の動きで避けるには、その一撃は鋭すぎた。
咄嗟に盾にした左足のすねから鮮血が散り、足の筋肉が食われる。
そしてその赤が白い嵐の中に滲んだ直後、世界は黒に転じた。
吹雪から明るい感情が消え、暗く重い感情が渦巻き始める。
それはまさに混沌の嵐。鬼哭の領域。
されど、アランは無縫では無い。
黒い嵐の中でアランの輪郭が白く浮かんで見える。
数え切れないほどの仲間達が、魂がアランを守っている。
ゆえにこれは明王剣。
そして次が雲水から教わった技の最終段。
ゆえにアランは全力を込め、そして叫んだ。
“みんなの力を、みんなの想いを、この一撃に託す!”
その叫びがオレグの心に痛いほどに響いた瞬間、
(活ッ!)
オレグは全身で星を爆発させた。
オレグには分かっていた。自分の体は限界が近いことを。全力を出せるのはあと一撃であることを。
だからオレグは力を溜めていたのだ。体の魔力を温存していたのだ。
そしてオレグが最後の一撃に選んだ型は光る嵐。
狼牙とは違う。自分を巻き込まないように制御されていない。繰り出した拳が嵐に食われる可能性が高い。
しかし望むところ、オレグはそう思っていた。
が、
「っ?!」
直後、魔力を込めた右腕に走った衝撃と痛みに、オレグは姿勢を崩した。
小さいが重い、既に経験した痛み。
あの弾丸による痛みであった。
射手はサイラス。
そしてその弾には思いが込められていた。
お前達と違って私は弱いんだ。だからあまり前に立たせてくれるな、と。
ゆえに、サイラスは叫んだ。
これで決めろ! と。
アランはその思いに、
「でぇやあぁっ!」
同じ叫びで応えた。
型は下段から斜め上に振り上げる逆袈裟。
刃と共に黒く染まった嵐が吹き上がり、オレグを飲み込む。
「ぐおおおぉっ!」
悲鳴か、それとも必死の抵抗による気勢か、どちらか分からぬオレグの叫びが立ち昇った黒い火柱の中から響き渡る。
その時、サイラスははっきりと見た。
その黒い火柱の中に、大きく赤い花が咲いたのを。
その鮮やかさをもって、技は完成した。
収束させた吹雪を叩きつけて全身を鈍らせ、月を描くようななぎ払いで相手の足を殺し、逆袈裟で花のように赤く散らせる、ゆえに名は「雪月花(せつげつか)」。
「ぐ……おおぉ?!」
その吹雪の中でオレグは自然と声を上げた。
その雪が熱く、痛いからだ。
雪に体中の神経を焼かれている。体を食われている。
とにかく動かなくては。攻めながら雪を振り払わなくては。
しかしあまりの量で前が見えない。
全ての波が大きく、解析不能なほどに混ざっているため感知も機能しない。
魂が目で見えるように、画像処理していることが逆に仇になってしまっている。
だからオレグはその視覚機能を切った。
視界から雪が晴れる。
そしてオレグはアランを正面に捉えると同時に踏み込んだが、
「!?」
その動きの緩慢さにオレグは目を見開いた。
まるで夢の中にいるような感覚。
体が突然不自由になり、為す術が無くなる感覚。
あれに似ている。
そしてさらにこれは悪夢だ。
吹雪き(ふぶき)始めてからずっと頭の中で声が響いている。
アラン様に手出しはさせない、と。
仲間の仇を取らせてもらう、と。
お前が俺にしたように殺してやる、と。
しかしただ声が響くだけでは無かった。
頭の中に何かが入ってくる感覚。
殺したはずの様々な感情が勝手に湧き上がり、不快な思考が走る。
脳の機能を勝手に復元されている。凄まじい速度で。
いや、これは乗っ取られ始めていると言ったほうが正しい。
それも大勢の誰かに。
だからオレグは心の中で叫んだ。出て行け、と。
しかしその声は大勢の声の中に消えた。
それはまさに怨嗟の声。同時に戦士の雄叫びでもあり、反撃の狼煙であった。
この戦闘で殺した連中が一斉に襲い掛かってきている。
ゆえに同じ声が何重にもなって響いた。
“我等の力、見よや!”と。
その声と共に吹雪がさらに強まる。
並の人間では立っていることすら出来なくなるほど。
しかしオレグは直後に超人としての意地を見せた。
「う……雄雄雄雄ォッ!」
悲鳴の色が滲んだ叫びと共に繰り出したのは狼牙。
しかしその軌道はアランのいる前方では無く真下。
生まれた数多くの蛇が地面を跳ね返って舞い上がり、オレグを包み込む。
蛇がオレグの体を撫で、噛み傷を残しながら纏わり付いた虫を吹き飛ばす。
そして得た一瞬の自由のうちに全身の筋肉に活を入れ直し、オレグはアランに向かって鋭く踏み込んだ。
アランもまた同時に地を蹴り、
「「雄雄雄雄ォッ!」」
吹雪の中でぼんやりと浮かぶ二つの影はぶつかり合った。
「ぬおおオオォッ!」「でぇやああアアァッ!」
アランの突きとオレグの突きが二人の間で何度も、目にも止まらぬ速さで交錯する。
描かれ、織り重なる線の中に、薄く細い赤色が滲む。
その色にアランのものは無かった。全てオレグのものだった。
繰り出すオレグの腕に浅く細い切り傷が描かれ、その数を増やしていく。
ゆえに、オレグの足は自然と後ろに下がり始めた。
その直後、
「アラン!」
雲水の声が響いた。
その声には思いが込められていた。
今のお前が本当にあの域に達しているのであれば、天照権現と同等であるならば同じ技が使えるはずだ、と。
だからアランはその思いに応えた。
「やるぞ、みんな!」
叫ぶと同時に、アランはオレグから一歩距離を取りながら刀を天に突き刺すように真上に、大上段に構えた。
そして皆はアランのその叫びに応えた。
剣に吸い寄せられるように、纏わり付くように集まる。
吹雪が一点に集約し、アランも包んで竜巻のように回転を始める。
しかしその激しさは一瞬。
制御が安定し、秩序を得た虫達の動きが穏やかになる。
魂同士特有の引き合う力も、反発する力もまた安定を求めるかのように収束し、逃げ場を求めるように天に向く。
天に向かって昇り、押し出された虫達はまた雪のように舞い降りてアランに寄り添う。
その繰り返しの果てに、それは一本のゆらめく柱となった。
まるで突如その場に上昇気流が出来たかのよう。
巨大なゆらめく白い火柱、それはそのように見えた。
そして直後にアランは雲水が語ったその技を魅せた。
「破ッ!」
気勢と共に踏み込み、刀を袈裟に振り下ろす。
まるで刃の延長であるかのように、白い火柱が地面に叩きつけられる。
これに対してオレグは後退による回避を選択。
だが刃は避けられても、巨大な柱は大きく、そして長すぎた。
柱の下敷きになり、飲み込まれる。
全身が焼けるような痛みに襲われ、活を入れ直した筋肉が再び弱る。
感覚が夢の中に戻り、
「疾ッ!」
アランの追撃の気勢が悪夢の中に響く。
型は低めの逆水平。
膝を狙ったその二撃目に対し、オレグは再び後退を選択。
が、
「っ!」
夢の中の動きで避けるには、その一撃は鋭すぎた。
咄嗟に盾にした左足のすねから鮮血が散り、足の筋肉が食われる。
そしてその赤が白い嵐の中に滲んだ直後、世界は黒に転じた。
吹雪から明るい感情が消え、暗く重い感情が渦巻き始める。
それはまさに混沌の嵐。鬼哭の領域。
されど、アランは無縫では無い。
黒い嵐の中でアランの輪郭が白く浮かんで見える。
数え切れないほどの仲間達が、魂がアランを守っている。
ゆえにこれは明王剣。
そして次が雲水から教わった技の最終段。
ゆえにアランは全力を込め、そして叫んだ。
“みんなの力を、みんなの想いを、この一撃に託す!”
その叫びがオレグの心に痛いほどに響いた瞬間、
(活ッ!)
オレグは全身で星を爆発させた。
オレグには分かっていた。自分の体は限界が近いことを。全力を出せるのはあと一撃であることを。
だからオレグは力を溜めていたのだ。体の魔力を温存していたのだ。
そしてオレグが最後の一撃に選んだ型は光る嵐。
狼牙とは違う。自分を巻き込まないように制御されていない。繰り出した拳が嵐に食われる可能性が高い。
しかし望むところ、オレグはそう思っていた。
が、
「っ?!」
直後、魔力を込めた右腕に走った衝撃と痛みに、オレグは姿勢を崩した。
小さいが重い、既に経験した痛み。
あの弾丸による痛みであった。
射手はサイラス。
そしてその弾には思いが込められていた。
お前達と違って私は弱いんだ。だからあまり前に立たせてくれるな、と。
ゆえに、サイラスは叫んだ。
これで決めろ! と。
アランはその思いに、
「でぇやあぁっ!」
同じ叫びで応えた。
型は下段から斜め上に振り上げる逆袈裟。
刃と共に黒く染まった嵐が吹き上がり、オレグを飲み込む。
「ぐおおおぉっ!」
悲鳴か、それとも必死の抵抗による気勢か、どちらか分からぬオレグの叫びが立ち昇った黒い火柱の中から響き渡る。
その時、サイラスははっきりと見た。
その黒い火柱の中に、大きく赤い花が咲いたのを。
その鮮やかさをもって、技は完成した。
収束させた吹雪を叩きつけて全身を鈍らせ、月を描くようななぎ払いで相手の足を殺し、逆袈裟で花のように赤く散らせる、ゆえに名は「雪月花(せつげつか)」。
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