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最終章
第五十八話 おとぎ話の結末(8)
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そして吹き飛び始めたバージルと入れ替わりに、
「「「ぅ雄ぉっ!」」」
剣を構えた大盾兵達が体当たりを仕掛ける。
が、
「うあぁっ?!」「ぐっふ!」
盾の上から次々となぎ倒される。
しかし直後、その崩れ散る兵士達の隙間に一つの影が滑り込んだ。
その影は声無き気勢を上げていた。
味方が作ってくれたこの好機、活かさずしてなんとする、と。
その声は雲水のものだった。
が、オレグには別人に思えた。
雲水が本当に影を纏っている、そのようにも感じられた。
ゆえにオレグは足を止めた。
あの戦いでシャロンが魅せたものと同じ技? そう思ったからだ。
そして直後に雲水はそれを叫んだ。
(水鏡流――)
しかし直後に響いた名は「無縫剣」では無かった。
放たれるものは「無縫剣」ではあった。が、雲水はそれをある特殊な型で放つがゆえに、
“水鏡流、風雪(ふうせつ)!”
雲水はその型の名を叫んだ。
そして放たれたのは魂の散弾。
一つの集団では無い、ばらけた虫の群れ。
風雪の名の如く、つむじ風に吹かれる雪のように回転する渦の軌道を取りながら虫が飛びかかる。
これにオレグは防御用の虫を展開。
狙いが脳であることを、脳への攻撃に特化していることを読み取っていたオレグは魔力を込めた手も使って叩き払う。
だが、舞い散るホコリを避けきることが困難なように、全ては防げなかった。
何匹かの虫がオレグの頭に到達し、脳の中に潜り込む。
瞬間、
「「「!」」」
オレグと、そして少し離れたところにいるアランとクラウスは同時に目を見開いた。
三人とも抱いた感情は同じ驚きであったが、その理由は違っていた。
アランとクラウスが驚いた理由、それはオレグに精神攻撃が通じたからであった。
そしてオレグが驚いた理由、それは読み間違えたことに、写しの思考に騙されたことに気付いたからだ。
虫を使って脳を破壊する攻撃、では無かった。虫を使って脳の神経を再接続する攻撃だったのだ。
雲水は気付いたのだ。オレグは脳と体の神経接続を切っているだけであることを。体の動作を補助するために接続し直している瞬間があることを。
しかしその瞬間を狙うことは困難。
だから雲水は虫を送り込んで無理矢理接続してしまえばいいと思いついたのだ。
そうすれば効果があることは証明された。だが、
「……っ!」
雲水は己の力不足を噛み締めた。
この技にも真名があった。
その名も「白夜風雪(びゃくやふうせつ)」。
夜が白んで見えるほどの虫の群れ、という意味を表した名。
自分の虫の放出力はそれほどでは無い。ゆえにただの風雪。
しかしそれでは駄目であることが証明された。
精神攻撃は確かに通った。
しかし貼りついた虫の数が少なかったゆえに、その効果はわずか。
一瞬体が硬直し、わずかな時間だけ動作が鈍る、その程度。
対し、自分はそれよりも長くまともに身動きが取れない。
(このままだと――)
このままだと回避動作を取ることも出来ずに反撃されてしまう。
雲水が抱いたその危惧は直後に現実のものとなった。
目の前でオレグが拳を脇の下に引き構える。
その次の瞬間、
“これは一つ貸しよ!”
と、シャロンの声が雲水の心に響いた。
その声と共に二人の間に割り込んだのは電撃魔法の糸。
いや、糸では無かった。太い、多くの糸をたばねた綱であった。
蜘蛛の糸のようにねじれて放たれたそれは、雲水の眼前で回転してほどけ、網となってオレグに覆いかぶさった。
が、オレグは即座に飛び退きながら両手の手刀で網を切り刻んだ。
援護で飛んできた味方の光弾もついでに切り払う。背後からの攻撃を器用に避けながら。
「……!」
瞬間、シャロンは迷った。
雲水はまだ動けない。次の網の投擲は間に合わない。並の光弾ではこいつは止まらない。
ならば、雲水を助ける手は一つしか思いつかなかった。
「鋭ぃぃっや!」
気勢と共に踏み込みながら針を突き出す。
「やああああぁっ!」
叩き払われても即座に次の突きを繰り出す。
オレグに反撃させまいと、必死に突きを繰り返す。
が、オレグは反撃出来ないわけでは無かった。
オレグは疑問と共に様子を見ていた。
(あの時、シャロンは――)
記憶の中のシャロンは身体能力を大幅に上げる技を使っていた。
今の状況でそれを使わない? 温存しているとも思えない。
(まるで手ごたえが無い。……やはり似ているだけの別人?)
ならばここまでだ。オレグが誰にも聞こえぬその思考を発した直後、
「ぅあっ?!」
シャロンの気勢は悲鳴に変わった。
オレグの放った反撃が顔面に炸裂。
何かが砕ける音と共に、上半身が大きくのけぞる。
がら空きの胴に追撃が来る、そう思ったシャロンは左手で網を前に投げようとしたが、
「!?」
直後、突き出し始めたその左手に激痛が走った。
それが左手首を折られたことによるものだと気付いた瞬間、
「あぁぅっ!」
シャロンは絶望の色が混じった悲鳴を漏らした。
「……っ!」
同じ色の表情を雲水も浮かべていた。
このままだと間も無くシャロンは死ぬ。
もう少し時間を稼いでくれれば回復する。じかし今は打つ手が――
(! いや、)
ある! 一つだけ思いついた。腕くらいならもう動かせる。それで出来ることがある!
しかしやれるのか、『やっていいことなのか?』
雲水は迷った。
が、
「がはっ!」
直後に響いたシャロンの悲鳴に、雲水は突き動かされた。
刀を持つ腕を前に突き出す。
しかしその狙いはオレグでは無かった。
ゆえに、
「「!」」
オレグとシャロンは同時に目を見開いた。
オレグが驚いた理由は、雲水の狙いがシャロンの頭部だったからだ。
そしてシャロンが目を見開いた理由、それは声が響いたからだ。
“少し借りるわよ”と。
それは自分の声だった。
「「「ぅ雄ぉっ!」」」
剣を構えた大盾兵達が体当たりを仕掛ける。
が、
「うあぁっ?!」「ぐっふ!」
盾の上から次々となぎ倒される。
しかし直後、その崩れ散る兵士達の隙間に一つの影が滑り込んだ。
その影は声無き気勢を上げていた。
味方が作ってくれたこの好機、活かさずしてなんとする、と。
その声は雲水のものだった。
が、オレグには別人に思えた。
雲水が本当に影を纏っている、そのようにも感じられた。
ゆえにオレグは足を止めた。
あの戦いでシャロンが魅せたものと同じ技? そう思ったからだ。
そして直後に雲水はそれを叫んだ。
(水鏡流――)
しかし直後に響いた名は「無縫剣」では無かった。
放たれるものは「無縫剣」ではあった。が、雲水はそれをある特殊な型で放つがゆえに、
“水鏡流、風雪(ふうせつ)!”
雲水はその型の名を叫んだ。
そして放たれたのは魂の散弾。
一つの集団では無い、ばらけた虫の群れ。
風雪の名の如く、つむじ風に吹かれる雪のように回転する渦の軌道を取りながら虫が飛びかかる。
これにオレグは防御用の虫を展開。
狙いが脳であることを、脳への攻撃に特化していることを読み取っていたオレグは魔力を込めた手も使って叩き払う。
だが、舞い散るホコリを避けきることが困難なように、全ては防げなかった。
何匹かの虫がオレグの頭に到達し、脳の中に潜り込む。
瞬間、
「「「!」」」
オレグと、そして少し離れたところにいるアランとクラウスは同時に目を見開いた。
三人とも抱いた感情は同じ驚きであったが、その理由は違っていた。
アランとクラウスが驚いた理由、それはオレグに精神攻撃が通じたからであった。
そしてオレグが驚いた理由、それは読み間違えたことに、写しの思考に騙されたことに気付いたからだ。
虫を使って脳を破壊する攻撃、では無かった。虫を使って脳の神経を再接続する攻撃だったのだ。
雲水は気付いたのだ。オレグは脳と体の神経接続を切っているだけであることを。体の動作を補助するために接続し直している瞬間があることを。
しかしその瞬間を狙うことは困難。
だから雲水は虫を送り込んで無理矢理接続してしまえばいいと思いついたのだ。
そうすれば効果があることは証明された。だが、
「……っ!」
雲水は己の力不足を噛み締めた。
この技にも真名があった。
その名も「白夜風雪(びゃくやふうせつ)」。
夜が白んで見えるほどの虫の群れ、という意味を表した名。
自分の虫の放出力はそれほどでは無い。ゆえにただの風雪。
しかしそれでは駄目であることが証明された。
精神攻撃は確かに通った。
しかし貼りついた虫の数が少なかったゆえに、その効果はわずか。
一瞬体が硬直し、わずかな時間だけ動作が鈍る、その程度。
対し、自分はそれよりも長くまともに身動きが取れない。
(このままだと――)
このままだと回避動作を取ることも出来ずに反撃されてしまう。
雲水が抱いたその危惧は直後に現実のものとなった。
目の前でオレグが拳を脇の下に引き構える。
その次の瞬間、
“これは一つ貸しよ!”
と、シャロンの声が雲水の心に響いた。
その声と共に二人の間に割り込んだのは電撃魔法の糸。
いや、糸では無かった。太い、多くの糸をたばねた綱であった。
蜘蛛の糸のようにねじれて放たれたそれは、雲水の眼前で回転してほどけ、網となってオレグに覆いかぶさった。
が、オレグは即座に飛び退きながら両手の手刀で網を切り刻んだ。
援護で飛んできた味方の光弾もついでに切り払う。背後からの攻撃を器用に避けながら。
「……!」
瞬間、シャロンは迷った。
雲水はまだ動けない。次の網の投擲は間に合わない。並の光弾ではこいつは止まらない。
ならば、雲水を助ける手は一つしか思いつかなかった。
「鋭ぃぃっや!」
気勢と共に踏み込みながら針を突き出す。
「やああああぁっ!」
叩き払われても即座に次の突きを繰り出す。
オレグに反撃させまいと、必死に突きを繰り返す。
が、オレグは反撃出来ないわけでは無かった。
オレグは疑問と共に様子を見ていた。
(あの時、シャロンは――)
記憶の中のシャロンは身体能力を大幅に上げる技を使っていた。
今の状況でそれを使わない? 温存しているとも思えない。
(まるで手ごたえが無い。……やはり似ているだけの別人?)
ならばここまでだ。オレグが誰にも聞こえぬその思考を発した直後、
「ぅあっ?!」
シャロンの気勢は悲鳴に変わった。
オレグの放った反撃が顔面に炸裂。
何かが砕ける音と共に、上半身が大きくのけぞる。
がら空きの胴に追撃が来る、そう思ったシャロンは左手で網を前に投げようとしたが、
「!?」
直後、突き出し始めたその左手に激痛が走った。
それが左手首を折られたことによるものだと気付いた瞬間、
「あぁぅっ!」
シャロンは絶望の色が混じった悲鳴を漏らした。
「……っ!」
同じ色の表情を雲水も浮かべていた。
このままだと間も無くシャロンは死ぬ。
もう少し時間を稼いでくれれば回復する。じかし今は打つ手が――
(! いや、)
ある! 一つだけ思いついた。腕くらいならもう動かせる。それで出来ることがある!
しかしやれるのか、『やっていいことなのか?』
雲水は迷った。
が、
「がはっ!」
直後に響いたシャロンの悲鳴に、雲水は突き動かされた。
刀を持つ腕を前に突き出す。
しかしその狙いはオレグでは無かった。
ゆえに、
「「!」」
オレグとシャロンは同時に目を見開いた。
オレグが驚いた理由は、雲水の狙いがシャロンの頭部だったからだ。
そしてシャロンが目を見開いた理由、それは声が響いたからだ。
“少し借りるわよ”と。
それは自分の声だった。
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