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最終章

第五十七話 最強の獣(4)

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 残った部下達の足が動き始める。
 それと入れ替わるようにリックの足が前に出始める。
 だが、相手はわずか一呼吸の間に五人をなぎ倒す男。
 そんな男からすれば、兵士達の後退速度は亀の如し。

「うぁっ!?」

 さらに一人が打ち倒される。
 その悲鳴が響いた後、ようやくリックの一撃目が、右拳が、

「疾ッ!」

 オレグの顔面に向かって走った。
 が、次の瞬間、

「ぐっ!」

 重なって響いた「二発の打撃音」と共に、リックの顔面が後ろに跳ねた。
 オレグが放ったのは一つの動作。左腕を伸ばした、それだけ。
 しかし響いた打撃音は二つ。
 甲を叩きつけて打ち払うと同時に、腕を伸ばして拳骨をリックの顔面にねじこんだのだ。
 言葉にすれば単純。しかし一連の動作が恐ろしく速い。音が重なって聞こえるほどに。
 衝撃にリックの脳が揺れ、視界が歪む。
 そして次の瞬間、そのゆらめく視界が大きく傾いた。

「!?」

 両足をもぎとるかのような右足払い。
 リックの足裏が地から離れ、その身が一瞬浮遊感に包まれる。
 オレグはその感覚を盗み感じ取りながら、狙いを合わせた。

(両手で支えて一瞬止まる。その時の頭の高さは――)

 このあたりか、と、オレグは膝の高さに照準を定めた。
 リックの体が崩れる動作に合わせて左拳を脇の下に引き絞る。
 そして予定通り、リックの両手が地に叩きつけられた瞬間、

「破ッ!」

 オレグは気勢と共に左拳を放った。
 が、

「!」

 次の瞬間、オレグの予想は外れた。
 というよりも、リックが見てから外した。
 リックはオレグが左拳を脇の下に構えたのを見逃さなかったのだ。
 そして下段に向けて放たれたその左拳のさらに下に潜るように、リックは両腕を脱力させて自ら地に伏した。
 こうなると背を丸めるか、腰を落とすかしないと拳が届かない。しかし腕がほとんど伸びきった後にそうしても威力が乗らないから意味が無い。
 ゆえにオレグは別の選択肢を選んだ。
 左手から防御魔法を展開し、倒れているリックに押し付ける。

「くぅっ!」

 仰向けになり、同じ防御魔法で受け止めるリック。
 一対一であれば窮地の状況。
 だが、今のリックには仲間がいた。
 兵士達が一斉に光弾を放つ。
 やむを得ず、リックから離れるオレグ。
 しかしその方向は後ろでは無く、兵士達のいる前。
 だからリックは直後に叫んだ。

「逃げろ!」

 その声に、迫るオレグの姿に、兵士達のつま先が後ろに向く。
 しかしその足が二歩進んだだけで、

「がっは!」

 早くも一人がやられた。

「「っ!」」

 そしてほとんど間を置かずにさらに二人が倒される。
 速度差が圧倒的すぎる。
 追いつかれる、そんな言葉が浮かんだ時にはもう追いつかれている。
 ゆえに、残った二人のうちの一人はその場に足を止め、迎え撃とうとしたが、

「ぐぅぇっ!」

 ほとんど何も出来ずに瞬殺された。
 その悲鳴が走り続けている兵士の背を撫で、冷や汗に変える。
 そしてその冷たい汗は直後に耳に届いたオレグの足音によって、怖気に変わった。

「……っ!」

 もうだめか、そんな言葉が兵士の脳裏に浮かんだ瞬間、

「雄雄ォッ!」

 オレグと兵士の間に、リックの気勢が割り込んだ。
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