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最終章

第五十六話 老骨、鋼が如く(12)

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 その声が響き終わった瞬間から、ザウルの方に傾いていた天秤は水平に戻り始めた。
 ザウルが狼牙を放つ。
 迎え撃つ雲水の型はこれまでと同じ突き。
 のように見えたが、

「?!」

 その軌道は直線では無かった。
 刃をしならせるように、小さく振りながら放たれた突き。
 先端で槍のようなザウルの指先を打ち払いながら、蛇を切り払う。
 まるで雲水の剣と腕が一本の大蛇になったかのような動き。
 それは我々の世界でいうところのフェンシングの動きに似ていた。
 雲水がその技を知っていたわけでは無い。
 腕に取り付けた虫が計算の末に導き出した答えであった。

「雄雄雄ォッ!」

 天秤を再びこちらに傾けなおそうと、ザウルが吼える。
 何度もぶつかり合うザウルの蛇と雲水の蛇。

「「蛇ッ!」」

 自然と気勢が重なる。
 その激しい応酬の中でザウルは気付いた。
 この「形無し」は防御技であると。
 先に手を出しているのが常に自分のほうだからだ。

 その推察は正解であった。
 シャロンとの戦いの中で見出した「無形(むけい)」を雲水は磨き続けてきた。
 その研鑽はやはり防御面に重きが置かれた。虫を強化し、対応力を上げたが、それでもやはり全体を統率する司令塔無しでは複雑な動作は困難であった。

 そしてその欠点にもザウルは気付き始めていた。
 雲水の体で動いている部分が腕ばかりだからだ。
 もしや、大きな動作は出来ないのでは? そう思えた。
 ならば地鳴らしで下段を同時に攻めてみるか? ザウルがそう考えた瞬間、

「!?」

 ザウルは再び驚いた。
 雲水の水面に見知らぬ女が写ったからだ。



 それはシャロンだった。
 そして気付けば雲水の手から糸が、地慣らしをしようと振り上げた己の足に向かって伸び始めていた。

「っ!」

 地慣らしと同時に、反射的に後ろに飛び退く。
 生まれた蛇が糸を切り裂き、さらに前進する。
 しかしそこに雲水の足は既に無かった。
 雲水は上。地を這う蛇を飛び越え、ザウルに飛び掛っていた。
 この攻めに、ザウルは身を低くして備えた。
 下から突き上げるように狼牙を叩き込む、そう考えて防御魔法を展開した。
 が、直後、

「な?!」

 ザウルは焦りを滲ませた声を上げた。
 雲水が空中で静止したからだ。そのように見えた。
 しかしそうではないことはすぐに分かった。
 刀を地面に突き刺して止まったのだ。
 そしてその刀身は眩く輝いていた。
 糸まで纏っている。
 焦りの原因はこれであった。
 そして次の瞬間、雲水はザウルが予想した通りの攻撃を放った。
 刀が天に向かって抜き放たれ、刃が三日月の軌跡を描く。
 その三日月は実体となって放たれた。
 糸を纏った飛ぶ斬撃。
 糸は直後にほどけ、そして網となった。
 そして三日月の軌道は地に水平では無かった。
 下向きに放たれたそれは、地面に激突して嵐となった。

「くぅっ!」

 用意しておいた狼牙で受け凌ぐ。
 その閃光と轟音の中で、ザウルは思った。
 なんてやつだ、と。
 突然別人になるなど、想像したことすら無い技だと。
 こいつの写しは相手の思考を読んで裏をかくためだけのものでは無いのだと。

「無形」の研鑽を重ねるうち、雲水は気付いたのだ。
 虫の対応力を上げる訓練を続けているうちに辿り着いたのだ。
 虫はいつでも集合、合体して大きな機能を持たせられる。
 そしてそれが擬似人格を形成出来るほどであれば、それは他人に化けられるということ。
 すなわち、それがシャロンが使っていた混沌の原点なのではないか、と。
 そしてその技は自分の「写し」と非常が相性が良いことにも気付いた。
 だから思った。これは水鏡流の技であると。
「無形」は独立した新たな流派、その奥義であると思っていた。
 しかしそうでは無かった。繋がっていた。
 だから雲水は、とらえどころの無いという意味の「無形」から、何にでも化けれるという意味の「形無し」へと名を改め、水鏡流の技の一列に加えたのだ。

 そうだ。結局同じなのだ。
 シャロンもアランも雲水も、最後に辿り着く頂上の景色は似ているのだ。
 純粋な強さだけが要求される命を賭した戦いがそうさせる。同じ道を歩ませるのだ。
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