上 下
534 / 586
最終章

第五十六話 老骨、鋼が如く(11)

しおりを挟む
「……っ!」

 痛みと共にザウルの心が軋む。
 自信があった選択肢の裏を突かれたからだ。
 どうすればいい? そんな言葉がザウルの心を埋め尽くす。
 何をやっても裏をかかれるのではないか、そんな風に思ってしまう。

(?! ……いや、まて?)

 瞬間、ザウルは気付いた。
 ならば、裏をかかれても問題無い攻めをすればいいのではないか、と。
 そして思い出した。
 戦いにおいて大事なことは自分の強みを上手く使うこと、言い換えれば相手よりも優れている部分を効果的にぶつけることである、と。
 ザウルはその思いを、

「雄ォっ!」

 直後に実践した。
 それはただの突進に見えた。
 狼牙を最も効果的にぶつけるには、やはり接近するしかないからだ。
 当然のように放たれた迎撃の三日月が迫る。
 ザウルの選択肢にもはや回避は無い。
 どうせよけられないのであれば、

(押し通る!)

 突破すればいいと考えたからだ。
 心の叫びと共に右腕の中で星を爆発させ、三日月に叩き付ける。
 この場面で一番大事なのは、この第一手だからだ。
 一撃目で三日月を砕きつつその勢いを殺す。
 そして溢れる蛇は、

「破ッ!」

 左手の狼牙で払う。
 左右の手出しがほぼ同時の、諸手突きに近い二連打。
 光魔法独特の甲高い炸裂音が、子蛇の悲鳴であるかのように響く。
 そして閃光の後にザウルの瞳に映ったのは次の三日月。
 一枚では無く、連射で放たれた小さな三枚のそれを、右、左、右と、狼牙で食い払う。
 雲水との距離が一気に詰まる。
 そしてあと二度の踏み込みで密着状態になる、その距離にザウルの足が達した瞬間、

「疾ッ!」

 雲水は気勢と共に踏み込んだ。
 狼牙の起点を潰すための突進。
 しかしこれをザウルは読んでいた。読むまでも無く分かっていた。
 そしてどうするかは今思いついた。
 ゆえに、

「!?」

 雲水の水面が揺れ、写っているザウルの姿が霞んだ。
 ザウルの心境に大きな変化が起きたことを感じ取ったからだ。
 そしてそれは直後に手の動きに表れた。
 ザウルの両手から防御魔法が生まれ始める。
 ここまでは同じ。
 しかしその成長はとても小さいまま止まった。
 だがこの短い形成時間であれば、雲水に起点を潰されること無く先に刺し貫ける。
 手刀の形に揃えられたザウルの右中指の先端がその小さな盾に触れる。
 瞬間、ザウルは思った。
 手刀よりももっと良い形があるのでは、と。
 力をより一点に収束させつつ、雲水の刃とのぶつかり合いにも強くなる形が。
 イメージが頭の中で絵になる前に、ザウルの手はそれを形作った。
 手を丸め細めるように、指を横一列の形から崩して中央に寄せる。
 同時に親指と小指を前に出し、先端を揃える。
 イメージは槍。または大きな一本の牙だ。
 指の先端から発せられる魔力が一点に収束する。
 その輝きが眩しいほどになった瞬間、ザウルはその手を捻りながら突き出した。
 指の先端が盾を貫き、数匹の蛇に変える。
 そしてその手は、小さな蛇を纏った回転する槍となって雲水の刃とぶつかりあった。

「っ!」

 直後、響いた金属音と手に伝わった衝撃に、雲水は目を細めた。
 予想通りの結果だったからだ。
 討ち負けた刃が一方的に弾かれたのだ。
 その瞬間、攻勢は決した。

「疾ィィッヤ!」

 それを感じ取ったザウルが気勢と共に次々と手を繰り出す。

「……っ!」

 下がりながらそれを受け凌ぐ雲水。
 だが、槍の一撃は受け流せても同時に飛んでくる蛇を全て払うのは難しい。
 小さな盾から生まれたものであるゆえに、その噛み傷はかすり傷のように小さく細かったが、

「でぇりゃりゃあああぁっ!」

 猛烈な連打が雲水の体に次々と新たな傷を蓄積させていく。
 その一撃一撃に込められた叫びが雲水の足を下がらせる。
 届け、押し通れ、穿て(うがて)、そんなザウルの声が雲水の水面を波立たせる。
 が、直後、

「!?」

 今度はザウルが驚きに心を揺らした。
 雲水の水面から自分の姿が完全に消えたからだ。
 そして同時に心の声が届いたからだ。

“水鏡流、形無し(かたなし)”と。 
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった

ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」  15歳の春。  念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。 「隊長とか面倒くさいんですけど」  S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは…… 「部下は美女揃いだぞ?」 「やらせていただきます!」  こうして俺は仕方なく隊長となった。  渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。  女騎士二人は17歳。  もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。   「あの……みんな年上なんですが」 「だが美人揃いだぞ?」 「がんばります!」  とは言ったものの。  俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?  と思っていた翌日の朝。  実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた! ★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。 ※2023年11月25日に書籍が発売しています!  イラストレーターはiltusa先生です! ※コミカライズも進行中!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...