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最終章

第五十六話 老骨、鋼が如く(11)

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「……っ!」

 痛みと共にザウルの心が軋む。
 自信があった選択肢の裏を突かれたからだ。
 どうすればいい? そんな言葉がザウルの心を埋め尽くす。
 何をやっても裏をかかれるのではないか、そんな風に思ってしまう。

(?! ……いや、まて?)

 瞬間、ザウルは気付いた。
 ならば、裏をかかれても問題無い攻めをすればいいのではないか、と。
 そして思い出した。
 戦いにおいて大事なことは自分の強みを上手く使うこと、言い換えれば相手よりも優れている部分を効果的にぶつけることである、と。
 ザウルはその思いを、

「雄ォっ!」

 直後に実践した。
 それはただの突進に見えた。
 狼牙を最も効果的にぶつけるには、やはり接近するしかないからだ。
 当然のように放たれた迎撃の三日月が迫る。
 ザウルの選択肢にもはや回避は無い。
 どうせよけられないのであれば、

(押し通る!)

 突破すればいいと考えたからだ。
 心の叫びと共に右腕の中で星を爆発させ、三日月に叩き付ける。
 この場面で一番大事なのは、この第一手だからだ。
 一撃目で三日月を砕きつつその勢いを殺す。
 そして溢れる蛇は、

「破ッ!」

 左手の狼牙で払う。
 左右の手出しがほぼ同時の、諸手突きに近い二連打。
 光魔法独特の甲高い炸裂音が、子蛇の悲鳴であるかのように響く。
 そして閃光の後にザウルの瞳に映ったのは次の三日月。
 一枚では無く、連射で放たれた小さな三枚のそれを、右、左、右と、狼牙で食い払う。
 雲水との距離が一気に詰まる。
 そしてあと二度の踏み込みで密着状態になる、その距離にザウルの足が達した瞬間、

「疾ッ!」

 雲水は気勢と共に踏み込んだ。
 狼牙の起点を潰すための突進。
 しかしこれをザウルは読んでいた。読むまでも無く分かっていた。
 そしてどうするかは今思いついた。
 ゆえに、

「!?」

 雲水の水面が揺れ、写っているザウルの姿が霞んだ。
 ザウルの心境に大きな変化が起きたことを感じ取ったからだ。
 そしてそれは直後に手の動きに表れた。
 ザウルの両手から防御魔法が生まれ始める。
 ここまでは同じ。
 しかしその成長はとても小さいまま止まった。
 だがこの短い形成時間であれば、雲水に起点を潰されること無く先に刺し貫ける。
 手刀の形に揃えられたザウルの右中指の先端がその小さな盾に触れる。
 瞬間、ザウルは思った。
 手刀よりももっと良い形があるのでは、と。
 力をより一点に収束させつつ、雲水の刃とのぶつかり合いにも強くなる形が。
 イメージが頭の中で絵になる前に、ザウルの手はそれを形作った。
 手を丸め細めるように、指を横一列の形から崩して中央に寄せる。
 同時に親指と小指を前に出し、先端を揃える。
 イメージは槍。または大きな一本の牙だ。
 指の先端から発せられる魔力が一点に収束する。
 その輝きが眩しいほどになった瞬間、ザウルはその手を捻りながら突き出した。
 指の先端が盾を貫き、数匹の蛇に変える。
 そしてその手は、小さな蛇を纏った回転する槍となって雲水の刃とぶつかりあった。

「っ!」

 直後、響いた金属音と手に伝わった衝撃に、雲水は目を細めた。
 予想通りの結果だったからだ。
 討ち負けた刃が一方的に弾かれたのだ。
 その瞬間、攻勢は決した。

「疾ィィッヤ!」

 それを感じ取ったザウルが気勢と共に次々と手を繰り出す。

「……っ!」

 下がりながらそれを受け凌ぐ雲水。
 だが、槍の一撃は受け流せても同時に飛んでくる蛇を全て払うのは難しい。
 小さな盾から生まれたものであるゆえに、その噛み傷はかすり傷のように小さく細かったが、

「でぇりゃりゃあああぁっ!」

 猛烈な連打が雲水の体に次々と新たな傷を蓄積させていく。
 その一撃一撃に込められた叫びが雲水の足を下がらせる。
 届け、押し通れ、穿て(うがて)、そんなザウルの声が雲水の水面を波立たせる。
 が、直後、

「!?」

 今度はザウルが驚きに心を揺らした。
 雲水の水面から自分の姿が完全に消えたからだ。
 そして同時に心の声が届いたからだ。

“水鏡流、形無し(かたなし)”と。 
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