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最終章

第五十六話 老骨、鋼が如く(10)

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   ◆◆◆

 一方、二人の戦いにも変化が起きた。
 建物は火に包まれ始めていた。
 外からは雲水の部下である忍者達とガストン達が共闘している音が聞こえてくる。
 優勢になり、手の空いたガストン達が建物に直接攻撃を加えているのだ。
 室内に煙が充満し始める。
 直後、その熱気と息苦しさを払うかのように、

「斬!」

 雲水が気勢と共に三日月を放った。
 それを避けようと左に跳ぶザウル。
 が、

「っ!?」

 生じた嵐はまるで意思を持っているかのように、ザウルの方に曲がり襲いかかってきた。
 用意しておいた狼牙で受ける。
 そして思った。

(またか!)

 と。
 何がまたなのか。
 それは嵐が曲がって追いかけてきたこと、すなわち回避先を読まれていることであった。
 完全に心を読まれている。
 自分の隠蔽技術はそれほど高くない。
 ゆえに読まれているのだと、ザウルはそう思っていたが、

「?!」

 直後、雲水の心を虫に覗かせた瞬間、その認識が間違いであることが明らかになった。



 それはどこまでも広がる水面だった。
 雲水の心にはそれしか無かった。
 鏡のような水面が空を映している。
 しかし映っているのは雲だけでは無かった。
 おぼろげな自分の姿が写っていた。

(これは……!)

 ザウルは気付いた。
 これは自分の心の写しだと。
 心の奥底まで写し取られたわけでは無い。
 これは戦闘に関わる部分だけを読み取って作り上げた擬似人格であると。

(だから……!)

 だから回避先を読まれるのだと。
 驚きに足を止めているザウルに対して雲水が三日月を放つ。

(どっちだ!)

 左か右か。
 左、左と、立て続けに回避して失敗した。
 ならば右?
 それともあえてもう一度左?
 ザウルの理性には分からなかった。
 ゆえにザウルは本能が提示した選択肢に従った。
 それは、

(下!)

 その場に仰向けに寝転がるように、後ろに倒れながら足を前に出して地面の上に滑り込む。
 地に水平に滑空する三日月がザウルの真上すれすれを通り抜けていく。
 そして三日月はザウルの鼻先をかすめた後、嵐になった。
 それは左に偏っていた。ゆえに、

(危なかった!)

 ザウルは安堵した。
 最初は左を選ぶつもりだったからだ。
 しかしこれで分かったことがあった。
 相手がこちらの癖を読んでいる、そのことに気付くだけでも意味があることを。
 それによってこちらの思考が変化し、選択肢に変化が生じるのだ。
 これまでは候補にも挙がらなかった突飛で奇抜な選択肢が選ばれるようになるのだ。

(よし!)

 やれる、ザウルはそう思ったのだが、

「!?」

 直後、雲水もまたそれに対応して変化を見せた。
 それは先よりもやや小さな三日月の三連射。
 それは対策が施された連携であった。
 回避における奇抜な選択肢は大体が「上」か「下」。
 ならばその回避先自体を先に潰しておけばいい。
 先頭を走る三日月が地面すれすれを走っており、そしてそのほぼ真後ろに「上」の選択肢を潰す三日月が滑空している。
 回避するならば左右のどちらかしか無い。
 そして最後に並んでいる三枚目の三日月で回避先に追い討ちする形に見えた。
 この問いに対し、

(ならば!)

 と、ザウルは叫んだ。
 そして選んだ答えは左右のどちらでも無かった。
 それは前。
 二枚の三日月を受け払う、それがザウルの選択。
 左の狼牙で低空の三日月を押しつぶし、続いて高めに飛来してきた三日月を右の狼牙で受け凌ぐ。
 三枚目は左右のどちらかに傾くはず、ザウルはそう思っていたが、

「!?」

 それは間違いだった。
 三枚目の嵐の軌道は左右のどちらでもない、正面。
 動かずに左右のどちらかを通り過ぎるのを待っていたザウルに襲い掛かる。

「ぐっ!」

 両手の狼牙を使い果たしていたがゆえに、ザウルはそれを手刀で受け払った。
 しかし爆心地が近すぎる。
 ザウルの体にさらに生傷が増える。
 しかしなぜ読まれたのか。
 それはザウルが「奇抜な選択肢に意識をとらわれすぎた」からであった。
 ゆえに奇抜な選択肢が選ばれる確率が大幅に上がったことを、雲水は読んでいたのだ。
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