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最終章

第五十六話 老骨、鋼が如く(9)

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   ◆◆◆

「……」

 一方、魔王は狂気に満ちた戦場を退屈そうな目で眺めていた。
 狂戦士達が塹壕陣地になだれ込み始めている。
 退屈なのは展開が予想通りだからでは無かった。
 自分の理想にほど遠いからだ。
 突撃することくらいしか脳の無い、不出来な軍隊だからだ。
 はっきり言って木偶の群れ。
 だから魔王はシャロンに、彼女に関する噂に心惹かれた。
「死霊使い」であるという噂。
 死体を乗っ取って生き返り、生を享受し続けているという噂。
 それが本当であれば、それはすなわち脳を自由にいじくり回せるということ。作り変えてしまえるということ。
 我よりもはるか高みに至っている技術。
 ゆえに欲した。
 だがその手がかりはいまや完全に途絶えた。

「……」

 魔王はそんなことをぼんやりと考えながら、ラルフの方に視線を移した。
 我に忠実な人形。
 だが、命をわけた分身と呼ぶには、はるか遠い。
 自分の技術では時間と手をかけてこの程度。
 いざという時、この人形は命を賭けて我を守ってくれるだろうか?
 我にはその賭けに乗る自信が無い。

「……」

 そこまで考えたところで、魔王の退屈は違う感情に塗りつぶされた。
 激しい嫉妬のような、焼け付くような感覚。
 魔王はその感覚から意識をそらすために、口を開いた。

「……前進するぞ」

 シャロンもルイスも魔王が思っているほどでは無い。乗っ取りには条件があり、しかも不安定なものだ。
 魔王は幻想に振り回されているのだ。己が産み出した呪いに苦しめられているのだ。

   ◆◆◆

「ふっ、くっくく……」

 そんな呪いに焼かれる魔王と、狂気に満ちた戦場に、ナチャは思わず笑みをこぼした。
 高みから見下ろすナチャにはすべてが滑稽に見えていた。
 そして同時に懐かしくもあった。
 なぜならこの戦場は、かつての神と人との戦いによく似ているからだ。
 人が神の奴隷であった時代。
 人が魂の技に抵抗力をもっていなかった時代。
 あの時の戦いもこんな感じだった。
 魂に抵抗力を有し始めた新人類と神が作り出した狂戦士のぶつかり合い。
 その戦いに勝利したルイス達は多数派となり、今の世に成った。
 強力な工場から得られる再生力と、防御に特化した技術を引き継いだ新人類。
 神と呼ばれるものにとってもその守りは強固であり、かつて猛威を振るった死神は惨めな存在と化した。

「くっく……ははは!」

 だから可笑しい。
 かつて忌み嫌い、禁忌として封印した技術なのに、それが今では嫉妬に狂うほどに欲しているのだから。
 もしこの世に世界を創り出した創造主なるものが本当にいるとしたら、そのものに拍手を贈りたい。
 弱肉強食、彼らが自然の摂理と呼んでいるルールが正しく機能しているゆえに、こうなったのだから。
 いくら忌み嫌おうとも、魂を使った技術が強いことには変わりない。使いこなせる方が有利になる。
 だから一周してこうなった。
 結局、強さを求め続ける以外に道は無いのだ。人が摂理の壁を打ち破るまでその道は続く。
 滑稽だ。そうとしか言いようが無い。

「ふ、くく……」

 そしてナチャは笑顔はそのままに、声をおさえながらアランの方に視線を移した。
 あの時は人類が勝った。自分もルイスに手を貸した。
 しかし今回は手を出すつもりは無い。
 アラン達が敗れ、その命を散らすことになっても問題無い。魂を確保する手はずは整えている。
 アランが生き延びてこの国を導くのも、この場で倒れるのも、どちらも良い。どっちの結末でも自分にとっては至高の芸術だ。
 ナチャはそんなことを考えながら、

「まあ、応援はしているよ、アラン」

 何の気休めにもならない言葉をアランに贈った。
 その応援する気持ちは本物であった。
 ゆえに、

「……」

 ナチャはふと思った。
 自分がどうしてそう思うのかを。無条件にアランを応援したくなる理由を。
 それはすぐに見つかった。
 だからナチャは直後に口を開いた。

「ああ、そうか。だから、僕はルイスと君のことが好きなんだ」

 ナチャにとって二人は似ていた。
 二人とも弱者として生まれ、摂理の中でもがいてきた。
 されど二人が手に入れた答えは少し違う。
 アランは摂理との付き合い方を、人間の社会のありようを変えようとしている。
 ルイスは違う。ルイスは摂理に真っ向から挑んでいる。
 だが、そのあがきは創造主の手の平の上で踊っているようにしか「まだ」見えない。
 今は「まだ」。
 ルイスはその長い生の果てに摂理の壁を打ち破るだろうか。

「……」

 いつしか、ナチャの顔から笑みが消えていた。
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