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最終章

第五十六話 老骨、鋼が如く(6)

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「ぬおォっ!」

 前にいる兵士が気勢をもって大盾で受ける。
 しかし大盾は直後に食い散らかされ、

「――ッ!」

 そのまま飲み込まれた兵士の気勢は声無き悲鳴に変わった。

「雄おおぉっ!」

 真後ろにいたゲオルクの気勢がその悲鳴を塗り潰すかのように響き渡る。
 しかしその気勢も防御魔法が砕けた音と共に消えた。
 光魔法の炸裂音が甲高い爆竹のように響き、ゲオルクの体が吹き飛ぶ。

「がはっ!」

 地に落ちた衝撃に、肺の中の空気が悲鳴となって押し出される。
 その痛みから、自分がまだ生きていることを理解したゲオルクは上半身を起こしながら反撃しようとしたが、

「?!」

 出来なかった。
 右腕の反応が無い。
 痛みしかない。
 理由はすぐに分かった。
 右腕が無くなっているからだ。
 防御魔法ごと食われたのだ。
 肘が赤い蛇口と化している。
 赤いのはそこだけでは無い。全身もだ。
 もはや赤く無いところを探すほうが難しい。

「「「将軍!」」」

 その惨状に、残りの側近達がかばうように駆けつける。

「来……?!」

 自分のことはいい、来るな、ゲオルクはそう叫ぼうとしたが、その言葉は形にはならなかった。
 ザウルが追撃してこないからだ。
 理由はすぐに分かった。
 ザウルは守っているのだ。あの中にあるものを。

(ならば、)

 ならばこの手は有効なはず、そう思ったゲオルクはそれを叫んだ。

「炎使い、奴を優先的に狙え!」

 その声に比較的手の空いていた二人が反応した。
 対峙している影から視線を外し、ザウルの方に向き直りながら赤い手を突き出す。
 先のザウルの一撃で左右の壁は崩れている。射線は簡単に通る。
 そして二人の手から放たれた炎が、左右斜め前からザウルに襲い掛かる。
 両手を広げ、左右に展開した防御魔法でこれを受ける。

「……っ!」

 盾の上を舐めるように滑り、回り込んだ炎から生じる熱気が容赦無くザウルの身を焦がす。
 そしてザウルは間も無く「両手から防御魔法を切り離して」後方に地を蹴った。
 それは炎から逃れるための行為では無いことは直後に明らかになった。
 心の声が響いたからだ。

 絶招狼牙(ぜっしょうろうが)、と。

 絶招とは単純に奥義のことを指すが、ザウルは「全力」という意味で使っていた。
 すなわち、最大威力の奥義。
 炎に押されてさがって来た二枚の防御魔法がザウルの目の前で重なる。
 既に高速で回転しており、端に粒子が寄っているゆえに、感知能力者には輪郭が輝いて見える。
 まるで金環月食のように。
 次の瞬間、ザウルはその見た目通りの名を叫んだ。

“重ね満月”と。

 同時に繰り出された右拳が二枚の盾を串刺す。
 そして放たれたのは先の倍ほどの規模の嵐。

「「「うああっ?!」」」

 兵士達の悲鳴と共に、ゲオルクの体が吹き飛ぶ。
 だが、ゲオルクはまたしてもすぐに上半身を起こした。
 治療してくれていた兵士に庇われたからだ。
 しかしなによりも、痛みを無視出来るほどの覚悟があることが大きい。
 ゲオルクはその鋼のような心で立ち上がった。
 治療は右腕の止血しか出来ていない。
 だがこれだけで十二分とでも言うかのように、ゲオルクは赤く染まった左手を前に突き出した。

「!」

 しかしその狙いはザウルだけでは無かった。
 伸びた赤い蛇がザウルごと前方を舐めるようになぎ払う。
 ザウルの背後に残っている木壁に火がつき、燃え広がっていく。
 猛烈な熱気が周辺を覆い始める。
 しかしガストンは手を止めず、赤い蛇を踊らせ続けた。
 感知するまでもなくその狙いは読めた。
 建物に火が燃え移るのを狙った攻撃だ。
 ザウルにはそれが分かっていたが、

「……っ」

 焦りに歯を軋ませた。
 火事が燃え広がっていることに対してでは無い。それは狼牙で吹き飛ばせる。建物に燃え移っても全損する前に建物ごと消し砕くことが出来る。
 焦りの原因は別のこと。
 時が迫っており、決断を迫られている。
 部下の働きに期待するか、それとも自ら動くか。
 その天秤は拮抗していたが、

「!? くっ!」

 直後にザウルを襲ったさらなる炎に、天秤は大きく傾いた。
 そしてザウルが選んだのは、

「疾ッ!」

 後者。
 防御魔法を展開しながら、赤い蛇を放つ炎使いに向かって突進。
 伝わる熱が容赦無くザウルの身を焦がす。
 しかしザウルはその痛みを意識から切り離しながら、右拳を突き出し、

「――ッ!」

 赤い蛇と、そして生じた悲鳴ごと、狼牙で切り裂いた。

「今だ!」

 ザウルが動いたことで入り口ががら空きになった、その隙にと別の兵士が走り始めたが、

「疾ッ!」

 そうはさせぬと、ザウルは両足の中で星を爆発させた。

   ◆◆◆

 悲鳴と気勢が飛び交うガストン達のその戦いを、建物の中から見つめている者がいた。

「……」

 何も言わず、ただ静かに横たわって見ていた。
 声を発することが出来ないからだ。
 それは生首であった。
 薄れる意識の中で、生首は思った。
 なんと不甲斐無きことか、と。
 敵に進入されたら火をつける、たったそれだけの仕事すらこなせなかった。

「……」

 悔しさから、自然と涙が浮かぶ。
 直後、揺れる涙の中に、なにか動くものが映り込んだ。
 それは自分の体だった。
 ぴくぴくと痙攣している。
 だからといって驚きは無い。このように動く死体など戦場で何度も見てきた。

「……」

 しかし、ふと思った。
 痙攣出来るということは、まだ動けるということ。
 だから願った。
 首なし胴が手を伸ばして炎を放つ、そんな奇跡が起きてくれれば、と。

「……」

 暗くなっていく視界の中、生首は何度も願った。
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