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最終章

第五十五話 逢魔の調べ(17)

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 星を爆発させて腕を動かし、輝く両手を地面に叩きつけて前転する。
 まるで筋力の無い老人や赤ちゃんがそうしたかのような、背筋と軌道が一致していない不格好な前転。
 だがそれでも、キーラはふらつきながらも、体勢を立て直した。
 しかしそこには、目の前には、

「ぅ雄雄ォッ!」

 アンナへの追撃はさせまいと、反転してきたレオンの姿があった。
 気勢と共に十文字槍がキーラの胸元目掛けて突き出される。
 馬の加速を乗せた一撃。叩き払うのは無理、身をそらしながら受け流すしかない。
 されどこの槍には枝刃がついている。左右に受け流そうとすればそれに切り裂かれる。
 ゆえに選択肢は下のみ。背をそらしながら刃を下から押し上げてやりすごす。
 そこまで瞬時に判断すると同時に、キーラはその通りに動き始めた。
 が、直後、

「!?」

 キーラは感じ取った。
 レオンが一撃に一工夫を加えようとしているのを。
 レオンの計算速度はそれほど速くない。キーラの回避行動に対応したわけでは無い。
 これはきまぐれとも呼べる、小さなひらめき。
 あえて理由をつけるならば、そうすれば威力が上がるような気がした、その程度のものであり、「なんとなくそうしたくなった」程度のもの。
 しかしその小さな光明は、この瞬間ではまさしく天啓であった。
 そして直後、レオンはキーラが感じ取った通りに、そのひらめきを実行した。
 手首を捻り、槍に回転を加える。
 地に水平だった十文字の刃が回り始める。

(マズ――避け――っ!)

 キーラは心の叫びを力に変えたが、既に手遅れだった。
 十文字槍の刃ちょうど縦になったところでキーラの胸に触れ、

「――ッ!」

 勢いのまま、首元まで赤い線を深く刻んでいった。
 胸骨をなぞられた感触。
 その感触は正解であることが、直後の出血量で証明された。
 心臓が脈打つと同時にあふれ出す。
 キーラは赤く染まり始めたその胸元に同じ色の手を当てながら後転し、姿勢を直立に戻した。
 傷口はまだまったく塞がっていない。
 胸元はもう炎の色が分からないほどに赤くなっている。
 キーラはその色を撒き散らしながら、包囲の外を目指して走り始めた。
 出血量が多すぎて上手く焼けない。
 凄まじい痛みと出血に目がかすむ。

「あアアァッ!」

 直後、キーラは奇声を上げた。
 それは薄れた意識に喝を入れるための雄叫び。
 出力を上げた炎の痛みに耐えるための気勢であり、悲鳴。

「アアアア亜阿ッ!」

 キーラはその叫びと共に最後の力を振り絞った。
 だがその力は誰に対しても向けられなかった。
 ただただ、包囲の外を、前方にある街を目指して駆ける。
 本能は猛る。力を尽くせと叫ぶ。
 その叫びの原動力は希望。街に入れば騎馬はその機動力を活かし辛くなる。
 しかし理性が述べる。このままでは回り込まれるだけだと。
 それは正しかった。反論の余地が無い、信頼度の高い予測だった。
 だが、キーラの心にはもう一つ希望があった。感じ取れていた。
 キーラはそれに賭けていた。

「「「ハイラッ!」」」

 背後から追ってくる騎兵達の気勢が背中に叩きつけられる。
 先回りしてきた騎兵達の姿が視界の両端に映る。
 ここまでなのか? そんな言葉が希望を押し流すように絶望と共に湧き上がった。
 そして心の天秤が影の方に傾き始めた瞬間、

「「「?!」」」

 騎兵達は全員同時に足を止めた。
 正確には馬が勝手に止まった。
 その原因は一つしか思いつかなかった。
 突然街のほうから鳴り響き始めた音楽だ。
 これが耳に届いた直後に馬は足を止めた。
 そして騎兵達は気付いた。

(((馬が……?)))

 怯えていることを。
 これまで命のやり取りを難無くこなしてきた愛馬達が、その足が震えていることを。
 そして同時に馬は困惑しているようであった。
 だから騎兵達は思い出した。

(((これが……!?)))

 情報としては知っていた。
 しかし一つ意外だったのは――

   ◆◆◆

「これが……!」

 直後、アランは騎兵達が抱いたものと同じ言葉を吐いた。
 情報としては知っていた。雲水から教えられていた。
 魔王軍は『特殊な楽器』を用いた大規模な精神汚染攻撃を仕掛けてくることを。
 しかし一つ意外だったのは、

「人間だけでなく、『馬』を直接狙った攻撃も出来るのか……!」

 ということであった。
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