518 / 586
最終章
第五十五話 逢魔の調べ(16)
しおりを挟む
手足に繋がった糸が輝き、流れ込んだ電流によって筋肉が伸縮する。
明らかに限界を超えた伸縮速度。
太ももの筋肉がねじれかけ、腕の筋肉がちぎれそうな悲鳴を上げる。
しかしいずれの痛みもキーラは無視した。
ただ速く、意識をその言葉だけで染め上げ、地を蹴る。
「「!」」
その速さに、バージルとケビンは身を強張らせた。
しかしその硬直は一瞬。
だが、その刹那の間にキーラは射程内にまで踏み込んだ。
これまでに見せた最高速度の倍は速い。
されど先頭のバージルはこの速さに反応した。
盾を展開して迎え討つ。
しかしその展開は今のキーラの踏み込みと比べると遅すぎた。
だがそれはキーラ自身も同じだった。
キーラの型は盾を広げながらの掌底打ち。
二つの未熟な盾がそのままぶつかり合う。
「「がっ?!」」
直後、バージルとケビンはほぼ同時に苦悶の声を上げた。
ぶつかり合いの軍配は速度を有していたキーラに上がった。
そのまま二人並んで吹き飛び、地面の上を派手に滑る。
感電しているゆえに受身は取れない。
キーラはバージルの盾を砕いた後、そのまま防御魔法を叩きつけながら網を広げたのだ。
即座に立ち上がることも出来ない。万事休す。
そう思えたのだが、
「「……?」」
キーラは吹き飛ばした二人を放置してそのまま駆け抜けていった。
瞬間、
「!」
ケビンはその理由に気付いた。
放置したのでは無い。追撃出来なかったのだと。
あの技はまだ未完成であると。
今の走り方がその証拠。
恐ろしく機械的。歩幅も歩調も常に一定。
恐らく、単純な動作しかまだ出来ないのだ。
そしてその単純動作すら時に失敗している。足を滑らせている。
さらに今のキーラの欠点はそれだけでは無い。
先の一撃に盾を選んだのがその証拠。
ケビンはそれを、
「将軍!」
キーラの進路上にいる、馬に乗り直して併走しているアンナとレオンに伝えた。
今のキーラの優先順位は包囲からの離脱。二人を狙ったわけでは無い。
しかし今のキーラには二人もなぎ倒せる自信があった。
二人とも背を向けて全力疾走しているが、それでも距離が瞬く間に詰まる。
アンナは既に指向性の爆発魔法を構えている。
しかし撃てない。直撃させられる気がしない。
ケビンの情報が正解ならば、回避動作も単純かつぎこちない可能性が高い。
だがそれでも左右どちらかに地を蹴りなおすだけで回避されるだろう。相手が速すぎる。指向性にしたのが間違いだ。細い扇形の範囲攻撃では捉えられない。爆発前に範囲から離脱される。
アンナはそう思ったのだが、
「!」
瞬間、アンナの心に光明が差した。
それはケビンが最後に伝えた「もう一つの欠点」に通じるものであった。
ゆえにアンナは即座にそのひらめきを心の声にしながら実行した。
(これでは捉えられないのであれば――)
言いながら、アンナは馬を減速させてキーラとの距離を自ら詰めた。
レオンを巻き込まないために。
そして接近戦が意識に入るほどに互いの距離が縮まった瞬間、アンナは馬を跳躍させながら爆発魔法を投げた。
しかしその軌道は斜め下。照準は地面。
扇形の衝撃波では捕まえられないのであれば、地面にぶつけて球状に反射させればいい、アンナはそれに気付いたのだ。
「!」
その狙いに気付いたキーラが目を見開く。
しかしもう遅い。爆破範囲からの離脱は間に合わない。今のキーラに急停止という選択肢は無い。
よって、キーラの選択は左に進路を傾けて、爆心地から出来るだけ逃げながらの盾。
そしてその爆破範囲には当然アンナ自身も含まれている。
ゆえに、
「「「――ッ!」」」
二人と馬は轟音の中で誰の耳にも届かない悲鳴を同時に漏らした。
衝撃波に押された馬体が滑空するように吹き飛び、成す術もなく地面に激突する。
直後、そこから少し離れた左側を、うつぶせで滑空するキーラが通り過ぎた。
爆心地の左側に回りこむように移動したがゆえに、キーラの体は大きく左側にあおられたのだ。
そしてその体には既に糸は無かった。
これがケビンが伝えたもう一つの欠点。
己の体を電気で焼きながら糸を皮膚に張り付かせるシャロンのそれとは違い、キーラの糸はまとわり付いているだけだ。体から浮いてしまっている。
ゆえに攻撃で簡単に引き裂ける。体をかすめるように当てるだけでいい。衝撃波ならばなお簡単だ。
それは手の平も同じ。だから攻撃の型が限られる。無難なものは盾くらいしかない。
そして散々無茶をさせた筋肉である。突然通常運転に戻れと言われても出来るわけが無い。既に痙攣(けいれん)を起こしている。
ゆえに、キーラは、
「ぐっ?!」
受身も取れずに顔面から地面に激突した。
鼻が折れてひしゃげた音が頭蓋の中に響き渡る。
首も少し痛めた感触。
しかしキーラは直後にその痛みに抗った。
明らかに限界を超えた伸縮速度。
太ももの筋肉がねじれかけ、腕の筋肉がちぎれそうな悲鳴を上げる。
しかしいずれの痛みもキーラは無視した。
ただ速く、意識をその言葉だけで染め上げ、地を蹴る。
「「!」」
その速さに、バージルとケビンは身を強張らせた。
しかしその硬直は一瞬。
だが、その刹那の間にキーラは射程内にまで踏み込んだ。
これまでに見せた最高速度の倍は速い。
されど先頭のバージルはこの速さに反応した。
盾を展開して迎え討つ。
しかしその展開は今のキーラの踏み込みと比べると遅すぎた。
だがそれはキーラ自身も同じだった。
キーラの型は盾を広げながらの掌底打ち。
二つの未熟な盾がそのままぶつかり合う。
「「がっ?!」」
直後、バージルとケビンはほぼ同時に苦悶の声を上げた。
ぶつかり合いの軍配は速度を有していたキーラに上がった。
そのまま二人並んで吹き飛び、地面の上を派手に滑る。
感電しているゆえに受身は取れない。
キーラはバージルの盾を砕いた後、そのまま防御魔法を叩きつけながら網を広げたのだ。
即座に立ち上がることも出来ない。万事休す。
そう思えたのだが、
「「……?」」
キーラは吹き飛ばした二人を放置してそのまま駆け抜けていった。
瞬間、
「!」
ケビンはその理由に気付いた。
放置したのでは無い。追撃出来なかったのだと。
あの技はまだ未完成であると。
今の走り方がその証拠。
恐ろしく機械的。歩幅も歩調も常に一定。
恐らく、単純な動作しかまだ出来ないのだ。
そしてその単純動作すら時に失敗している。足を滑らせている。
さらに今のキーラの欠点はそれだけでは無い。
先の一撃に盾を選んだのがその証拠。
ケビンはそれを、
「将軍!」
キーラの進路上にいる、馬に乗り直して併走しているアンナとレオンに伝えた。
今のキーラの優先順位は包囲からの離脱。二人を狙ったわけでは無い。
しかし今のキーラには二人もなぎ倒せる自信があった。
二人とも背を向けて全力疾走しているが、それでも距離が瞬く間に詰まる。
アンナは既に指向性の爆発魔法を構えている。
しかし撃てない。直撃させられる気がしない。
ケビンの情報が正解ならば、回避動作も単純かつぎこちない可能性が高い。
だがそれでも左右どちらかに地を蹴りなおすだけで回避されるだろう。相手が速すぎる。指向性にしたのが間違いだ。細い扇形の範囲攻撃では捉えられない。爆発前に範囲から離脱される。
アンナはそう思ったのだが、
「!」
瞬間、アンナの心に光明が差した。
それはケビンが最後に伝えた「もう一つの欠点」に通じるものであった。
ゆえにアンナは即座にそのひらめきを心の声にしながら実行した。
(これでは捉えられないのであれば――)
言いながら、アンナは馬を減速させてキーラとの距離を自ら詰めた。
レオンを巻き込まないために。
そして接近戦が意識に入るほどに互いの距離が縮まった瞬間、アンナは馬を跳躍させながら爆発魔法を投げた。
しかしその軌道は斜め下。照準は地面。
扇形の衝撃波では捕まえられないのであれば、地面にぶつけて球状に反射させればいい、アンナはそれに気付いたのだ。
「!」
その狙いに気付いたキーラが目を見開く。
しかしもう遅い。爆破範囲からの離脱は間に合わない。今のキーラに急停止という選択肢は無い。
よって、キーラの選択は左に進路を傾けて、爆心地から出来るだけ逃げながらの盾。
そしてその爆破範囲には当然アンナ自身も含まれている。
ゆえに、
「「「――ッ!」」」
二人と馬は轟音の中で誰の耳にも届かない悲鳴を同時に漏らした。
衝撃波に押された馬体が滑空するように吹き飛び、成す術もなく地面に激突する。
直後、そこから少し離れた左側を、うつぶせで滑空するキーラが通り過ぎた。
爆心地の左側に回りこむように移動したがゆえに、キーラの体は大きく左側にあおられたのだ。
そしてその体には既に糸は無かった。
これがケビンが伝えたもう一つの欠点。
己の体を電気で焼きながら糸を皮膚に張り付かせるシャロンのそれとは違い、キーラの糸はまとわり付いているだけだ。体から浮いてしまっている。
ゆえに攻撃で簡単に引き裂ける。体をかすめるように当てるだけでいい。衝撃波ならばなお簡単だ。
それは手の平も同じ。だから攻撃の型が限られる。無難なものは盾くらいしかない。
そして散々無茶をさせた筋肉である。突然通常運転に戻れと言われても出来るわけが無い。既に痙攣(けいれん)を起こしている。
ゆえに、キーラは、
「ぐっ?!」
受身も取れずに顔面から地面に激突した。
鼻が折れてひしゃげた音が頭蓋の中に響き渡る。
首も少し痛めた感触。
しかしキーラは直後にその痛みに抗った。
0
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説
赤貧令嬢の借金返済契約
夏菜しの
恋愛
大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。
いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。
クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。
王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。
彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。
それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。
赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。
【完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」
リーリエは喜んだ。
「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」
もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる