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最終章

第五十五話 逢魔の調べ(16)

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 手足に繋がった糸が輝き、流れ込んだ電流によって筋肉が伸縮する。
 明らかに限界を超えた伸縮速度。
 太ももの筋肉がねじれかけ、腕の筋肉がちぎれそうな悲鳴を上げる。
 しかしいずれの痛みもキーラは無視した。
 ただ速く、意識をその言葉だけで染め上げ、地を蹴る。

「「!」」

 その速さに、バージルとケビンは身を強張らせた。
 しかしその硬直は一瞬。
 だが、その刹那の間にキーラは射程内にまで踏み込んだ。
 これまでに見せた最高速度の倍は速い。
 されど先頭のバージルはこの速さに反応した。
 盾を展開して迎え討つ。
 しかしその展開は今のキーラの踏み込みと比べると遅すぎた。
 だがそれはキーラ自身も同じだった。
 キーラの型は盾を広げながらの掌底打ち。
 二つの未熟な盾がそのままぶつかり合う。

「「がっ?!」」

 直後、バージルとケビンはほぼ同時に苦悶の声を上げた。
 ぶつかり合いの軍配は速度を有していたキーラに上がった。
 そのまま二人並んで吹き飛び、地面の上を派手に滑る。
 感電しているゆえに受身は取れない。
 キーラはバージルの盾を砕いた後、そのまま防御魔法を叩きつけながら網を広げたのだ。
 即座に立ち上がることも出来ない。万事休す。
 そう思えたのだが、

「「……?」」

 キーラは吹き飛ばした二人を放置してそのまま駆け抜けていった。
 瞬間、

「!」

 ケビンはその理由に気付いた。
 放置したのでは無い。追撃出来なかったのだと。
 あの技はまだ未完成であると。
 今の走り方がその証拠。
 恐ろしく機械的。歩幅も歩調も常に一定。
 恐らく、単純な動作しかまだ出来ないのだ。
 そしてその単純動作すら時に失敗している。足を滑らせている。
 さらに今のキーラの欠点はそれだけでは無い。
 先の一撃に盾を選んだのがその証拠。
 ケビンはそれを、

「将軍!」

 キーラの進路上にいる、馬に乗り直して併走しているアンナとレオンに伝えた。
 今のキーラの優先順位は包囲からの離脱。二人を狙ったわけでは無い。
 しかし今のキーラには二人もなぎ倒せる自信があった。
 二人とも背を向けて全力疾走しているが、それでも距離が瞬く間に詰まる。
 アンナは既に指向性の爆発魔法を構えている。
 しかし撃てない。直撃させられる気がしない。
 ケビンの情報が正解ならば、回避動作も単純かつぎこちない可能性が高い。
 だがそれでも左右どちらかに地を蹴りなおすだけで回避されるだろう。相手が速すぎる。指向性にしたのが間違いだ。細い扇形の範囲攻撃では捉えられない。爆発前に範囲から離脱される。
 アンナはそう思ったのだが、

「!」

 瞬間、アンナの心に光明が差した。
 それはケビンが最後に伝えた「もう一つの欠点」に通じるものであった。
 ゆえにアンナは即座にそのひらめきを心の声にしながら実行した。

(これでは捉えられないのであれば――)

 言いながら、アンナは馬を減速させてキーラとの距離を自ら詰めた。
 レオンを巻き込まないために。
 そして接近戦が意識に入るほどに互いの距離が縮まった瞬間、アンナは馬を跳躍させながら爆発魔法を投げた。
 しかしその軌道は斜め下。照準は地面。
 扇形の衝撃波では捕まえられないのであれば、地面にぶつけて球状に反射させればいい、アンナはそれに気付いたのだ。

「!」

 その狙いに気付いたキーラが目を見開く。
 しかしもう遅い。爆破範囲からの離脱は間に合わない。今のキーラに急停止という選択肢は無い。
 よって、キーラの選択は左に進路を傾けて、爆心地から出来るだけ逃げながらの盾。
 そしてその爆破範囲には当然アンナ自身も含まれている。
 ゆえに、

「「「――ッ!」」」

 二人と馬は轟音の中で誰の耳にも届かない悲鳴を同時に漏らした。
 衝撃波に押された馬体が滑空するように吹き飛び、成す術もなく地面に激突する。
 直後、そこから少し離れた左側を、うつぶせで滑空するキーラが通り過ぎた。
 爆心地の左側に回りこむように移動したがゆえに、キーラの体は大きく左側にあおられたのだ。
 そしてその体には既に糸は無かった。
 これがケビンが伝えたもう一つの欠点。
 己の体を電気で焼きながら糸を皮膚に張り付かせるシャロンのそれとは違い、キーラの糸はまとわり付いているだけだ。体から浮いてしまっている。
 ゆえに攻撃で簡単に引き裂ける。体をかすめるように当てるだけでいい。衝撃波ならばなお簡単だ。
 それは手の平も同じ。だから攻撃の型が限られる。無難なものは盾くらいしかない。
 そして散々無茶をさせた筋肉である。突然通常運転に戻れと言われても出来るわけが無い。既に痙攣(けいれん)を起こしている。
 ゆえに、キーラは、

「ぐっ?!」

 受身も取れずに顔面から地面に激突した。
 鼻が折れてひしゃげた音が頭蓋の中に響き渡る。
 首も少し痛めた感触。
 しかしキーラは直後にその痛みに抗った。
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