Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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最終章

第五十五話 逢魔の調べ(10)

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「シッ!」

 その気勢を冷気の傘をかぶったキーラの貫手が迎え撃つ。
 先と同じくぶつかりあう傘と髪、爪と刃。
 しかしキーラの意識の線は先と違うものに、馬体に向いていた。

「――ッ!」

 直後、馬が再び叫び声を上げた。
 気勢では無い。明らかな痛みによる声。
 再びの交錯でキーラは馬の腹を蹴っていた。

 キーラは見抜いていた。この馬はもう長くは走れないことを。
 先の爆発を利用した曲芸は所詮一時しのぎであることを。
 石の破片がいくつもその腹に突き刺さっていた。一部は内臓深くに達していた。
 そしてキーラの蹴りによって、それは致命傷に変化していた。

 もはや少しを地を蹴るだけですれ違ったアンナの背が一気に近づく。
 力強かった蹄の音は正しいリズムを刻めていない。

「アンナ様!」

 駆けてきているアンナの親衛隊達の声と共に、八方から光弾が飛び交う。
 しかし今のキーラに対しては時間稼ぎにすらならず。
 キーラは緩慢な時間の中でゆるりゆるりと光弾を避けながら、再び紫電の糸を練った。
 迎撃を回避するために足回りを強めた設計で編み上げる。
 代わりに爆弾が小さくなってしまうが、あれを転ばせるのにもはや威力はいらない。
 キーラはその思考をあえて筒抜けにしながら、二匹目の子豹を放った。
 即座にアンナが振り向きながら迎撃の赤髪を振り放つ。
 しかしその表情に希望の色は薄い。
 これは止め難い、それがアンナにも計算出来てしまっていたからだ。
 そして子豹はアンナが予想した通りの、キーラが言った通りの動きを見せた。
 左右への俊敏な足運びで髪と光弾を避ける。
 活動力を供給している本体との手綱は焼き切れたが、その時にはもう意味が無いほどに接近されていた。
 マズい、そんな思いがアンナの顔に濃く浮き上がる。
 瞬間、

「!」

 アンナの顔はまったく違う色に染め替えられた。

 感知が使えるようになってから、アンナは知ったことがあった。
 馬と共感出来ることがあることを。
 それは方向感覚など、生物の生存能力に直結する基本機能であった。
 馬は長く人間と共生しているからだろうか、とアンナは思った。
 その予想は一部正解であった。
 人間と共生していなくとも、人と共感出来る動物は数多く存在する。
 進化の過程で同じ設計図を使うようになった部分があるのだ。
 当然、人間との繋がりが深いもののほうが、共生関係が長く続いているほうがその共有部分は多い。
 しかしそれはあくまでも生物としての基本機能の部分にとどまると、アンナは思っていた。
 視界の共有や、方向の指示が迅速になった以外では、今日のエサは美味いかどうかなど、表情から読み取れるものと大差無いものばかりだったからだ。
 所詮そこまでだとアンナは思っていた。複雑な部分、理性などの意識や思考に関する部分は繋がらないと思っていた。

 だから驚いた。
 アンナは確かに感じ取った。馬の意識を。
 そしてその内容が、とても心を打つものだったからなおさらであった。

「――ッ!」

 そして馬は再び甲高く吼えた。
 それはアンナには別れの言葉に聞こえた。
 そして直後、馬はアンナが感じたとおりに動いた。
 地面に顔から突っ込むように前足を折り曲げながら頭を下げる。
 同時に逆立ちするかのように腰を上げながら後ろ足で地を蹴る。
 馬はそうして、主であるアンナを背中から前に放り投げた。
 馬はちゃんと狙っていた。
 アンナと合流するために駆けつけてきたレオンに向かって。
 そしてレオンは馬のその願いに応えた。
 飛んで来たアンナの体をしっかりと抱き受け、己の後ろに乗せる。
 そしてようやく現実感を取り戻したアンナはぽつりと呟いた。

「ごめんなさい……」

 その言葉には二つの思いが含まれていた。
 一つは馬に対してのもの。
 もう一つは、加勢に来たつもりが逆に助けられることになってしまった、という謝罪の念。
 その思いを受け取ったレオンは即座に言葉を返した。

「何を言う! おかげで私は助かった!」

 それは奇しくも、いや、当然と言うべきか、カイルがバージルに対して言ったのと同じものであった。
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