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最終章

第五十五話 逢魔の調べ(9)

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 しかしその大蛇は直後に火の粉と共に絶命した。
 三日月がその腹を割いて飛び出す。
 そして地面とぶつかり、小さな赤蛇の群れに生まれ変わる。

「っ!」

 レオンへ向かう速度は維持したまま、アンナから離れるように走りつつそれを受け流すキーラ。
 その背へアンナが追撃をかける。
 返す刃で放つは同じ赤。
 しかしそれは先とは少し趣(おもむき)が異なっていた。
 剣先から伸びた大蛇は先とは違うものに生まれ変わった。
 まるで束ねた長髪をほどくかのように。細く、そして数え切れないほどに。
 これを迎え討つは電撃の網。
 振り乱した赤髪と紫電を纏った網がぶつかり合い、絡み合う。

「!?」

 瞬間、キーラはこれまでに無い現象を見た。
 電撃魔法の糸が細かく分裂し、火の粉と共に崩れ去ったのを。
 まるで溶けたような――そんな言葉がキーラの心に浮かび上がる。
 そして網を食い破って迫る髪束に対し、キーラは冷たい傘を広げた。

「っ?!」

 直後、キーラはまたしてもかつてない経験をした。
 自分の冷却魔法が競り負けたのだ。
 そして生じた熱波、それは衝撃波のようであった。
 だが、肌を打つ熱気に目を細めながらも、キーラは活路を見出していた。
 この糸は爆発するように燃えるが、そのぶん持続力がまったく無いことを。
 その理解が勇気となり、キーラのつま先の向きを変えさせる。

(接触さえしなければ……!)

 触れなければ軽い火傷ですむ、その確信を抱きながらキーラはアンナに向かって踏み込んだ。
 網を投げながら迫るキーラに対し、アンナが再び赤髪を振り乱す。
 絡み合い、互いに蒸発する二つの糸。
 そしてキーラは残り髪を冷却魔法の盾で防ぎながら、馬上にいるアンナに向かって跳躍した。

「!」

 突破される、その確信を抱いたアンナは即座に振り上げた長剣を袈裟に切り返した。
 瞬間、それを感じ取ったキーラは目標をアンナ本体から長剣に切り替えた。
 冷たい傘をかぶった爪と、アンナの刃がぶつかり合う。

「っ!?」

 直後、アンナの視界が派手に揺れた。
 それは爪によるものでは無かった。
 同時に放たれた電撃魔法の糸に馬がやられたのだ。
 アンナの視界が大きく右に傾き始める。
 倒れる、そんな言葉がアンナの脳裏に浮かび始めたが、本能はそれよりも先に対処すべきものがあると、その言葉を沈めた。
 そして代わりに浮かんだ言葉は「蹴られる」という警告。
 目の前ですれ違いつつあるキーラがその身を鋭く回転させている。
 キーラはその勢いを乗せて、

「疾ッ!」

 輝く回し蹴りを繰り出した。
 これに対し、アンナの意識は自身の左手に向いた。
 反射的に腰にある刀の柄を握り締めていた。
 しかし抜刀は間に合わない。
 が、

(これなら――)

 間に合う、そんな思いと同時にアンナは柄を握り閉めたまま左手を前に突き出した。
 前に繰り出された柄の底がキーラの輝く足裏とぶつかり合う。

「「っ!?」」

 瞬間、二人同じ色に顔を染めた。
 キーラは意外な防御への驚き。
 対するアンナはさらに姿勢が崩れたことへの焦りであった。
 ゆえにアンナは即座に長剣を倒れる側に振り下ろし、地面に突き立てて五本目の足とした。

(堪えて!)

 アンナの心の叫びに馬が応えようとする。
 が、

「!?」

 それは間に合わないという事実を、アンナは背後から迫る脅威から確信した。
 それは、馬への攻撃のついでに編まれた豹であった。
 倒れる馬体に「自ら挟み込まれに来る」かのように突っ込んできている。
 街中で見せたものよりも小柄で、子豹と呼べる大きさであったが、アンナはその赤みの意味を即座に感じ取った。
 目の前で爆発するつもりだ。

「!」

 瞬間、ひらめいたアンナは輝く左手を突き出した。
 輝く盾がアンナの視界を埋め尽くす。
 そして直後、その光の壁のすぐ向こう側で、子豹は弾けた。

「――ッ!」

 炸裂音と同時に甲高い馬の悲鳴が響き渡る。
 しかしそれは絶命の声では無かった。
 感知のある者は、特に騎兵はその声の意味を感じ取れた。
 それは気勢。力を振り絞って生まれた雄叫びであることを。
 アンナは爆発を利用したのだ。衝撃を逆に支えに利用したのだ。
 それを馬も感じ取ったのだ。ゆえの雄叫び。
 そして馬はその気勢をさらに大きく響かせながら、

「ハイラッ!」

 猛る主と共に土煙の中から飛び出した。
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