上 下
511 / 586
最終章

第五十五話 逢魔の調べ(9)

しおりを挟む
 しかしその大蛇は直後に火の粉と共に絶命した。
 三日月がその腹を割いて飛び出す。
 そして地面とぶつかり、小さな赤蛇の群れに生まれ変わる。

「っ!」

 レオンへ向かう速度は維持したまま、アンナから離れるように走りつつそれを受け流すキーラ。
 その背へアンナが追撃をかける。
 返す刃で放つは同じ赤。
 しかしそれは先とは少し趣(おもむき)が異なっていた。
 剣先から伸びた大蛇は先とは違うものに生まれ変わった。
 まるで束ねた長髪をほどくかのように。細く、そして数え切れないほどに。
 これを迎え討つは電撃の網。
 振り乱した赤髪と紫電を纏った網がぶつかり合い、絡み合う。

「!?」

 瞬間、キーラはこれまでに無い現象を見た。
 電撃魔法の糸が細かく分裂し、火の粉と共に崩れ去ったのを。
 まるで溶けたような――そんな言葉がキーラの心に浮かび上がる。
 そして網を食い破って迫る髪束に対し、キーラは冷たい傘を広げた。

「っ?!」

 直後、キーラはまたしてもかつてない経験をした。
 自分の冷却魔法が競り負けたのだ。
 そして生じた熱波、それは衝撃波のようであった。
 だが、肌を打つ熱気に目を細めながらも、キーラは活路を見出していた。
 この糸は爆発するように燃えるが、そのぶん持続力がまったく無いことを。
 その理解が勇気となり、キーラのつま先の向きを変えさせる。

(接触さえしなければ……!)

 触れなければ軽い火傷ですむ、その確信を抱きながらキーラはアンナに向かって踏み込んだ。
 網を投げながら迫るキーラに対し、アンナが再び赤髪を振り乱す。
 絡み合い、互いに蒸発する二つの糸。
 そしてキーラは残り髪を冷却魔法の盾で防ぎながら、馬上にいるアンナに向かって跳躍した。

「!」

 突破される、その確信を抱いたアンナは即座に振り上げた長剣を袈裟に切り返した。
 瞬間、それを感じ取ったキーラは目標をアンナ本体から長剣に切り替えた。
 冷たい傘をかぶった爪と、アンナの刃がぶつかり合う。

「っ!?」

 直後、アンナの視界が派手に揺れた。
 それは爪によるものでは無かった。
 同時に放たれた電撃魔法の糸に馬がやられたのだ。
 アンナの視界が大きく右に傾き始める。
 倒れる、そんな言葉がアンナの脳裏に浮かび始めたが、本能はそれよりも先に対処すべきものがあると、その言葉を沈めた。
 そして代わりに浮かんだ言葉は「蹴られる」という警告。
 目の前ですれ違いつつあるキーラがその身を鋭く回転させている。
 キーラはその勢いを乗せて、

「疾ッ!」

 輝く回し蹴りを繰り出した。
 これに対し、アンナの意識は自身の左手に向いた。
 反射的に腰にある刀の柄を握り締めていた。
 しかし抜刀は間に合わない。
 が、

(これなら――)

 間に合う、そんな思いと同時にアンナは柄を握り閉めたまま左手を前に突き出した。
 前に繰り出された柄の底がキーラの輝く足裏とぶつかり合う。

「「っ!?」」

 瞬間、二人同じ色に顔を染めた。
 キーラは意外な防御への驚き。
 対するアンナはさらに姿勢が崩れたことへの焦りであった。
 ゆえにアンナは即座に長剣を倒れる側に振り下ろし、地面に突き立てて五本目の足とした。

(堪えて!)

 アンナの心の叫びに馬が応えようとする。
 が、

「!?」

 それは間に合わないという事実を、アンナは背後から迫る脅威から確信した。
 それは、馬への攻撃のついでに編まれた豹であった。
 倒れる馬体に「自ら挟み込まれに来る」かのように突っ込んできている。
 街中で見せたものよりも小柄で、子豹と呼べる大きさであったが、アンナはその赤みの意味を即座に感じ取った。
 目の前で爆発するつもりだ。

「!」

 瞬間、ひらめいたアンナは輝く左手を突き出した。
 輝く盾がアンナの視界を埋め尽くす。
 そして直後、その光の壁のすぐ向こう側で、子豹は弾けた。

「――ッ!」

 炸裂音と同時に甲高い馬の悲鳴が響き渡る。
 しかしそれは絶命の声では無かった。
 感知のある者は、特に騎兵はその声の意味を感じ取れた。
 それは気勢。力を振り絞って生まれた雄叫びであることを。
 アンナは爆発を利用したのだ。衝撃を逆に支えに利用したのだ。
 それを馬も感じ取ったのだ。ゆえの雄叫び。
 そして馬はその気勢をさらに大きく響かせながら、

「ハイラッ!」

 猛る主と共に土煙の中から飛び出した。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...