上 下
508 / 586
最終章

第五十五話 逢魔の調べ(6)

しおりを挟む
 防御魔法が破れ、爆発の衝撃が影達の体を打っていたが、影達は意にも介していなかった。
 その波を乱さんと、騎兵達が間を置かずに次々と攻め立てる。
 突き、なぎ払い、振り上げ、様々な型が濁流のように、そして時に同時に襲い掛かる。
 それらを必死に受ける。
 肩の肉が削られ、骨にヒビが入りながらも、致命傷を避け続ける。
 そしてその前列の負傷に対し後列が前へ入れ替わる。自発的に死線である前列に立つ。
 もはや誰も死に対して弱い感情を抱いていない。

「雄雄ォッ!」

 自然と影の誰かの口から雄たけびが漏れる。
 その気勢ごとねじ伏せんと、騎兵がランスを振るう。

「!」

 その一撃に前列右端の影の姿勢が崩れる。
 騎兵の突進に対して後退を続けて被害を抑えている状態。少しでも遅れれば死は免れない。
 だが、影は「誰か」とも声を上げなかった。
 影はやはり達観していた。
 何も言わなくても誰かが自発的に動く、助けてくれなくてもそれはしょうがない、足手まといになるくらいならば、そんな感情を抱いていた。
 直後、そんな声無き思いに中心のキーラと左隣の影が応えた。
 キーラが襟首を後ろから掴み、遅れないように引き込みながら、左の影が後ろに傾いた腰を片手で持ち上げて態勢を立て直させる。
 しかしそこへ、離れたところから放たれた数発の光弾の横槍が入った。
 別の影が防御魔法でそれを受ける。
 瞬間、全員の心に緊張が走った。
 これまでに無かった横槍が入った意味を理解したからだ。
 それは徐々に攻撃が苛烈になっている事実と繋がった。
 もう本当にこの場には我々しかいなかった。キーラの感知がその残酷な答えを示した。
 しかしそれでも影達の波紋に乱れは無かった。
 が、直後、

「「全隊、繚乱陣形!」」

 アンナとレオンが同時に発したその号令を聞いた瞬間、キーラの心に初めて濃い影が差した。
 その陣の内容を誰よりも早く読み取れたからだ。
 繚乱陣形、それは繚乱の言葉通り、全ての騎兵が自由に入り乱れる動き方を指す。
 それはかつてアンナがレオンに見せた、虫の群れのようなあの動き。
 だからキーラは焦った。
 ここにきてさらに交差攻撃が加わるのか、と。
 その焦りはキーラ達の目の前で形になった。
 騎兵達が隊列を解き、その動きから規則性を消す。
 あるのはただ一つ、互いにぶつかるな、それだけ。

「挟まれます!」

 前後から同時に来ると影が叫ぶ。
 相対速度の減少による防御は使えない。左右のどちらかに逃げるしかない。
 これにキーラは「右」を選択。
 それを感じ取った右方の騎兵が回りこみを開始。
 その動きに対してキーラは退路を変更。
 それに別の騎兵が対応する。
 キーラ達の退路が次々と消えていく。

「くっ!」

 やむを得ない、そんな思いでキーラが貴重な爆発魔法を投擲。
 影達が光弾でそれに続く。
 しかし隊列に突破口が、穴が生じない。時間稼ぎにしかならない。
 そして包囲はあっという間に縮まり――

「ぐぇっ!」「ぁがっ!」

 遂に一番槍が入った。
 なぎ払いがキーラの右隣にいる二人を吹き飛ばす。

「げっはっ!」

 間髪入れずに左から振り上げ。

「うぇっ!?」

 そして後ろから突き。
 完全に一方的。
 巣から池に落ちてしまった幼鳥にピラニアが群がるかのように。
 食い散らかされるように影達の命が散っていく。
 そして人数はキーラを含めて三人に。
 もはや集合防御の意味が薄い。
 ゆえに、影の二人は同時に声を上げた。

「隊長!」「お先に!」

 強い戦士に後を託します、そんな思いを込めて。

「「ぅ雄雄っ!」」

 そして二人はキーラから離れて突撃し、

「ぐっ!」「うっ!」

 瞬く間にその命を散らした。
 その二つのうちの一方をなぎ払った一騎が、そのままキーラに突撃する。
 直後、

「!」

 騎兵は驚いた。
 キーラが自ら突進してきたからだ。

 キーラにとって実力差の離れた仲間の存在は枷でもあった。
 集合防御の要を担っていたゆえに、その実力が封じられていた。
 そして遂にその封印が解かれたキーラは、その力を見せ始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで

雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。  ※王国は滅びます。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...