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最終章
第五十五話 逢魔の調べ(4)
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そして直後にキーラが出した指示は、
「跳べ!」
さらに密集しつつの斜め後方への跳躍であった。
団子状になりながら、迫る騎兵達から離れるように地を蹴る。
やはり時間稼ぎのためであったが、目的はもう一つあった。
それは騎馬との速度差を減らすこと。
併走するように、すなわち相手との相対速度を零(ゼロ)に近づければ重量差による被害は大幅に軽減されるからだ。
その考えは即座に本番に移された。
先頭の突撃を斜めへの跳躍で回避した直後、その移動先に待ち受けていた二騎目がランスを振るう。
団子状にかたまった集団をまとめてなぎ払うように。
棒立ちで受ければそうなっていたであろう。
しかし今回は違った。
「!」
これまでとは違う金属音に騎兵は目を見開いた。
最前列の影達が展開した協力魔法の盾がランスを弾き返す。
そしてその衝撃に騎手が馬上でひるんだのをキーラは見逃さなかった。
騎馬の方がまだまだ速いとはいえ、併走に近い今の状態ならば追撃は容易。
「うっ!?」
よろめいている騎手の胸部に光弾が炸裂。
同時に馬を炎であぶる。
「――ッ!」
馬特有の悲鳴が響き渡り、その巨体が崩れる。
そして重い音と共に馬と騎手が地面の上を滑り転がり始めた直後、
「ハイラァッ!」
次の騎兵がその障害物を飛び越えながらキーラ達に押し迫った。
突き出されたランスの先端から白い傘が開く。
これを前列の影達は同じ傘で迎え撃った。
双方の盾がぶつかり合い、ランスの先端が「ずぶり」と影達のそれに食い込む。
瞬間、騎手の声が影達の心に響いた。
“このまま押し破る”と。
そうなることは影達にも分かっていた。こんな重い落下物を受け止められるわけがないことは。
しかし彼らが止めようとしているのは馬でも槍でも無かった。
ランスの先端が影達の盾の中に完全に埋まる。
影達はこの瞬間を、相手の傘が閉じるこの時を待っていた。
しかしそれは刹那の間。ランスの先端から溢れる魔力が、中から引き裂いて再び開くまでまばたきほどの時間しかない。
されど、集合による高速演算の加護を受けていた前列両脇の二つの影は、その奇跡のような仕事を成した。
「!」
直後、ランスに追加された二人分の重みに、騎手は姿勢を崩した。
しがみつかれた二人に引き込まれている、この綱引きには勝てない、そう判断した騎手は即座に手を放したが既に手遅れだった。
「ぐがっ!」
上半身から落ち、地の上を一転する。
そして残された馬の突進を左右に別れて回避していたキーラ達は、転がるそれを追い抜きながら合流しようとした。
瞬間、
「「「ハイララララァッ!」」」
奴等を狩るのは我ぞ、そんな思いが混じった数え切れないほどの気勢が洪水のようにキーラ達を包みこんだ。
隊長首、獲って(とって)名を上げる、そんな声がキーラ達の心の水面に叩きつけられた。
「「「……」」」
しかし誰の水面にも波紋は立たなかった。
全員の瞳に迫る地獄が、騎馬の群れが映っている。
しかしもはや誰の心にも恐怖は無かった。
この死地の中でキーラ達の集合防御は一つの理想の域に達していた。
影達は皆、既に機械の域に達していた。
生き残ることだけを考えるだけの存在になっていた。
影達は気付いたのだ。恐れる暇があったら考えたほうがマシだと。
それでも怖いのであればそんな感情など捨ててしまえばいいと思いついたのだ。
そしてそんな機械の集まりの中で、唯一理性と本能の機能を残しているリーザは輝く左手を迫る騎馬隊に向かって放った。
「跳べ!」
さらに密集しつつの斜め後方への跳躍であった。
団子状になりながら、迫る騎兵達から離れるように地を蹴る。
やはり時間稼ぎのためであったが、目的はもう一つあった。
それは騎馬との速度差を減らすこと。
併走するように、すなわち相手との相対速度を零(ゼロ)に近づければ重量差による被害は大幅に軽減されるからだ。
その考えは即座に本番に移された。
先頭の突撃を斜めへの跳躍で回避した直後、その移動先に待ち受けていた二騎目がランスを振るう。
団子状にかたまった集団をまとめてなぎ払うように。
棒立ちで受ければそうなっていたであろう。
しかし今回は違った。
「!」
これまでとは違う金属音に騎兵は目を見開いた。
最前列の影達が展開した協力魔法の盾がランスを弾き返す。
そしてその衝撃に騎手が馬上でひるんだのをキーラは見逃さなかった。
騎馬の方がまだまだ速いとはいえ、併走に近い今の状態ならば追撃は容易。
「うっ!?」
よろめいている騎手の胸部に光弾が炸裂。
同時に馬を炎であぶる。
「――ッ!」
馬特有の悲鳴が響き渡り、その巨体が崩れる。
そして重い音と共に馬と騎手が地面の上を滑り転がり始めた直後、
「ハイラァッ!」
次の騎兵がその障害物を飛び越えながらキーラ達に押し迫った。
突き出されたランスの先端から白い傘が開く。
これを前列の影達は同じ傘で迎え撃った。
双方の盾がぶつかり合い、ランスの先端が「ずぶり」と影達のそれに食い込む。
瞬間、騎手の声が影達の心に響いた。
“このまま押し破る”と。
そうなることは影達にも分かっていた。こんな重い落下物を受け止められるわけがないことは。
しかし彼らが止めようとしているのは馬でも槍でも無かった。
ランスの先端が影達の盾の中に完全に埋まる。
影達はこの瞬間を、相手の傘が閉じるこの時を待っていた。
しかしそれは刹那の間。ランスの先端から溢れる魔力が、中から引き裂いて再び開くまでまばたきほどの時間しかない。
されど、集合による高速演算の加護を受けていた前列両脇の二つの影は、その奇跡のような仕事を成した。
「!」
直後、ランスに追加された二人分の重みに、騎手は姿勢を崩した。
しがみつかれた二人に引き込まれている、この綱引きには勝てない、そう判断した騎手は即座に手を放したが既に手遅れだった。
「ぐがっ!」
上半身から落ち、地の上を一転する。
そして残された馬の突進を左右に別れて回避していたキーラ達は、転がるそれを追い抜きながら合流しようとした。
瞬間、
「「「ハイララララァッ!」」」
奴等を狩るのは我ぞ、そんな思いが混じった数え切れないほどの気勢が洪水のようにキーラ達を包みこんだ。
隊長首、獲って(とって)名を上げる、そんな声がキーラ達の心の水面に叩きつけられた。
「「「……」」」
しかし誰の水面にも波紋は立たなかった。
全員の瞳に迫る地獄が、騎馬の群れが映っている。
しかしもはや誰の心にも恐怖は無かった。
この死地の中でキーラ達の集合防御は一つの理想の域に達していた。
影達は皆、既に機械の域に達していた。
生き残ることだけを考えるだけの存在になっていた。
影達は気付いたのだ。恐れる暇があったら考えたほうがマシだと。
それでも怖いのであればそんな感情など捨ててしまえばいいと思いついたのだ。
そしてそんな機械の集まりの中で、唯一理性と本能の機能を残しているリーザは輝く左手を迫る騎馬隊に向かって放った。
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