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最終章

第五十四話 魔王上陸(3)

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 アランはすぐさまその違和感の正体を確かめるために、適当なところに光弾を軽く投げた。
 当然、光弾はなるがままに霧散する。
 それを見たアランは「やはり」と思った。同時に「しかしなぜだ」とも思った。
 霧散するときは音が小さいのだ。
 つまり反応速度が遅いのだ。光弾はゆっくりと分裂していっている。
 バージルの盾が衝撃波を受けた時は違う。激しい炸裂音がはっきりと聞こえた。
 光弾が霧散するのも、衝撃波と反応するのも同じ現象のはずだ。
 なのに、同じ空気に触れているだけなのに、反応速度が違う。

 その答えは、衝撃波が高いエネルギーを持っているからだ。
 そのエネルギーを受けている空気にも変化が起きている。
 一部の物質が光粒子との親和性を有するのだ。つまり繋がりやすくなる。
 だから、防御魔法は一定以上のエネルギーを有する衝撃波を受けることが出来る。
 このような衝撃だけで変化する物質は我々の世界にも当然存在する。爆薬や、カスタードなどがそうだ。

 そして、アランは湧き上がった疑問についてもう一度見てみようと、自力だけで試すことにした。
 両手の平を胸の前で、拳四つ分ほどの間隔を空けて向かい合わせ、右手からは光弾を、左手からは防御魔法を生み出す。
 しかし距離が近すぎたゆえにそれは起きた。

「!?」

 光弾と防御魔法が「くっついた」のだ。
 まるでシャボン玉同士が空中で結合するかのように。
 驚いたアランはくっついたそれを投げ捨て、新たにもう一度試した。
 結果は同じだった。やはり形成直後はくっつく。本当に石鹸水のようだ。
 だが考えてみれば当たり前である。同じ物質なのだから。こうなってくれるからこそ、「協力魔法」という行為が成立するのだ。
 そしてアランはこの現象に驚いたが、どうやらこれは魔法使いにとっては常識だったようだ。
 なぜならば、離れたところから見ているリーザが「なに遊んでいるのかしら」などという感想を抱いているからだ。
 つくづく、自分は魔法使いとは違う人生を歩んできたのだな、それをしみじみと実感した後、

(もしや、この膜は空気と触れると変質するのか?)

 という推察を立てた。

 それは正解であった。
 空気中で膜は急速に変質する。そしてくっつかなくなるのだ。
 その変化によって光弾に対しての盾としての機能を備える。
 だがそれは同時に、崩壊の始まりでもある。
 剥がれ落ちていくのだ。ぱらぱらと、ひび割れた古い皮がそうなるように。
 だから防御魔法を維持するには内部から新しいものを補充し続ける必要がある。
 それが出来ないゆえに光弾は霧散してしまう。
 そしてこれは霧散する際の音が小さいもう一つの理由でもある。隙間や裂け目からゆっくりと漏れ出していくのだ。衝突などで一気に破れた場合は違う。霧散する時よりも大きな炸裂音を生じる。

 そしてアランの中に浮かび上がった疑問はそれだけでは無かった。
 そちらの方が興味が沸いた。変質した膜が光弾を受け流す現象は何度も見ているからだ。
 だからアランはそっちのほうを調べようと考え、大きな防御魔法を展開しながらリーザに向かって声を上げた。

「リーザ! この盾が割れない程度の、弱い爆発魔法をこっちに向かって投げてくれ!」

 難しい注文であったが、専門家であるリーザは即座に応えた。
 放たれた赤い弾がアランの眼前で弾ける。

「っ!」

 注文どおりの威力の、大きな風船が破裂した程度の爆発。
 その音にアランは身を強張らせたが、見るべきところは見逃さなかった。
 衝撃波が変質した膜の一部を引き剥がしたのを。
 にもかかわらず防御魔法は弾けず、膜が再生したのを。
 アランは疑問に思ったのだ。
 光弾を受け流しているものが薄皮一枚であり、中身はただのシャボン玉であるのならば、少し穴が開くだけで終わってしまうはずだと。
 だが現実は違う。バージルの盾などはかなりの粘り強さを見せる。
 この実験でもそうだった。自分の防御魔法は再生した。
 何が起きているのか、アランはそれを見た。
 防御魔法の膜は三つの層で構成されていた。
 一番外側が変質した膜、その下に純粋な膜が薄く横たわっている。そのさらに下に、光魔法と混ざっている層があるのだ。
 この一番下の層が最も分厚い。そして光魔法との境目が分からないほどに混じっている。
 外側が破れると、この層から新たな膜が染み出してくるのだ。同時に光粒子が衝撃を押し返してくれる。
 そして、アランが感知した神秘はそれだけでは無かった。
 爆発魔法が爆発出来る理由、内部の圧力が上がる理由だ。
 そのためには密閉されていることと、その密閉容器に強度が必要である。
 前者については考えるまでも無い。だが問題は後者の方だ。
 膜だけではまったく強度が足りないはず、アランはそう思っていた。
 その思い自体は正解だった。
 秘密は内部にあった。
 膜の下に空気の層があるのだ。
 用途の一つは酸化をうながすため。
 そしてもう一つは燃料の膨張をおしとどめ、内部の圧力を上げるためだ。
 当然空気だけでは二番目の仕事は出来ない。
 秘密は空気と膜の間にあった。
 正確には、膜の中と言ったほうがいいかもしれない。
 大量の光の自由粒子が混ざった層があるのだ。
 内部の燃料が膨張を開始すると、内部にある自由粒子が空気と触れることになる。そして生じる衝撃が膨張を押しとどめるのだ。
 そして先に判明した事実から分かるように、内部の圧力が増せば反応速度が増すことになる。圧力の増加に応じて殻の強度が増す仕組みになっているのだ。

「……!」

 アランはその構造と仕組みの精巧さに驚いた。
 爆発魔法の構造を正確に感知したのはこれが初めてであった。
 爆発魔法は自分も使えるようになっているが、やっているのは「父の写し」だ。その作業はほぼ自動であった。投げたいと思えば、勝手にやってくれた。
 だからアランは驚いたのだ。
 このように爆発魔法の造形は複雑である。だから練成に時間を要する。
 そしてゆえに炎魔法の使い手ならば誰にでも出来るというわけでは無い。
 だが、

(だが、俺が協力すれば――)

 アンナも使えるようになるのでは、そんな思いがアランの心に沸き上がっていた。
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